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2007-09-06 フェルマーの最終定理

ようやく「フェルマーの最終定理」が文庫本になったので購入しました。

最後の定理が証明されるシーンは、涙なくしては読めないほどでした。

これが実話であるというのが凄いのですが。

嫁さんの運転で駅まで送って貰った時、私がこの本の内容をかいつまんで説明すると、応答がありませんでした。

フェルマーの最終定理の内容を説明している時、嫁さんがコックリしはじめて、危なく事故の危険を感じましたので、説明を止めました。

その後、嫁さんから、「それ(定理の証明)はどういう風に凄いのか」を尋ねられた時、私も応えられませんでした。

「その証明自体に価値」があるということを嫁さんに説明することは、嫁さんが私に「ブランド服の価値」を説明することと同義であることを、私は良く分っていたからです。


2013-09-06 『新婚』の定義

先日、職場で「『新婚』に定義がある」という話を聞いてビックリしました。

なんでも「新婚とは、結婚から3年間を期間を言う」というものなのです。

ただ、その出展が不明とのことでしたので、独自で調べることにしてみました。

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実は、我が国には、「結婚法」という法律はないのですよね。

民法に規定されています(第2章 婚姻(第731条-第771条))

以前、こんな例で「結婚」のお話をしました。

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(例2)

『結婚は、所定の要件を備えた当事者間の合意で成立する。YesかNoか』

答えは、Noです。

婚姻届けを提出するという手続を行い、登録されないと結婚は成立しません。

結婚とは、法律行為で、かつ、第三者対抗要件だからです。

ちなみに、「結婚」とは実体としての「愛情」やら「経済力」やらを全く規定しておらず、単なる手続としての法律行為のみです。

==========================

つまり「愛」は結婚の成立要件ではありません。必要なのは「書類」と「手続」です(根拠条文は、民法739条1項)。

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先ずは、民法に「新婚」があるかどうかを調べてみました。

私が期待した条文の内容は、

「新婚とは、民法第739条1項の届出による効力が発生した時から、3年の期間の満了の日までをいう」

てな、記載があるんだろうな、と思っていました。

しかし、調べながら思ったのですが、

「もし『新婚』を法律的に定義したとして、その場合、法が規定する権利 と義務はなんだろう?」

と考えてしまいました。

例えば、パリ条約26条4項風に書けば、

「いずれの夫婦も、『新婚』の期間が満了するまでは、民法第743条に規定する婚姻を取り消すことができない」

というような「離婚の禁止期間」を規定するとか。

しかし、残念ながら、民法では「新婚」という用語すら見つけられませんでした。

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次に、社会通念上の観念の方から調べてみたのですが、

「愛しあっていれば、いつまでも新婚」(→愛しあっていなければ、新婚の期間がゼロになる)だの、「新婚気分であれば、いつまでも」(→主観的要因のみ)とか、「1年」とか「2年」(→根拠なし)とか、もう、メチャクチャです。

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私が調べた限り、「新婚3年説」の根拠として、もっとも説得力があったのは、以下のものだけでした。

「『新婚さんいらっしゃい!』での応募期間が、結婚の日から3年以内」


2014-09-06 なんか、もうこれだけで、「面倒くせいなぁ」と思ってしまいます。

昨日の続きです。

It is continuation of yesterday.

「ナチの亡霊」という本を読んでいて、つくづく思ったのは、やはり、その登場人物や場所に対する「思い入れ」が作り難い、ということです。

When I read "black order", what I thought scrutinizing is that it is hard to make a strike a pose for personages and place in foreign books.

例えば、"Tom"は「トム」だし、"Nancy"は「ナンシー」と訳されます。

For example, "Tom" is translated as Tom", and "Nancy" is translated as "Nancy".

それは仕方がないことなのです。

That cannot be helped.

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この本の紹介文を読んでみて下さい。

Would you try to read the following?

■デンマークの首都コペンハーゲンで開催されたオークションで、チャールズ・ダーウィンの所有していた聖書が出品された。調査に訪れたシグマフォースのグレイソン・ピアース隊長は、謎の暗殺者に命を狙われる。

The Bible that Charles Darwin owned at auction held in capital Copenhagen, Denmark was exhibited. Captain gray loss Pearce of the sigma force, who visited an investigation, was aimed at by a mystery assassin.

■同じ頃、ネパールの僧院で発生した奇病を調査していたドクター・リサ・カミングズは、狂気に支配された仏教僧とともに、同じ奇病に感染したシグマフォースのペインター・クロウ司令官を発見した。

At the same time, Doctor Risa Cummings, who investigated the rare disease that occurred at a Nepalese monastery, discovered Commander painter Crowe of the sigma force who was infected with the same rare disease in a Buddhist monk influenced by insanity,

なんか、もうこれだけで、「面倒くせいなぁ」と思ってしまいます。

Well, I think "it is troublesome" when I have already read the above only.

だいたい、デンマークやネパールってどこにあるんだ?、シグマフォースって何の組織? と思うだけで、もう考えるのを停止したくなります。

Generally, I want to stop thinking about where Denmark and Nepal are, and what organization sigma force is.

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で、ですね、一つ提案なのですが、これを、ここまで超訳させたらどうでしょうか。

Well this is one suggestion. Why don't you let you super-translate them?

■日本の首都東京で開催された競売で、北里柴三郎の所有していた聖書が出品された。調査に訪れた自衛隊情報保全隊の具礼日明日隊長は、謎の暗殺者に命を狙われる。

At an auction in the capital Tokyo, The Bible that Shibasaburou Kitazato owned was exhibited. The captain Gureibi Asu, who is Self-Defense Forces information maintenance corps is came for an investigation, and aimed at by a mystery assassin.

■同じ頃、京都の三千院で発生した奇病を調査していた神楠 梨沙博士は、狂気に支配された仏教僧とともに、同じ奇病に感染した自衛隊指揮通信システム隊の平田太郎司令官を発見した。

At the same time, Doctor Risa Kamikusu, who investigated the rare disease that occurred at Sanzen-in Temple of Kyoto, discovered Commander Taro Hirata of the Self-Defense Forces conduct communication system corps, who was infected with the same rare disease in a Buddhist monk influenced by insanity,

なんか、いきなり話が身近な感じがしてきますよね。

Well, the story seems imminent suddenly.

ストーリー構成をそのままにして、地名と人物を、全部日本国内に移動してしまえば、

If they move the place name and a person in Japan, remaining the story,

―― きっと、本はもっと売れる

I think that "the book sells more"

と思うんですが、どうでしょう、翻訳者や出版社の皆様。

How do you like my proposal, Mr. /Ms. Translator and publishing companies??

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しかし、まあ、賭けてもいいですが、

However I could bet

―― 原作者から、翻訳権、出版権の許諾が貰えないだろう

They will not get the translation and publishing right from the author.

と思いますけど。


2015-09-06 「未来で待っていたくないものって、結構あるよなぁ」と思うんですよ、最近。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

しかし、考えてみれば無理はないのです。

On the second thought, it can't help.

「2年前の私」は、その当時、どっぷりとその研究に浸っていて、特許明細書執筆当時、その発明に限っていえば世界最高権威だった訳ですよ。

I who was in two years ago, was a kind of the world authority in the research field only, because I was up to my neck in the research.

―― 『瞬間最大風速』的な世界的権威ですけどね。

It is like "maximum momentary wind velocity".

そんな、世界的最高権威の「2年前の私」を、凡人となった「今の私」が理解できる訳がないのです。

It is impossible to understand the invention of the world authority in two years ago for me in the present.

これを制度のせいにしてみれば、現在の特許制度というのは、出願から審査までのタイムラグという、決定的な欠陥がある訳です。

From the view of the patent system, there is an absolute fault about time-lag from filing to examen.

実際、出願したその日に「特許査定」「拒絶査定」確定、というのは、世界中の知財関係者の「究極の夢」でもあります(本当)。

In fact "allowance or rejection on the same date" is an extreme dream of the patent business persons.

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ときかけ(アニメ版「時をかける少女」)では、

In the "Tokikake" movie ( The animation "A girl who is a time traveller" ) ,there is the most famous scene as follow,

―― 未来で待っている

To hero's serif "I am waiting for you in the future"

というセリフに対して、ヒロインが、

the heroin gives reply to him,

―― うん、すぐ行く 走って行く

"I will go. I run to you"

と言う名シーンがあるのですが、

「未来で待っていたくないものって、結構あるよなぁ」と思うんですよ、最近。

On the other hand, I recently think that "there are something that I don't want to wait for in the future"


2016-09-06 しかし、今や、企業において、ワープロやスプレッドシートが扱えない人が必要とされる可能性は、1mmもありません(断言)。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

こっちの方が、深刻です。

To tell you the truth, this is more serious than other issues.

いまや、スマートフォホンで、レポートを書ける学生がいるというご時世ではありますが、それを、一般化するには、まだまだ時間が必要です。

Now, I hear that some young people can make a reports by a smart-phone, however, they form only a small part. I think I need time to reach the level.

例えば、高々、小学校の緊急連絡網に電子構築するのに、どれだけの時間がかかったことか。

For example, what time should we have waited for starting even the email emergency service at my daughter's element school ?

メールを扱えない人が、たった一人でもいれば、そのシステムはサービスインできないからです。

Because we cannot start the service even if one person cannot use a email system.

サービスの性質上、これは当然です。

It cannot be helped, concerning the service nature.

我が国は「文字が読めないのは、お前の自身の責任だ」と言い放っても良いくらい、世界で最高クラスの識字率を誇る国ではありますが、

Our nation is proud of the high literacy rate, so we can bounce out with "it is your own responsibility"

「電子メールが使えないのは、お前の自身の責任だ」と言えるほどには、ITリテラシが高い国とは思えません(特に高齢者は絶望的です)。

However, we cannot say "what you cannot use e-mail is your own responsibility" because our nation doesn't have the high quality IT literacy, (Especially for elder people)

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このように考えていくと、中学生がワープロで宿題を提出できるようになるには、鉛筆とか絵筆とかノートとかが完全に消滅するのを待つしかないのかもしれません。

Thus, my daughter should wait for the time that pencils, brush-pens and notebooks become things of the past, in order to submit her homework written on WP.

ま、次女には諦めて貰うしかなさそうです。

She must throws up it.

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しかし、今や、企業において、ワープロやスプレッドシートが扱えない人が必要とされる可能性は、1mmもありません(断言)。

Now I assure that there is no possibility that companies need a person who cannot use WP or spreadsheet on PC.

それは「文字の読めない人」を採用するようなものです。

It is likely that a company tries to hire an "illiterate people",

にも関わらず、今、学生の方がパソコン(のアプリ)を使えないという事態が広がりつつある、という話も聞いています。

I hear the story that more and more students become not to be able to use PC.

まあ、スマホが使えるなら、ワープロやスプレッドシートを開始するのに、抵抗が少ないと思うので(私達の上の世代の『反パソコン勢力』は凄かった)、あまり深刻にならなくても良いのかもしれませんが。

However, young people can use smart-phone easily, so I think I don't have to worry about the above problem. (I remember that my upper generation's anti-PC-lsm was really tremendous)


2017-09-06 主人公「スズ」にとって受け入れることが可能だった解

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

「サンクコストの呪縛」とは、

"Sunk-Cost Fallacy" is that,

(1)未来に対して、問題が好転する材料も、好転させる手段も絶無であったとしても、

(1)even if there is no method and expectation to resolve a problem that stares their in the face, in the future,

(2)自分でも予想もし得ない、未来の幸運に期待をかけて、

(2)they will do at the risk of their life against a lucky that even they don't know, and

(3)その状態をズルズルと続けてしまうこと

(3)the continues the present situation thoughtlessly

であり、

そして、その結果、

And as a result

(4)最終的に破滅(名誉や面子の喪失、倒産、自殺)してしまう

(4)They might come to be ruined. for example, loss of face, bankruptcy and suicide.

かもしれない、という悲劇があります。

Anyway this is absolutely tragedy.

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世の中、公私の違いや、事の大小はあれども、どこを見たって「サンクコストの呪縛」だらけです。

Though there are some categories, for example, "public and private", or "trivial or severe", the world is made with a lot of "Sunk-Cost Fallacy".

私達は、運命的に、この悲劇から逃がれることはできないことになっているのです。

We are destined to not be able to escape from this tragedy.

サンクコストがどんなに大きかろうが、その悲劇の最終形のコスト(倒産、自殺)を超えることは ―― 論理的には ―― ありえないはずなのですが、

No matter how big the sunk cost is, we should not go beyond the cost the tragedy (bankruptcy, suicide) "logically"

その一方、私達は、そのサンクコストが突き付ける結果(損害の総量)を、直視することができないのです。

On the other hand, we can not look at the result (the total amount of damage) of "sunk cost" directly.

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だから、

Therefore,

主人公「スズ」にとって受け入れることが可能だった解は、

Only two solutions that the heroin "Suzu" could accept, are

(1)日本が太平洋戦争で勝利すること

(1)Japan would win in the Pacific War

か、

or

(2)戦争によって殺されること

(2)She was killed by the War

の2つしかなかったのだ ―― と、私は思うのです。

I thought that.

(続く)

(To be continued)


2018-09-06 ―― 舐めとんのか

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

話は変わりますが、昨夜、家族から「スマホの乗り換え」について相談を受けました。

To change the subject, I was asked from my family about the change of smartphone.

基本的は、スマホのハードウェアの故障やら、パフォーマンス劣化やらで、スマホを乗り換えることについては、同意したのですが、大手キャリアの見積を見て、ビックリしました。

Basically, I could accept to change them because of the hardware damage and degradation of performance, however I was very surprised to read the bill of estimation of the major carrier.

―― 舐めとんのか

"I wasn't born yesterday!"

と思えるほど、高い。

When I read the price, I almost said that

MVMOの格安スマホを使っている私から見れば、サービス内容に対して、毎月、2000円は高いと言えそうでした。

I use a discount smartphone, so I thought that was more than two thousands yen per month than that I expected.

―― この一月、二千円円、年間一人あたり2万4千円のお金の意義は何か?

"Can you explain the significant of two thousand yen, and totally twenty-four thousand yen per a year?"

と嫁さんに尋ねたところ、

When I asked my wife, she answered,

「動かなくなった時に、飛び込める店舗があるかどうか」

"Yes. that is for a shop that works as a collaborator for my smartphone trouble"

と答えました。

確かに、格安スマホは、インターネットで契約し、トラブル発生時もネットを使った自力救済が原則です。

Certainly, about "discount smartphone", we have to make a contract with a carrier company by ourselves by the Internet. Even if the trouble happens, "self-help" is principle.

同時に、それは、自力で対応できるだけのスキルが前提とされており、ぶっちゃけ「サービスレベルが低い」ということです。

The means, we are expected to help ourselves by our efforts, and to tell you the truth, Quality of Service is extremely low.

だからこそ「格安」を提供できる訳です。

Therefore, they can provide us with the discount smartphone,

江端:「で、その、トラブル発生時の保険の為の"毎月2千円"は、見合うのか」

Ebata:"The two thousand yen the insurance cost pays for you ?"

と尋ねたところ、

嫁さん:「十分に見合う」

"Pays for me"

と断言しました。

She declared.

(続く)

(To be continued)