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2012-04-07 K君の話

北朝鮮の衛星実験用のロケット発射が、国際連合安全保障理事会決議(以下、安保理決議)に違反ということで、現在国際的な非難を浴びています。

一方、日本は、あの「はやぶさ」を含めて、多くの人工衛星を打ち上げているのですが、こっちは安保理決議には引っかかっていないようです。

どこに違いがあるのかと、ちょっと気になったので、調べてみました。

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○「安保理決議1874」というものが、この対象らしい。

○概要は、2009年6月12日に国際連合の安全保障理事会で採択された朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)に関する決議。

○背景は、北朝鮮が2009年5月25日に行った核実験。

○内容は、経済制裁、公海上、海港、空港での兵器または部品などの強制検査し、破壊する権限を加盟国に与えること。

○ちなみに、安全保障理事会を構成する国、15カ国、全会一致で可決された。

(ちなみに常任理事国とは、米国、英国、中国、仏国、露国の5カ国、非常任理事国は、持ち回りで、今は、オーストリア、ブルキナファソ、コスタリカ、クロアチア、日本 、リビア、メキシコ、トルコ、ウガンダ、ベトナムの10カ国)

と、ここまでが客観的事実。

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以下、私の主観。

ということは、安保理決議は、国際条約ではない。いわゆるパリ条約やTrip条約のようなものではないのです。

つまり、<北>には、この決議を遵守する法的根拠はなく、そして、守らないからといって、国際司法裁判所に引っ張られる訳でもないことです。

そもそも、その成立プロセスからして、法的拘束力が生じる訳がない。

成立プロセスを擬人化して語れば、

(1)乱暴者で、隣の家に時々火を投げつけたりする、皆から評判の悪い"K"君がいた。

(2)彼が学校を欠席していた時に、『K君がこれ以上悪いことする、またはしそうになったら、皆で文句をいってもいいし、必要ならやっつけてもいい』というルールを、「K君抜き」で作った。

(3)K君は自分で作った花火を試してみたいと思っている。けど、回りの皆が、それは、K君のクラスの友達の家を放火する為の予備的な実験だ、と決めつけて、『みんな(ただしK君を除く)で決めた、(K君にだけ使われる)ルールなのに、ルール違反だぞ』と言っている、と。

まあ、こんな感じですかね。

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「はやぶさ打ち上げ」と「今回の<北>のロケット打ち上げ」の間には、本質的な差はない、ということです。

ただ、「これまでの<北>の所業が悪すぎて、国際的に額面通りに信じて貰えていない」という、この一言に尽き、「北」から見れば、「卑怯な欠席裁判をやられた」と思えるでしょう。

# いや、実際には、出席してヤジっていたと思うけどさ。

そこへ行くと、我が国は国際的な優等生です。(但し戦後の常任理事国支配の体制下で、という意味ですけど)

我が国は、間違っても、人工衛星ロケットに核弾頭を乗せて、どこかの国に飛ばす、というような疑いはかけられていない訳ですよ。

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「北」は勝手にルールを作られるだけの所業をしてきたし、していると思う。

少なくとも、この点において、私に疑義はない。<北>を擁護する言葉など、一言もない。

しかし、だ。

(1)国際法と国内法の調整や論理の組立てで、法律の学者が実務者が、どれほど苦しい理論を作りだして、非常に長い時間を経て、それを定説にまで高めていることを知っている ―― ちょっとばかり条約や法律を勉強している私としては、

(2)

(a)現時点で、世界を100回近く全滅させる程度の核兵器を保有し、自然環境を根底から破壊するような核実験を2000回以上やってきた常任理事国ふぜいが、

(b)「安保理決議」を、国際法、または国際条約のように語り、あたかも絶対的正義のごとく主張しているという事実や、

(3)

(a)我が国は、全ての核兵器保有国(<北>は勿論、常任理事国も含む)に対して、何の後ろめたさもなく彼らを批判できる絶対的優位な立場にありながら、

(b)「安保理決議」の意義や効力について、国民に何も知らせることなく、だらだらと報道を続けるだけの我が国の政府やマスコミを、

―― 心底から、不快に思う。


2013-04-07 「入学式」の看板の前の長蛇の列を解決する方法

先週の金曜日、会社の隣にある小学校で入学式があったようです。

正装したお父さんやお母さんに連れられた子供達が、正門の前に並んでいました。

目的は、正門前に立てられている「入学式」の看板をバックに記念写真を取ることです。

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私、結婚するまで、このようなテンプレート的なイベント写真が嫌いだったのですが、結婚後、嫁さんが纒めているアルバムを見て、認識を改めました。

このようなテンプレ的な写真がないと、そのイベントを識別できないことに気がついたからです。

「これ、いつの、何のイベントの写真だったっけ?」という混乱なく、一発で理解可能。要するに、アルバムのインデックスとしての役割を果しているのです。

観光写真の「◯◯岬」「△△湖」「××遊園地」にしても同様です。このようなテンプレートイベント写真を侮ってはなりません。

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とは言え、「入学式」の看板の前の長蛇の列は頂けません。ご家族も、折角のチャンスですので、子供だけ、お父さんと子供、お母さんと子供、家族全員と、色々なバリエーションで写真を取るものだから、列の長さが全然短くなりません。

「『入学式の看板を10箇所に配置する』という案はどうかな」と嫁さんに相談してみたところ、

「学校正門とセットになっていないと意味がない」と直ちに却下されました。

「じゃあ、合成写真だ。青色シートのバックの前で写真を取って、気にいった背景を選んで貰って、CGで埋め込めば良い」

「それを、わざわざ入学式当日にやる意味は、なに?」と逆に質問されました。

うむ。確かに、入学式の思い出が合成写真を生成するスタジオでの撮影の記憶というのは頂けない、と私でも思える。

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まあ、入学式の記念写真というのは、「長蛇の列」の思い出とセットとなっている、ということで良いのかなと思うこととして、この改善の検討は打ち切ることにしました。


2014-04-07 「そりゃ、結構な地獄だな」

長女:「10分というのは、昨年、グループ作りの初動に失敗した時の、トラウマの話」

""Ten minutes" was a story of experience trauma, which I failed to make initial group last year.

江端:「・・・全然分からないんだけど」

"I don't understand what you are telling me"

長女:「クラス替えの発表から、10分間の間で、自分の望むグループに入るか作るかしないと、そこから1週間の間、自分が望まないグループに入り続けなければならないの」

"Unless I join or enter to my favorite group within ten minutes, I have to belong to an unlike group for a week."

江端:「一週間?」

"For a week?"

長女:「一週間の間は、オリエンテーションや、身体測定、カリキュラムの説明が続くでしょ」

"There are many events, for example, orientation, physical, explaining courses for a week."

江端:「ふむ」

"Yes."

長女:「初期グループから、新しいグループに移るには、一週間を待たないと、動けないんだよ」

"If I want to move to another group, I have to wait for a week."

江端:「なるほど」

"I see."

長女:「その一週間の間は、私のことを嫌っていることが明らかである子であっても、一緒に過さなければならない訳」

"Even if the girl I don't like is, I have to spend time with her for a week."

江端:「そりゃ、結構な地獄だな」

"It looks like an extreme hell"

長女:「でしょ? そうすると10分間の間に、自分の好みのグループを作るか、入るかしなければならないんだよ」

"Right? So I have to make or join to my favorite group in ten minutes."

江端:「たった10分間で、新党を結成か。そりゃ、凄いタスクだわ」

"You have to make a new party in ten minutes. It must be considerable task"

長女:「・・・新党?」

"A new party?"

江端:「いやいや、気にしなくていい。いずれにしても、どす黒いオーラを発しなければならない程に、辛い朝だった、ということは完璧に理解できたよ」

"You don't care that. Anyway I could understand why you wear such a dark black aura in this morning."

長女:「まあ、今回は、同じグループではなかったけど、友好的なグループの子を見つけることができたので、二人で大喜びしていたんだよ」

"This year, I could a friend in not my original group but in friendly group, so we could be joyful each other.

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江端:「・・・あのさ」

"Let me ask you?"

長女:「何?」

"What?"

江端:「辛くないか、そんな青春」

"Is it rough for you to take time in your youth?"

長女:「辛いのかどうか知らない。比較する青春がないからね」

"I don't know. No other youth in my life."

江端:「保証するよ。大人の世界の方がずっーと楽だ。安心して、大人になればいいよ」

"I assume you that your future time in adult must be easy. You can become coming-of-age."


2015-04-07 つまり、品質の悪い素材に、どんな調味料を試してみたところで、劇的な改善はない、ということです。

自宅で、Windowsのファイル共有を使ったNAS(Network Access Server)を運用しているのですが、ファイル転送時間が遅すぎて、イライラしていました。

I operate NAS based on Windows shared file system in my home network, but I have been irritated at the low file transmitting speed.

そこで、先週末、3時間ほど使って、Puppy Linuxという軽量Linuxを使ってNASを構築してみました。

So, last weekend, I spent three hours and make a new NAS system using light Linux OS whose name is "Puppy Linux".

512MBしかメモリのないPCのディスクトップがサクサクと動き、結構感動しました。

I was very moved that a desktop of the low spec. PC whose memory size is only 512M worked crisply.

これなら、NASのスループットも劇的に向上するに違いないと、ワクワクしていました。

Thus, I was excited that the throughput os NAS became to be improved dramatically.

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先程、スループットの実験が完了しました。

I have just finished the experiment of the throughput.

成績は逆に悪い位でした。

The result is bad, except for my expectation.

つまり、品質の悪い素材(低スペックPC)に、どんな調味料(オペレーティングシステム)を試してみたところで、劇的な改善はない、ということです。

To tell you the truth, no matter how we try a new seasoning for the low quality material, we cannot find a dramatically improvement.

これは、やっぱり真実なのです。

The above is true.

英語に愛されないエンジニアに、どんなに英語を勉強させようとも・・・(以下略)

No matter how an engineer who is not loved by English try to study English hard...(Omitted)


2016-04-07 ―― インターネットで、私達は幸せになったか?

私は、繁華街もデパートがなくても、通販があればどこに住んでも良いと思っている人間です。

I am a person who think that anywhere is good for me, as long as mail-order services is abailable even if no busy shopping streets and no department stores are.

一方、嫁さんは『デパートに行けない場所では生きていけない』といいます。

On the other hand, my wife insists on saying "I cannot live my life without department stores".

江端:「200年前には、デパートは存在しなかったんだぞ」

Ebata:"No department store existed two hundred years ago"

嫁さん:「でも、今は存在している」

Wife:"But They exist now"

嫁さんにとって、私の仮説は、何の意味もないものでした。

For her, my hypothesis seemed to be meaningless.

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先日、あるメーカーの社長さんとエンジニアの方と、私のコラムの担当編集者の方とで会食を頂く機会を頂いた時のことです。

The other day, I had lunch with the president and the manager of a maker company and the editor of my column.

私が、

When I broached the subject of

―― インターネットで、私達は幸せになったか?

"Does the Internet make us happy?"

という話題を振った時のことです。

私以外の人は、皆さん全員が「Yes」と応えました。

All members except for me, said "Yes".

―― では、インターネットで私達を幸せにしているのは何か?

"So, what of the Internet make us happy?"

という私の問いに対して、やはり全員が「便利になった」と応えました。

All members answered "it is convenience".

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私は、

I didn't ask them more that

―― では、便利は私達を幸せにしているのか?

"Does the convenience make us happy?"

とは尋ねませんでした。

便利は幸せです。問答無用です。

The convenience makes us happy. Dialogue is useless.

論理的に説明しなくても、『薪をくべて風呂/飯を炊く日常と、そうでない日常は、どちらが幸せか』と問えば、このテーゼは、議論不用で完了します。

If it is not logical, the dispute is going to be finished with the question "which is better for you, everyday you burn firewood for cooking or the bath, or not".

(続く)

(To be continued)


2017-04-07 「虐待の代理人」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

勉強ができる子どもばかりが集まる進学校では、「子ども」と「教師」の両方が「勉強が楽しい」という、ポジティブフィードバックでループが回ります。

In a school which children gather, who like studying, both children and teachers can make a positive feedback for the reason of "studying is fun".

しかし、家庭教師を願い出る保護者の子どもの多くは、(高い志を持つ子どもを除けば)大抵は、勉強が嫌いです。

However, many children whose guardians want you to be a tutor, dislike studying.(except for children who has a high-minded)

そして、勉強が嫌いな子どもに、勉強を教えることは、虐待そのものであり、つまるところ、家庭教師とは

Therefore, what you get the children to study is "abuse" itself. After all, tutor is, so-called, an

「虐待の代理人」

"agent of abuse"

とも言えます。

I think that.

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とは言え、全ての家庭教師が、「虐待の代理人」になる訳ではありません。

However, not all tutors are going to be "agents of abuse".

勉強を一生懸命やっていても、上手く成績が伸びない子が、自分の意思で成績を伸ばしたいと思っている子どもであれば、やりがいのあるアルバイトです。

If you meet a child who has high-minded to improve results but is sluggish growth now, it might come to a challenged part-time job for you.

という訳で、先人である私からアドバイスを一つ。

So, one advice from me, as a predecessor.

『うちの子どもを、"勉強好き"にさせて下さい』

"Please let my children "like studying" "

という保護者の依頼があったら、その場で、その話を断わりましょう。

If you are asked from a guardian of a child, you should run away as soon as possible.

時給に目が眩んで、そんな話を引き受ければ、あなたは、子ども、保護者、そしてあなた自身を巻き込む、陰惨なネガティブフィードバックを発動させることになります。

If you are blinded by your greed and take responsibility for the mission, you will trigger gruesome negative feedback involving your children, parents, and yourself.

―― もっとも、あなたに、信者の心をマインドコントロールできる、新興宗教の教祖ほどの力量があるなら、話は別ですが

However, if you have empowers of a religious guru who can mind control the believer's mind, this story becomes different.


2018-04-07 ―― あいつら、馬鹿

このブログを数年後に見る人がいるかもしれないので、念の為に説明しますと、

Some people will read this my diary after several years, so I will explain the background.

■このブログを書いている時点で、「大相撲」という(スポーツだの、神事だの、よく分からないのですが)、我が国の「国技」とされているものが存在していました。

When I wrote this diary, there is "Ou-Sumo", which is a national sport in Japan, (However, I don't know that is really a sport or a shrine festival)

で、

And,

■大相撲春巡業の土俵上で倒れた市長を助けようとした女性に、「土俵から下りるよう」促す場内放送が流れました。

In a rural tour held between Grand Sumo Tournaments, when a person who breakdowned at the sumo ring and a WOMAN entered the ring to help the person, the P.A. announcer spoke out "GET DOWN FROM THE RING IMMEDIATELY".

(何を言っているのか分からない人の為に説明すると、「土俵」というのは、要するに相撲というレスリングのフィールドであり、『不浄な』女性が入ってはいけない『神聖な』場所なのだそうです。

(If you could understand the above phrase, I would explain it. "Sumo-ring" is a sanctuary, so women cannot enter the ring, because all women are unclean creatures.)

■加えて、その女性が土俵に入った後に、大量の塩を撒くという、行為も行われました。

In addition, after the woman got out of the ring, much salt was spattered.

(何を言っているのか分からない人の為に説明すると、「塩を撒く」という行為は、神事などにおける、穢れ(けがれ)を払う為の、儀礼の一つです)

(If you could understand the above phrase, I would explain it. The act of "sprinkling salt" is one of the rituals for paying shit (injury) in priests etc.)

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帰宅したら、長女が、このニュースに大激怒していました。

When I came home, my senior daughter was furious with this news.

『世界中に、日本の恥を晒した』

"They exposed the Japanese shame all over the world"

と。

しかし、もう私は、そんなフェーズは、10数年前に終焉しており、このニュースを聞いた時も、特に何も感じませんでした。

However, I have already ended such a phase 10 years ago. Even when I heard this news, I did not feel anything.

For me, handling is the same for both "Japan Sumo Association" and "Japan High School Baseball Federation".

―― あいつら、馬鹿

"They are stupid."

これで良いのです。

This is fine.

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というか、私の興味のベクトルは逆方向に向いています。

Or, my vector of interest is in the opposite direction.

―― これだけ裏切られ続けている大相撲に、多くの人は、まだ、何を期待しているんだろう?

"What are they still expecting "sumo" that has been betraying us so much ?"

と。

なんといいますか、他に例え方が見つからないので、言いますが、

How to say, I cannot find any good example, however,

「ヒモとなっている男に、金を渡し続ける女」

"A woman who continues to give money to a kept man"

という、イメージが払拭できないのです。

I cannot wipe away the image.

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ちなみに、意外と知られていませんが、

By the way, although it is not known unexpectedly,

It is famous that "Japan sumo wrestlers' victory and defeat table) is a practice problem of detection for mathematical statistics fraud detection.

("大相撲"、"八百長"、"数学" or "統計"、あたりでググれば、すぐ出てきます)

(If you input the words "Sumo", "Mathematics", "Mathematics" or "Statistics" in google search engine, you will come out soon)

日本の高校数学でも「統計的仮説検定」は教えているはずです(習った記憶があります)。

Even Japanese high school mathematics teaches "statistical hypothesis test" (I have memories I learned).

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もし、「大相撲」の存在意義を見い出せ、と言われたら、

If I can find the significance of existence of "sumo event", I think that the point is that

「身近な不正を発見する実学としての統計学」を学ぶことができる「素材」 ――

"Materials" that we can learn "Statistics as a practical university to discover familiar fraud"

という一点にある、と思っています。