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2007-09-30 時をかける少女

アニメ版の方を借りてきました。

今日、外出している嫁さんに書いたメールの内容

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久々に「もの凄い」作品を見た感じがする。

後発的にロングランとなったそうだが、当然だろう。
地上波で見なくて本当に良かった。
一部でもカットしたら全く訳の分からなくなる作品。

帰ったら、寝ないですぐ見ろ。

智一
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もうお分かりだと思うのですが、「時間モノ」には滅法弱いんです、私。 

その証拠に、特許庁の公開公報データベースに、「時空間通信」というキーワードを入力してみて下さい。

ネタじゃないですよ。
ちゃんとした(私が心血注いだ)真面目な発明です。


2013-09-30 オッサンは、明かに、私に「外見で差別された」のです。

長女が小学生の頃、風邪から自家中毒になることが多くて、よく深夜(午前2時頃)に、娘を自動車に載せて救急病院に走り込んでいました。

苦しそうで見ているのが本当に辛くて、とにかく先生に懇願して、点滴をお願いまくっていました。

点滴をを投入されながら、スヤスヤと眠っている娘を見ると、「ああ、本当に、こんな幸せな時間はないな」と思いながら、午前5時頃に会社にメールを一本送ったあと、娘の寝ているベッドの下の床の上に転がって、仮眠を取っていました。今でも、「あんなに安らかな仮眠はなかった」と言い切れます。

ちなみに、娘は、人生で一番大好きだった時間は「点滴」と言い切っているくらいです。自家中毒の地獄を垣間見た人間として、重い言葉です。

それはさておき。

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あれは、娘を運び込んだ病院での、極寒の冬の夜のことでした。

娘が点滴で眠りについて、ホッとしている所に、救急車で搬入されてきた男性がいました。

過度な肥満男性、顔もぶくぶくとでかく、眼鏡をかけていて、一応スーツは着ているのですが、全体的に汚物イメージ、ベッドに入りきらない巨体、やかましい鼾(いびき)。

泥酔して道で寝こんでいたところを、搬入されたきたようです。あの極寒の中、屋外で寝こめば、確実に死んでいたことでしょうが、どこをどうみても「助けてやりたい」という気持ちが、1mmも発生しないような、汚いオッサンでした。

人道上、どのような人であっても助けなければならない ―― とは思うのですが、私は、二人目の自家中毒に苦しむ小学生がかつぎこまれてきたら、このオッサンを、ベッドから叩き落すのに躊躇はしないだろう、と思いました。

何があったのかは知らんが、もし、「真冬の夜に屋外で寝こむリスクも理解せずに、泥酔するまで飲んだだけ」であれば、私なら放置する。

これは「不作為による殺人罪」の適用の余地があるかもしれないが(最判平成15(あ)1468)、それでも、私は助けないと思う。私も助けて貰えなかったことを勘案しても、概ね妥当だと思う。

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実際、看護師さんの対応も実に冷たかった。

「早く起きて、とっとと帰って下さい」と、男性をベッドから蹴り落すくらいの迫力はありました。(お前のような奴の為に、ここの運営しているんじゃねーよ)という感じ、まったく同意できました。

そして、このオッサンは、最後まで一言も発することもなく、ゾンビのような歩き方で、診療室を出ていったようです。

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しかし、これが若いイケメンや、清楚なイメージの女性、礼儀正しい紳士や御婦人であった場合でも、私は、このオッサンと同様の気持ちを持っただろうか ―― と思うと、私には、自信がありません。

オッサンは、明かに、私に「外見で差別された」のです。しかも、「外見の為に、命の危機にさえ晒された」と言っても過言ではないでしょう。

これは、私という人間の、浅学、卑怯、狭量を表わす明らかな属性であると思うのですが、しかし、私は努力して、それを改善する気がないのです。

今、冷静になって、あのオッサンのことを思い出してみるのですが、―― 今でさえ「真冬の空の下に置き去りにできる」という自信が、私にはあるのです。


2014-09-30 これらの上記の問題を解決する為に、今回、私、江端は「北極ラーメンファンド」の設立を決意しました。

(昨日の続きです)

これらの上記の問題を解決する為に、今回、私、江端は「北極ラーメンファンド」の設立を決意しました。

In order to resolve this difficulties, I decide to make "Hokkyoku-Ramen fund"

当該ファンドの目的は、初心者に限らず「北極ラーメンツアー」への参加資格を取得する為の前段階と位置付けます。

The purpose of the fund is to get the preliminary qualification in order to join "Hokkyoku-Ramen cruise"

以下が実施要綱です。

The followings are enduring rules.

■江端は、このファンド設立に1万円を投資します。

- Ebata invests ten thousand yen for this fund.

■このファンドを利用できるものは、2014年9月30日時点で、この課に在籍している者(所内、所外、職掌一切不問)に限ります。

- Only persons in this section on September 30th can use this fund. (Don't care about your present belonging)

■先着10名に限り、この北極ラーメンの費用、1000円 (北極ラーメン+ライス)を供与します。

- This fund is going to pay for the cost one thousand yen as "Hokkyoku-Ramen" order.

■ただし、その費用を得る為には、以下の条件が必要となります。

(1)北極ラーメンの最初の状態を写真に撮影すること。

(2)北極ラーメンの底が開示されている状態(スープまで飲み切った状態)を写真に撮影すること。

(3)その北極ラーメンを食した者が、間違いなく自分であることを、客観的に証明しうる写真を撮影すること。

-In order to get this fund, you have to need the following conditions.

(1)Take a photo of "Hokkyoku-Ramen" before you eat.

(2)Take a photo of "Hokkyoku-Ramen" after you complete eating.

(3)Take a photo of you in order to prove that you eat "Hokkyoku-Ramen" without fail.

■江端は上記(1)~(3)の写真を確認した時点で、先着10名に、1000円をお支払い致します。

- Ebata is going to give you the money when I confirmed the above three photos, with accepting the first ten persons.

■期限は、本日から10月10日23:59までとします。

- The deadline is 23:59 on October 10th.

■北極ラーメンは、蒙古タンメン中本の店であれば、どこの店でも構いません。

- Any ramen shop is good as long as the shop name is "Mouko Tanmen NAKAMOTO".

では、皆さんのファンドの利用と、北極ラーメン完遂のご連絡を、心よりお待ち申し上げております。

Well, I am looking forward to complete eating "Hokkyoku-Ramen" and using this fund.

江端智一

Best regards,

Tomoichi Ebata


2015-09-30 「江端さんのコラムにはデリカシーがない」

本日「も」、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, a new column is released, so I take a day off.

2日連続です。

For two days continuously

"Let's turn the world by "Number" Diet (19) Segmentised diet is possible ? (the final)

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今回のコラムの中で登場する

The junior fellow who appeared in this column and said the following

「江端さんのコラムにはデリカシーがない」

"In conclusion, your column has any sensitivity at all. "

と言い切った後輩は、

―― 実在します。

has existed.

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(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

同時に「行けば面倒なことになるだろう」とも思うので、「行きたくないなぁ」とも思ってしまいます。

At the same time, I am afraid that I have to face something annoying anywhere, so I don't want to go either.

何かの強制力があると良いのですが。

In order to solve this dilemma, some compelling power is good for me.

うーん、仕事の出張かな。

For example, "business trip".

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という訳で、会社のエライ方。

So dear Ms./Mr. executives.

こういう、江端は、このような問題のある場所への出張に対して、江端は比較的、閾値(しきいち)低いです。

Ebata's threshold against going to these places with troublesome is relatively low.

技術的な仕事しかできないと思いますが。

Of course, I cannot work without technical issues.


2016-09-30 「価値のない人間」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

「老化」に対して、どんなに逆らっても、どんなに準備をしても、結局は無駄なのかもしれません。

It might be in vain against "aging", even if I prepare for it and and counter it with soul and heart.

「老化」は、私たちから、私達から色々なものを奪っていきます。

"Aging" comes to deprive us of several things, like,

運動能力、知能、知覚、その他、何もかもです。

physical capabilities, intelligence, senses, any and every.

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私達は、「個性、独創性、創造力などが、その人生の本質的価値である」てなことをに教え込まれてきました。

We are taught to believe that "individuality, originality and creativity are essential values of our life",

私は、それが本当に「本質的な価値」であるかどうかは疑わしいと思っています。

I doubt whether they are really "essential values".

(そもそも、「個性」と呼ばれるものに「凄いバイアス」がかかっている、というお話は以前にしましたので、本日は省略します)

Above all I think that "individuality", so called, is biased toward many people's hope, however I have already told this story and I will omit it today.

それでも、『今日より明日を良い日にする』ことや、『ゼロの状態からプラスにすること』に価値があるという考え方が、重視されているのは事実だと思うのです。

However, it is true that the concepts of "making better today than yesterday" and "make plus condition is more valuable than zero" have been count.

で、この価値観の延長上に何が出てくるかというと、

What is coming on the way of this concept, is

「価値のない人間」

"worthless people"

という概念です。

(続く)

(To be continued)


2017-09-30 政治家の経歴なんぞ、私には、何にもヒットしません。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

選挙の時のポスターの中にも、こういう履歴を見つけることがあるのですが ―― 不思議と、こっちは何も感じません。

I can find person history in a campaign poster, however, I cannot fell anything in this case.

というか、ポスターの中に、そんな履歴を記載するくらいなら、「政治家としての、自分のKPI(Key Performance Indicator)と、その達成度を数値で書けよ」と思います。

I mean, I think that why not write your goal of Key Performance Indicator (KPI) as a politician, rather than writing your history ?

政治家にとって経歴なんぞ、私には、何にもヒットしません。

A politician's history doesn't appeals to my emotions at all.

It is not so much as a "signal"

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政治家のKPIは、本来、政治活動に関するものが望ましいことは、言うまでもありません。

The KPI of a politician must be hopeful about their political activities.

しかし、政策の中でも、外交、行政に関する、いわゆる「ソフトサービス」に関するKPIは、非常に数値にし難い上に、間違いなく「嘘」が入る。(勿論、その計算や数値を開示してくれれば、私が解析しますけど)

However, so-called, "software service" KPIs, like diplomacy, administration are difficult to express numerically, and includes a lie.

であるから、「道路の拡張工事」とか「橋の数」とか「新幹線の停車駅」とか、増加人口数のようは「ハードサービス」が、地元利益誘導型としてのシグナリングになる訳です。

So, for example, "load expansion project" and "numbers of bridge" and "a new station for shinkansen-line" such "hardware services" has come to be a "signal" for breeding ground for the dispensation of favors.

しかし、人口減少が激化し、社会インフラの維持すら困難になる我が国において、今や「ハードサービス」なんぞ、アホなことを言っている政治家なんぞに、未来はありません。

However, now decreasing population, and being difficult to maintain social infrastructure, the politician, who keep saying about hardware services, is going to be dead end.

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これからの、政治家のKPIは、

In the future, the KPI of politicians is going to be

●定量化できる

quantifiable,

●有権者個人(×地元)の利益にダイレクトに反映する

individual interest first, (not local profit)

●ソフトサービス

software services.

にこそ、価値があり、そのKPIと、その成果こそが、ポスターに掲示されるべき情報のはずです。

So both the KPI and the result should be disclosed on their poster.

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とすれば、KPIの項目は、どうしたって、こうなるはずです。

If it is true, the items of their KPI should be as follows.

(1)お見合い(または合コン)実施数

(1)Numbers of marriage meeting,

(2)成婚率

(2)Success rate of the marriage.

(3)成婚後の出生率

(3)Birth rate after the marriage.

さらに、

In addition, if

(4)上記(2)の中に、LGBTのカップルを含む率

(4)LGBT couple rate in the above (2)

などを加えれば、江端的にはポイント高いです。

will be added, they could get Ebata's appreciation.

―― まあ、世間一般的には、上記(4)は、時期尚早なのかもしれませんが。

The above issue might be rejected as being premature, in general


2018-09-30 ―― ゴーダマシッダールタさん没後、2500年オーダの時間をかけて創作され続けた膨大な物量の「同人誌」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

まあ、ぶっちゃけて言うと、仏教の経典とは、

Well, quietly speaking, the Buddhist scriptures are,

■ゴーダマシッダルダさんの教えをベースとして、

based on the teachings of Mr. Goudama Siddhartha,

■加えて、ゴーダマさんを神格化して、ストーリーにぶっこみ、

to deify him, and to pull him into the scriptures,

■さらに死後の世界観にまで拡張した

further to extend to the world view after death

「二次創作物」

"Secondary creations"

です。

「二次創作」ですから、コミックマーケットのブース数だけ、二次創作物がある訳です。

They are "secondary creations" so, the numbers of them are as many booths as the comic market.

これが「宗派」です。

These are "sects".

企業ブースクラスだけを挙げても、三論宗・法相宗・華厳宗・律宗・倶舎宗・成実宗・天台宗・真言宗・融通念仏宗・浄土宗・臨済宗・曹洞宗・浄土真宗・日蓮宗・時宗・普化宗・黄檗宗・修験宗 があります。

Even if you mention only company booth classes, there are Sanronshu, Housoushu,Kegonshu, Ritsushu, kushashu, Zyouzyutsushu, TTendaishu, Shingonshu, Yuuzuunenbutsushu, Zyoudoshu, RInzaishu, Soutoushu, Zyoudoshinshu, Nichirenshu, Zishu, Fukeshu, Oubakushu, SHugenshu.

サークル参加(国、地域、地方に土着のもの、または原理主義等)を入れれば、数え切れないでしょう。

If you enter circle participation (national, regional, regionally indigenous, fundamentalist etc.), you will not be counted.

故に、仏教の経典というのは、

Therefore, the Buddhist scriptures, are

―― ゴーダマシュッダルダさん没後、2500年オーダの時間をかけて創作され続けた膨大な物量の「同人誌」

"Doujinshi(fan fiction)" which are huge amount of materials, and has been revising over the period of 2500 years, after Goudama Siddhartha's death.

という理解で、それほど間違っていないと思っています。

I believe that this my understanding is no bad.

ゴーダマシッダルダさんが、まったく想定すらしていなかった、死後の儀式 ―― 通夜、本葬、初七日、四十九日、N回忌(N=1,3,..50)は、「同人誌」の産物という訳です。

"Rite after death", for example, wake, main funeral, first seven days, nineteen days, N conclusion (N = 1, 3, .. 50), has been produced by Doujinshi

しかし、私は、「だから、この『同人誌』..,もとい、各宗派の経典には全く意味がない」などと言うつもりはないのです。

However, I do not intend to say, "This doujinshi .., correction, sectarian scriptures have no meaning at all".

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例えば、

For example, I suppose

―― 私の娘が不幸な事故や病気で死去したら、その私は、何もせずにいられるだろうか?

"If my daughter dies from an unfortunate accident or illness, can I be without doing anything?"

と、考えます。

生き返らせることができない娘に対して、親である私がやりそうなことは、

To my daughter who can not be revived, I think that what I am going to do as a parent, are

■絶望的にゼロに近い可能性であっても、それに賭けて、幸せな来世や転生を、すがりつくように祈り、

even if the possibility of being close to zero despairably, I am praying to cling about daughter's happy afterlife and reincarnation, and I bet on that.

■毎日のように、世界中の全ての宗教の葬儀を試み、葬儀会場を花で埋めつくし、ありとあらゆる幸せな死後を祈願する言葉を、無限に唱え続け、

almost every day, trying funerals of all religions all over the world, filling the funeral hall with flowers, continuing to chant infinitely words to pray for every and every happy death,

■四十九日、一回忌、三回忌はもとより、五十回忌だって、『あの子を忘れないでくれ』と、出席者にすがりついてお願いをし続ける

keep asking attendees to cling to attendees, saying "Do not forget her" not only for the first day, 1st anniversary, 3rd anniversary, 50th anniversary

ということだろうと思えました。

逆に言えば、「葬儀」というシステムがなければ、子に先立たれて、残された親たちは、悲しみで狂ってしまうかもしれない ――

Conversely, without the system of "funeral", parents who preceded their children may be crazy with sorrow.

と。

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同人誌・・・ではなく、仏教の経典の教えは、それが、例え、二次創作物であったとしても、

Doujinshi... correction, the Buddhist scriptures, are, even if they are secondary creations,

■遠大な時間の中で、膨大な数の人間を観測し、

- during an enormous amount of time and observation of a huge number of people,

■生きている(×死んでいる)人間の心をラクにする為の、

- to ease the living (x dead) human heart,

■試行錯誤のユースケースの集大成である、

- the culmination of trial and error use case,

と考えれば、実にしっくりと理解できるのです。

If I think, I can really understand exactly.

仏教の説く「死後の世界」とは、「死者の為の世界」ではなく、「現世で生き続けなければならない人間の心をラクにする為の『バーチャルワールド』―― "夢と魔法の王国"みたいなもの」です。

Buddhism's preaching "the world after death" is not "the world for the dead", but "the virtual world to make the heart of human calm". They are not for dead, but for living human beings, like "the Kingdom of Dreams and Magic".

(Although "the world after death" is also used as a "threatening system" of religion (I think that this is the main thing))

(続く)

(To be continued)


2019-09-30 もしかしたら、"IT"は「何も救わない」のかもしれません。

本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, new my column is released, so I take a day off.

Mr.Ebata's struggling for DIY IT Nursing Support System(1) "

Who is "care IT" for?

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今回のコラムの前半は、

The first half of this column says,

「これまで『見えないこと』であるが故に、『仕方がない』で済ませられていたことが、

"What has been forgiven for "we can't help" for the reason "we can't find"

"IT"の『見える化』によって、『仕方がない』が許されない世界になってしまった ―― 」

is not accepted by "IT visualization"

という、"IT"がもたらした"地獄"の一例を示したものです。

This is an example of "hell" caused by "IT".

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もしかしたら、"IT"は「何も救わない」のかもしれません。

I am afraid that "IT" will be "nothing saved".