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2012-10-29 成功の象徴

■六本木界隈をフェラーリで乗りまわす

■リゾートホテルのプールサイドでカウチに寝そべりながらカクテルを飲む

■複数の綺麗な女の子を引きつれて、夜の繁華街を闊歩する。

小説などで出てくる、「成功者」と呼ばれる人が行っている行動のサンプルです。

わからん。

これが「成功の象徴」なのか。

なるほど、これは「人に羨しがられるかもしれない」と言う点において、

または、「その行為に達することが相当に難しい」、という点において、

成功の象徴なのかもしれません。

私が、そのような立場になっていないから、「見えない」だけなのかもしれません。

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私は、

■凄い金持ちにもなっていないし、

■人を従えるような権力者にもなっていないし、

■多分、これからもその可能性もないし、

■能力もないし、

■能力を凌駕する為の努力を払う気力もありません。

従って、成功者から見たビューを、少くとも私はだけは、眺めることができないだろうと思っています。

少々寂しいことだと思っています。

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それに加えて、この様な諦観は、日常生活を、少々楽しくないものにします。

例えば、

■戦争の映画を見ていると、ヒーローとなる人によって、一瞬で殺される兵士の中に、

■トレンディドラマのオフィスラブでは、嫌味を言う上司や、窓際でお荷物になっている脇役に、

■忠臣蔵では、吉良家を守る護衛の下級武士として、最初に切られる端役の中に、

自分自身を見つけることになります。

仮面ライダーで言うところの、谷に落ちていくショッカーは、「あれは、間違いなく私だ」と思い、ショッカーの短い人生に想いを巡らしてしまいます。

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成功しない人間というのは、こういう、つまらないものが見えてしまうという点で、圧倒的に不幸であると思います。

が、まあ、それ以外については、「見えない」ことは、「見えない」が故に、幸せであることもある、と思っています。


2013-10-29 「上巻」を所有している方、貸して下さい。

本屋大賞第一位の「海賊とよばれた男」。市立図書館の予約待ち300人以上を経て、「確保済」ののメールが届きました。

「下巻」が先に。

いや、予定通りなんですけどね。

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私以前、「下巻から読める」と豪語していたのですが、それほど評判の良い本なら、やっぱり上巻から読みたいじゃないですか。

「いまさら、なんだ! みっともない!!」と非難して頂いて結構です。

でも、あの「永遠の0」の著者の本なのですよ。これは、もう、期待感ワクワクですよ。

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という訳で、(特に)私の周りにいる人にお願いです。

「上巻」を所有している方、貸して下さい。

キレイに扱いますから。

絶対に、歩きながら読んだり、トイレで読んだり、風呂のバスタブに落したりしませんから(あたり前だ)。


2014-10-29 しかし、私にとって、発明とは、この私を「感動させる」かどうかが、一つの大きな基準であったりします。

正直に言うと、私は青色LEDの発明した方より、ジャガイモの皮をあんなに見事に向くことができるピーラーを発明した人の方が、より凄いと思ってしまいます。

To tell you the truth, I think the person who has invented "peeler" that enable to peel cost of potato is greater than the person of "blue LED".

巨大なデータを計算するスパコンの開発者より、パソコンで億単位のデータをマージするパソコンのソフトウェアを開発した方が、偉いと感じてしまいます。

I also feel that the person who has developed a super-computer who calculate the complicated problem with big data, is prior to the person who has made up the application that is enale to merge more than 100 million data with PC.

世の中の発明は、そこに技術とか利益とかが入ってくるから価値があるのでしょう。

I agree that the value of an inovation should be valued, based on the technology and the profit.

しかし、私にとって、発明とは、この私を「感動させる」かどうかが、一つの大きな基準であったりします。

As far as I am concerned, however, it is a big index that whether the invention is going to made me move.

――ということを、以下の後輩からのメールを見ながら思い出していました。

I remember the above with reading mail from my junior coworker.

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「サンマとサバ」を2種類のセンサーだけで判別するという内容とシンクロして、一瞬江端さんが頭に浮かびました。

I came to mind Ebta-san's column "how to discriminate saury from mackerel by just two sensors" with reading the following article.

"Hitachi-Zousen has developed the system to discriminate boiled and dried baby sardines with young fish of blowfish".


2015-10-29 無理して、いきなり「友人至上主義」を、捨て去る必要はありません。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

もし、あなたが、ティーンエイジャであって、「友人とは人生で最も大切なものの一つという考え方」 ―― 面倒くさいので、以下「友人至上主義」と言いますが ―― を持っているのであれば、

If you are a teenager and believe that "Friend is one of the important thing in your life", I let it call "friend supremacist",

そのままで良いです。

I think that you are "as you are".

無理して、いきなり「友人至上主義」を、捨て去る必要はありません。

You don't have to discard your believe against reason.

ただ、その比率を、少し小さくして、その代りに、「一人で」「狂って」「楽しむ」 ―― これも面倒くさいので、以下、「一人至上主義」(あるいは「ぼっち至上主義」)と言います ―― を、取り入れることを提案したいと思います。

But I want you to try that you star to take over a new concept that "being crazy for something alone", I also let it call "loneliness supremacist" little by little.

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ところで、少し話は飛びますが、

Talking about "loneliness supremacist",

「ぼっち至上主義」の中でも、私は、特に過激な「ぼっち原理主義者」というグループに属するようです。

I seem to belong in a group of "loneliness fundermentalist" in the "loneliness supremacist".

江端<長女>の言う「パパに『ぼっち』を名乗る資格はない。全国の『ぼっち』に失礼だ」と言わしめた理由は ――

My senior daughter said, "You are not qualified to "loneliness". You are rude to the real loneliness in Japan."

I think the reasons why she said to me like that, are

■『ぼっち』と言うからには、そこには、「自分の意に反して」という心情が反映されていなければならなない

"If you use the word "loneliness", your background should be reflected in your emotion of "against your hope"."

■寂しさ、疎外感、孤立感、そして理不尽な暴力の被害者、という側面がなければならない

"You should have some aspect of "lonely", "sense of alienation","isolation" and "victim against unreasonable violence"."

■少なくとも『ぼっち』という言葉を、ポジティブな意味で使うのは傲慢である

"It is arrogance to use "loneliness" with positive attitude at least"

ということのようです。

しかし、「ぼっち原理主義者」には、原理主義者なりの苦労もあるのです。

But I want to say that ""loneliness fundermentalist" also should share some burdens in their way.

(続く)

(To be continued)


2016-10-29 「パソコンから、クラッシック音楽が、流れっぱなしだった」

嫁さん:「昼間に、なんか仕事がはかどらずに眠くてしょうがなくて・・・」

Wife:"Today, I could not continue the work well with being troubled by sleep

私:「おい、大丈夫か。病院にいった方がいいんじゃないか」

Ebata:"Hey, all right. Why don't you go to a hospital?"

嫁さん:「で、いろいろ周囲を調べてみたら・・・」

Wife:"When I tried to check around me..."

私:「みたら?」

Ebata:"And?"

嫁さん:「パソコンから、クラッシック音楽が、流れっぱなしだった」

Wife:"A classic music played from the PC"

―― は?

"What?"

嫁さん:「そりゃ、確かに、眠くなるよね」

Wife:"It is natural to make me sleepy"

次女も話に入ってきました。

The junior daughter(JD) broke in us.

次女:「クラッシックって眠くなるよね。全く心にミートしないし」

JD:"Any classic music is bored. It never hit my heart"

私:「いやいやいや、そんなことないだろう。もちろん、そりゃ、ある種のクラッシックの音楽が眠くなることはあるだろうけど・・・」

Ebata:"No, no no way. It would not do that. Of course, I think that some kind of classical music might be sleepy ... "

次女:「いや、駄目。全てが眠い」

JD:"Never. All are not acceptable for me"

-----

まあ、私も古典文学とか、さっぱり訳が分からないし、

Well, I also cannot enjoy classical literature at all.

国内外の文豪の作品なんぞは、「火に焼(く)べ」ても、―― もちろん止めようとはするだろうけど ―― 恐らく命をかけては、止めようとは思わないし(理学書ならともかく)、

I will not stake my life on book burning, especially, in the case of the great writers of the work. (except for science field)

歌舞伎なんか、1分あれば意識を失える自信があります。

I am confident that I can black out in a minutes when watching Kabuki.

(続く)

(To be continued)


2017-10-29 ―― 最後には一人ぼっちで死んでいく

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

こういう考え方を否定するものではないんですけど、私は、「サザエさん」の世界観は、すでに迷惑なサンプルにすらなっていると思うんです。

I do not deny this way of thinking, however, I think that the world view of "Mr. Sazae" is already even an annoying sample.

むしろ、現実世界は「サザエさん」の世界観とは逆行しているように思えるのです。

Rather, the real world seems to be going against the world view of "Mr. Sazae".

私は、「核家族」という概念すらなくなっていて、「核個人」のレベルに至っていると思うんですよ。

I think that even the concept of "nuclear family" is gone, I think it has reached the level of "nuclear individual".

-----

「核個人」とは、

"Nuclear individual" means,

―― 一人ぼっちで、生まれてきて、

- We are born alone,

―― 人生の途中で、友人や、家族という名の、旅の仲間と連れ添うこともあり、それでも、

- in the middle of my life, sometimes I accompany my friends and family members, traveling companions, however,

―― 最後には一人ぼっちで死んでいく

- finally, we will die alone

そういう世界感を基盤とする考え方です。

It is a new world concept base on the above.

別段、これは、新しい考え方でもありません。

Separately, this is not a new thought either.

すでに、宗教(仏教等)には組み込まれていますしね。

It already has been incorporated into religion (Buddhism etc).

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ただ、ただ生まれて、ただ死んでいく ―― そういう人生に「腹を括る時代」に来ていると思うんですよ。

However, just being born, just dying --- I think that the time of "preparing ourselves for the worst" is coming.

というか、もう実際に、そういう世界は、実践的に始まっていますよね。

Actually, that kind of world has started practically.


2018-10-29 『そうですね。一応、大学だけは卒業しておいた方が良いと思います』

私は、学生の6年間を、終バスが15:40分という、非常に交通の便の悪く、大学からも随分遠い地区の下宿に住んでいました。

I lived in a boarding house during my college life, It is a distant area far from the university, and very bad transportation, for example, the departure time of last bus is 15:40.

# これは当時の話です。数年前に訪ねてみたら、大きな新興住宅地となっており、地下鉄の路線が敷設されていました。

# This is a story of those days. When I visited a few years ago, it was a big new residential area, and the subway line was built.

私は、4年間の下宿期間、ただの一度も家賃を滞納したことはなく、また大家さんのご好意で、隔日で母屋のお風呂も使わせて頂いていました。

I have never delinquent rent for a 4-year boarding period, in addition, the landlord's favor, I was allowed to use the main house's bath every other day.

これは、その下宿でのお話です。

This is a story at the boarding house.

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ある日の夜のこと(といっても、23時過ぎくらいの深夜)、大家さんが、私の部屋をノックして訪ねてきました。

One night (at around 23 o'clock midnight), the landlord came to visit and knocked on my room.

私に相談があるというのです。

I got consultation.

『息子が、大学を辞めたいといっているのですが、どうしたら良いでしょうか』

"My son wants to quit college. what should I do?"

と。

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当然ですが、私、当時、現役の大学生です。

Needless to say, I was an active college student at the time.

幸運なことに、勉学に対して意欲のある仲間と、興味のあるテーマの研究に没頭できる、幸せな日々を過していました。

(一昨日の日記と対比してみて下さい)。

It was lucky that, I had happy days. I could immerse myself in researching interesting subjects, with friends who were motivated to study.

「大学を辞めたい」という気持ちは ―― その気持ちが「存在」することは知っていましたが ―― その気持ちを理解するには、当時の私はラッキーすぎたのです。

I knew the feeling of "wanting to quit university" "exists" and I understand that feeling. However I was too lucky to understand the feeling at the time.

そして、その時、私が口にした言葉は、私自身をびっくりさせるものでした。

And then, the words I spoke then surprised myself.

『そうですね。一応、大学だけは卒業しておいた方が良いと思います』

"Well. I think that it would be better for your son to graduate from college."

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私は、今でも突飛な考えや発言を、ブログや連載に記載しています。

I am still writing fun ideas and remarks in blogs and serial series.

しかし、学生時代の私は、今の私など比較にならないほど、はるかにラディカル(過激)で、アバンギャルド(前衛的)な言動を取り続けていました。

However, when I was a college student, I was keeping on with words, far more radical (extreme) and avant-garde, than what I am saying now.

その私が、『なんという常識的で、陳腐で、捻りのない発言をしているんだ』と、私が私に驚きました。

The saying surprised me, "What commonsense, obsolete, and bore words are!".

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その時の、私の頭の中はこんな感じだったと思います。

I think that the inside of my head at that time was like this.

(1)大学は、基本的には、きちんと講義に出席をして、ノートを取って、テストを受けて、レポート(卒論)を書けば、卒業できるものである。

(1) Basically, we can graduate by attending a lecture properly, taking notes, receiving tests and writing a report (graduation thesis).

(2)成績がどうあれ、大学を卒業さえしてしまえば、"大卒"というタイトル("学士"の資格)が漏れなく付いてくる。

(2) Whatever the grades, once we can graduate from college, the title "Bachelor's Degree" comes along without fail.

(3)"大卒"のタイトルは、それなりに世間には通用するモノである。

(3)The title of "Bachelor Degree" is something that is acceptable for anyone in the world.

(4)そもそも、大学合格という幸運と、学業を継続できるという幸せな環境を持っていながら、上記(1)を断念した人間を、世間はどう思うだろうか

(4) First of all, what do the public think about human beings who have abandoned the above (1) while having good luck of passing the university and a happy environment where students can continue their studies

―― 私(江端)なら許さん

"I will not forgive him/her"

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もちろん、今の私は、上記(1)~(4)の考え方は、あまりにも単純化し過ぎる考え方だということを、よく知っています。

Of course, I am well aware that the concepts (1) - (4) above are too simplistic ideas.

娘たちは、血を吐くような言葉で、「学校」という名前の「地獄」を、私に語ってくれましたし、

My girls taught me "hell" named "school" in a word that bleeds blood.

そして、今でも私の中に残っている「学校」への憎悪の気持ちに、その時の私は思い至るべきだったのです。

And I should have thought of the hatred feelings for the "school" that still remains in mine.

この手の相談を受ける時には、

When I receive consultation with these cases, I have to

『本人の資質、人間関係、精神状態、その他を総合的に勘案して判断しなければならない』

"make judgements taking comprehensive consideration of the qualities of the individual, human relationships, mental conditions, etc."

のです。

結論として、『現役大学生であった私は、相談者として不適切』だったと思うのです。

In conclusion, I think that "I was an active college student was inappropriate as a consultant."

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まあ、日頃から過激な発言を繰り返し記載している私ですが、根っこのところでは、

Well, I am repeatedly stating extreme remarks from my daily life. However at the root, I am just a "petit bourgeois" being bound by

「一般常識」

"common sense"

に拘束されている、小市民です。

ですから、私ごときに ―― 「あまり過度な期待をされては困る」のです。

So, for me, "it is annoying to have too much expectation".


2019-10-29 ―― 吐き気がするほど嫌い

I have written both Japanese and “Japanese English” in this diary.

それは、TOEICの勉強が

The reason is

―― 吐き気がするほど嫌い

I hate studying TOEIC with feeling vomit

だからです。

私は、英語の勉強が必要なのは理解しているのですが、あの阿呆らしい試験の為に、私の脳を稼動させているのかと思うと、なんとも腹が立ちます。

I understand that I need to study English, however I'm really feel ill with thinking that my brain should be running for the stunning test.

とは言え、英語というのは、つまるところ言語であり、言語とは、毎日の使用を怠ることができないものです。

On the other hand, English is, after all, a language, and I cannot neglect the training everyday.

私が日記で記載している「日本英語」が、有用であるかどうかは、分かりません ―― というか、多分有用ではないと思う。

I don't know if my "Japanese English" that I write in my diary is useful. Maybe it's not useful.

しかし、この毎日の「日本英語」の執筆のおかげで、仕事で英語のメールを書かなければならない時、ほとんど、ラグタイムゼロで、英語を書くことができます。

However, thanks to this daily "Japanese English" writing, when I have to write English emails at work, I can write English with almost no lag time.

その英文が、意味の通る文章として構成されているかどうかは、全く不明です ―― が、英語なんて、単語を並べれば、なんとかなるものです(私のポリシー)。

It is completely unknown whether the English sentence is structured as a meaningful sentence. But there is no problem by just arranging English words (It is my policy).

そもそも、私、自分で全文翻訳している訳ではありません。

Above all, I am not translating the whole sentence by myself.

かなりの比率を、「Google翻訳」にお願いしています。

I'm asking "Google Translate" for a considerable part.

(続く)

(To be continued)