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2007-09-06 フェルマーの最終定理 [長年日記]

ようやく「フェルマーの最終定理」が文庫本になったので購入しました。

最後の定理が証明されるシーンは、涙なくしては読めないほどでした。

これが実話であるというのが凄いのですが。

嫁さんの運転で駅まで送って貰った時、私がこの本の内容をかいつまんで説明すると、応答がありませんでした。

フェルマーの最終定理の内容を説明している時、嫁さんがコックリしはじめて、危なく事故の危険を感じましたので、説明を止めました。

その後、嫁さんから、「それ(定理の証明)はどういう風に凄いのか」を尋ねられた時、私も応えられませんでした。

「その証明自体に価値」があるということを嫁さんに説明することは、嫁さんが私に「ブランド服の価値」を説明することと同義であることを、私は良く分っていたからです。


2007-09-27 愛国心 [長年日記]

某、と言っておきましょうか、ステージトーク集だけでCDが販売される某シンガーソングライターの歌手の方の話です。

私はこの人の歌も語りも大好きなのですが、この人の日本への偏狭的な語りにはうんざりしています(時代遅れの性差主義も結構げんなりしています)。

『こんなにも四季が豊かで、こんなにも美しい国が、世界の他にあるでしょうか』

あるよ。

腐る程あるよ。

いい歳こいて、まだそんな阿呆なことを言っとるのか、お前は。

と、まあ、この件(くだり)を聴く度に呟いてしまうのです。

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確かに日本も美しい国です。

長期間滞在する機会を得た北米コロラドには、ここに一人取り残されたら絶対に死ぬ、という人間の存在を全否定するかのような、絶対的な冷厳な自然の美しさがありました。

一年を過す機会は得れませんでしたが、中国大陸の奥地の朝焼け、インディス川の夕日、ネパールのチベット山脈を望む高地、フロリダのやさしく流れる風、冬のパリのモノトーン色の午後。

どこもここも、大好きな所でした。

私は、世界のどこにいたって、言葉が通じようが通じまいが、その土地を好きになり、そして十分な時間さえあれば、そこが一番良い場所だな、と思うことができると思います。

そもそも、その土地を慈しみ、大切に思う気持は、その土地の上に立ち生きている、生きとし生きる物(×者)すべての生命の属性だと思うのです。

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だから、私は「愛国心」を「育てる」という意味がさっぱり分からんのです。

あれは「育てる」のではなく、ほっといても「育つ」ものです。

上記の某歌手のように、遍く日本人の全てが日本こそが最高だと思う人になるように「育てる」というなら、これはあり得ると思います。

が、そういうのは「育てる」とは言いません。

こういうことを、普通「洗脳」と呼びます。


2007-09-28 国家と国民は別の主体 [長年日記]

これはコロラドに住んでいた時の話です。

デパートの階段の前で、嫁さんが、まだベビーカーに乗っていた当時二歳の娘をベビーカーから抱きかかえて、階段を上がろうとしていた時のことです。

はるか遠くから、全力疾走で走ってくるアメリカ人の男性二人。

娘の入ったベビーカーをガシっと掴むや否や、どどどどどーーとベピーカごと、娘を階段の上に運んでしまい、嫁さんが礼を言うまえに、ぱぱっと走って消えていってしまったそうです。

この話を聞いたとき、私は感動で背筋が震えたのを覚えています。

「『かっこいい』とは、こういうことだな」と、嫁さんと二人で頷きあっていました。

米国の生活の中で、ちょっと日本では味わえないような、(言い方は良くないのですが)数多くの「暴力的な好意」に出会いました。

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しかし、、、、

私が分からんのは、このような親切の塊でできているような(と私には見えることが多い)多くの米国人を代表する政府が、頼みもしないのに、他の国に出かけてまで戦争なんぞをしに行くのだろう、ということなのです。

もの凄い違和感を感じます。

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私の出会ったいわゆる米国の人は、自国の戦争方針に凄い嫌悪感を持っており、大統領の政策を批判して憚らない方が多かったようです。

例えば『ブッシュの中東政策は間抜けだ』というような意見です。

確かに、私も、政府の政策が、我々の意図と同一と思われたらかなわんと思うようなことが沢山あります。

「国家の人格」と「国民の人格」は完全に独立である、と考えないと、我々は大切なものを「国際的」に失なってしまうかもしれません。