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2013-09-10 「オリンピック中にテロ事件なんか起きたことあるの?」

2020年の東京オリンピック誘致に成功したそうです。

私は、オリンピック誘致に「反対」を表明してきましたが、それはそれとして、この誘致に全力を賭けて取り組んできた方々に対して、最大級の敬意と、心からのお祝いを申し上げたいと思います。

家族は、喜んでいるようです。「英語の勉強をがんばって、ボランティアやる」と言っています。

娘たちに、そのようなモチベーションが立ち上がった点では、オリンピック誘致成功は、私にとっても「ポジティブ」です。

それはさておき。

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日本でのオリンピックの開催は、東京(夏)→札幌(冬)→長野(冬)と、今回の東京(夏)で4回目になります。

長女が「まだ、一度もやっていない国が優先されるべきではないの?」という素朴な疑問を呈してきました。

この疑問に対する、私の答は以下の通りです。

■開催日までに、オリンピックスタジアムを完成できない可能性のある国もある。事実、本当にヤバかったという事例はたくさんある。

■最悪なのは、オリンピック開催中に、テロ事件なんぞが起ったら、その国の政府のメンツは丸潰れだし、開催を決定したIOCの見通しの甘さが非難されることになる。

■そうなると、その国の国際的な信用は地に落ちるし、「IOCなんかいらんわ。俺たちだけで勝手に世界選手権大会やるわ」という話も出てきかねん。

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「オリンピック中にテロ事件なんか起きたことあるの?」

「ある。ドイツのミュウヘンで、選手11人が殺害されたオリンピック史上、最悪の事件があった。まあ、今回の候補の中で、『テロや暴動(治安)』の観点からは、「東京」は有利であったと思えるよ」

―― 娘は、絶句しているように見えました。

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この機会に、日本人が引き起した国際テロ事件のことも話そうかな、と思ったのですが、中学生の娘にはまだ刺激が強すぎるかと、思い留まりました。


2014-09-10 「モーゼの十戒だ」と思いました。

今日、私、一日中、凄まじく怒り狂っていました。

I have got terrible got furiously angry today around the clock.

で、本日、その状態のままで、出張先に出向いたのですが、

As the same state, I went to the business trip today,

―― 人混みが、私の前でキレイに割れる

"A crowd was broken in front of me neatly"

「モーゼの十戒だ」と思いました。

I thought, "It is Moses' Ten Commandments".

2階の部屋で怒っているだけで、1階の人間まで気分が悪くなる、と言われる、

I heard that I am only angry in a room of the second floor, anyone in the first floor come to feel sick.

「江端の怒りのオーラ」は、健在です。

"The aura of the anger of Ebata" is still alive.


2015-09-10 ―― 自爆テロ

人身事故というのが、「当人が制御できない状態で、突発的に発生する行動の結果」である ―― という話は、すでに何度も行ってきました。

I have often told you a story that "accident resulting in injury or death" is "a result of accidental action, that even the person in-question in oneself cannot control ".

事実「その通り」であるし、「そう思わなければやってられない」という気持もあるからです。

In fact, it it true, and I cannot help but thinking it like that.

また、「そういう状態にならざるを得なかった人による、社会が救済できなかったことに対する抗議行動」 ―― とも、考えるようにしています。

And, as usual, I think that this is a sort of protest, which the hopeless victims try it against unrelieved society.

なにより、私が、そのような経験の持ち主だからです。

Above all, I was a person like the above.

『私の意思に反して、私の足が勝手に、私の体をホームから落下させようとする』という、あの「制御不能」の恐怖は、体験した人にしか分からないと思うのです。

I am afraid that few people can understand that a fear of "my legs was putting my body down the station platform against my will"

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ところが ――

But,

先日、『疲れ果てていて、吐きそうなほどしんどい』という日の深夜に、帰宅を不可能にさせかねない人身事故に巻き込まれました。

A mid-night of the other day, when I was too exhausted and was likely to vomit, I got involved in an "accident resulting in injury or death" that was going to be impossible to come back home.

一瞬にして、燃えるような炎を感じ、この時、初めて、

I felt a flame blazing instantly, and I came to think of the word in my mind

―― 自爆テロ

"suicide bombing"

という言葉が自分の中に沸き上がってくるのを感じて、自分で驚きました。

I was surprised at what I was.

我に返り、『最近、何かかあったかな?』と考え込んでしまいました。

At the moment, I recovered myself soon, and tried to remember recent events.

(続く)

(To be continued)


2016-09-10 己の器量を測ることもなく、小さい器の自分に自分が与えた、これらの「限界のない激辛への希求」が導いた結実は一体何だったか。

最近、北極ラーメンを食しても、昔のように辛く(つらく)なくなりました。

Recently, even eating Hokkyoku-ramen, I don't feel no longer painful as of old.

普通に美味しいラーメンとして、最初から最後まで食べれようになっていきています。

As normally delicious ramen, it will complete to have it from the beginning to the end.

生活全般に、辛い食べ物を求める傾向が強くなり、最近は大袋入りのキムチ用の唐辛子(砕いたもの)を購入し、ビンに入れて持ち歩いています。

In life in general, I become to seek more and more spicy foods. Recently, I bought a red pepper (crushed ones) for kimuchi of large bag containing, and I carry around to put in a bottle.

そして、社食のラーメン、ソバ、カレーに、唐辛子をかけまくって食べています。

And, I sprinkle the pepper over and over again on ramen and soba noodles and curry.

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北極ラーメンの辛さ三倍を食べて、久々に、北極ラーメンを「辛く(からく)て辛い(つらい)」という、懐しい感覚を思い出しました。

After eating three times spiciness of the Hokkyoku-ramen, I remembered the nostalgic feeling "Hokkyoku-Ramen is hot and painful".

そして、先日「北極の極み」という ―― 定量的な辛さは分かりませんが、唐辛子だけで構成されたスープで、箸が立つくらいのラーメン ―― を食しました。

A few days ago, I tried a ramen, called "Hokkyoku extremely". I didn't know the spicy level by a numeric value, however,

もう、ここまで辛いと何が何だか分からなくなり、そして、私が何を目指しているかも分からなくなりました。

I don't know what is what about this spicy, and finally, I don't know what I am aiming at no longer.

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I remembered a nightmare at that time.

目的と手段が主客逆転する、あの愚かしい、私の行動パターン。

My foolish behaviour patterns, "Ends and means become reversed".

己の器量を測ることもなく、小さい器の自分に自分が与えた、これらの「限界のない激辛への希求」が導いた結実は一体何だったか。

Without measuring self-evaluation, what was on earth, does "desire to no limit spicy" give me ?

それは、「せっかくの美味しいラーメンを、苦痛に満ちあふれたものにする」

It is, "the precious delicious ramen becomes something full of painful"

という、誠に愚かしい行為だったのです。

a truly foolish act.


2017-09-10 私がやっているのは、「メールによる恐怖政治」です。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

例えば、

For example,

---- 例1 ----

---- Example 2 ----

To: Mr_A@kobore.net

Cc: project_X@kobore.net

■Aさん

Dear Mr.A

本日正午締切の提出の資料の格納先は、\\prject_X\20170910 ですよ。

The directory you will submit your materials whose deadline is today noon,

is "\\prject_X\20170910"

江端

Regards, Ebata

-------------

というメールを、私の指定した締切の直後(1分後)とかに、送付する訳ですよ。

I send the above message, soon after the noon.(12:01, for example)

穏やかなフレーズの向こう側に『ひきつった笑顔の 事務局江端』の存在感をバッチリ示す、という点が特徴です。

This is a characteristic that "to show him/her the existance of Ebata of the D.S. who get angry with smiling, over the peaceful phrase".

しかも、そのメールをプロジェクト全員に向けても発信する訳です。

This mail broadcasts to all members of the project, too.

皆さんは、もう分かりますね。

Wel, you know.

私がやっているのは、「メールによる恐怖政治」です。

What I am doing is a "reign of terror by e-mail".

(続く)

(To be continued)


2018-09-10 しかし、そのシステムが見守るべき父は、もういません

一人暮しの父を見守る為に、

In order to secure my father, who lived solo,

IoT通信デバイス"SORACOM"を使ったリモートの見守りサーバ(Raspberry PI上)に、

- in the home security server (on Raspberry PI), with IoT communication device "SORACOM",

VPN(by SoftEtherで)の閉域ネットワークを構築して、

- I made the closed private network (by SoftEther), and

自宅のPCから、SSHでアクセスできるよう、

- accessed to the server from my home PC by SSH

From Golden Week holidays of this May, I continued the experiments and developments little by little, and

今週末ようやく稼動を確認しました。

finally, I could confirm the activation at this weekend.

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しかし、そのシステムが見守るべき父は、もういません(7月末に他界)。

However, my father is nowhere to be found (belowground at the end of this July)


2019-09-10 つまるところ、『人のことなんぞ、ほっとけ』ということです。

I released my column whose content was "possibility of pregnancy between people of the same sex" using iPS cells technology.

そのコラムの中で、私は「将来的には可能となる」という見解を示しています。

In the column, I expressed my opinion that "It is going to be possible in the future".

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現在、同性間の結婚については、条件付き(性同一性障害を理由とした性転換の術後)ではありますが、手術後の戸籍の性別変更を通じて、可能となっています。

At present, according to a marriage of the same sex, it is possible to get married under the conditions by operating sex change and changing sex in census register.

しかし、我が国の法律(民法)は、セックスであれ、ジェンダーであれ、異性間の結婚しか認めていないという点では、一貫しています。

However, Japanese laws (civil laws) consistent with admitting heterosexual marriages only, even if it is for sex or for gender.

私は、同性婚の立法化に対して、政治的な行動していませんが、「反対」か「賛成」の旗幟を明らかにしろ、と言われれば「賛成」です。

I have not joined a political campaign for same-sex marriage, however if someone ask me state my position for or against, I say "for".

「反対する合理的理由が見あたらない」からです。

Because I cannot find "rational reasons against same-sex marriage".

(1)結婚というシステムがあって、(2)結婚したいカップルいる、というのであれば、そのシステムは、差別なく(性差なく)使えるような状態にしておくのが自然である ―― という、単純な理屈です。

The reason is extremely simple. If there are both a marriage system and a couple to use the system, it is natural to make the system open for everyone.

同性婚を否定する論拠として、「生殖能力の有無」を挙げる人がいますが、バカバカしくてお話になりません。

Some people try to argue "reproductive capacity" against same-sex marriage, I think that the time of argument is stupidly wasteful.

生殖能力の有無が婚姻の条件になるなら、生殖の結果(子ども)を残さない結婚は、すべて、婚姻届けの届出日に遡って「無効」としなければ、法的な一貫性が保てません。

If we decide that "reproductive capacity" is a condition for the marriage, we have to enforce to repudiate the marriage because of "no child" in order for consistency of law.

結婚の形態がどうあれ、結婚の意義を「生殖能力の有無」に求めるなど、ナンセンスな上に下品です。

In any marriage styles, using the words of "reproductive capacity" for a significance of marriage, is nonsense and vulgarity.

そもそも、私は「私達は、国家や法律の為に生きている」訳ではなく、「国家や法律は、私達の幸せを実現する為に存在している」と思っていますし、そうでないなら、私は「国家や法律には、存在する価値はない」と考えています。

Above all, I think that "our life is not for nation and law". I believe that "nation and law exist for our happy life", and if not, "nation is law are meaningless".

「一緒に生きることで幸せになりたいというカップルは、その存在自体が、結婚の要件を満たしている」

"Any couple who wants to become happy each other, fills the bill of marrige".

私は、それ以上の理由を必要としません。

I don't need any reason except for it.

そもそも、

Moreover,

(1)私に不利益がなく、(3)他の誰かの利益があり、(3)他の誰かの主張する不利益が論理的に説明できない

(1)No demerit for me, (2)merits for others, (3)no way to explain about the demerit reasonably.

なら、反対する理由がありません。

As long as these three conditions, I cannot say anything against marriage of the same sex.

小学生にだってできる、簡単な計算です。

This is a simple elementary-level math.

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とはいえ、どんな変化であれ、私たちは変化は嫌いです ―― その一点においては同意してもいいです。

I can understand "we don't like any change". I can agree with the opinion.

しかし、私は「自分に不利益がない変化」で「自分で努力する必要がない変化」であれば、基本的には「その変化を妨害をしない」ことにしています。

However, if the change is "without my own disadvantage" and "without my special effort", I basically do not "disturb the change".

つまるところ、『人のことなんぞ、ほっとけ』ということです。

After all, it means that "leave others alone".

(続く)

(To be continued)