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2013-08-10 いったいどうして? 何が気に入らないんだ。何を与えれば、お前は喜ぶんだ

今、読んでいる小説に、こんなシーンがありました。

『見ろ、海外から取り寄せた装飾品がやっと届いたんだ。白い肌のお前に似合うパーディのドレスだ。この靴も、ワルツを踊るときに映えるだろう』

『・・・結構よ。私、こんなもの・・』

『いったいどうして? 何が気に入らないんだ。お前は宝石も帽子も、何も欲しがらない。何を与えれば、お前は喜ぶんだ』

まあ、ステレオタイプの、いわゆる「分っていない」金持ちの夫と、若い妻の会話、といったところでしょう。

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『見ろ、現時点で最速のグリッドコアを搭載したパソコンだ。お前の計算しているGPSの測位をリアルタイムにするものだ。このGPSのフロントエンドもサンプリングの実時間捕捉を可能とするだろう』

『・・・結構です。私、こんなもの・・』

『いったいどうして? 何が気に入らないんだ。お前は最速のコンピュータも、テラバイトのハードデスクも欲しがらない。何を与えれば、お前は喜ぶんだ』

まあ、プロトタイプを作成することが技術者の喜びであると信じている主任研究員と、新人の研修員の会話、といったところしょう。

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で、私くらいの年齢の技術者になってくると、もう、欲しいものは、「有体物」ですらなくなってきます。

『いったいどうして? 何が気に入らないんだ。何を与えれば、お前は喜ぶんだ』

―― 課題よ。解決すべき課題よ。まだ世の中の人が気がついていないような技術的な課題よ。

―― 課題さえあれば、そして、それが、現存の技術を用いて解決可能な課題でさえあれば、

――『特許発明』は完成したも同然なのよ。

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『課題さえ見つかれば、発明は完成したも同然』とは、私の尊敬する知財部のNさんの言葉なのですが、

『至言』だと思います。


2014-08-10 「なんで、そんなところで死んでいるかなぁ!」

先日、娘に連れ出されて、大学のオープンキャンパスに付き合わされた話をしました。

The other day, I told you that my daughter brought me to some colleges in order to join the open campus.

その続編です。

This is another talk.

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引き上げる途中のキャンパスの通路に、セミが死んでいました。

When we went out from the campus, we met a corpse of cicada on walkway.

長女は飛び上がって、そのセミから逃げるようにして、怒ったように言いました。

My daughter jumped and run away from the corpse, and told me with anger.

娘:「なんで、そんなところで死んでいるかなぁ!」

Daughter: "Why is it dead on walkway?"

私:「なんでって・・・、そりゃ、夏だし」

Ebata: "Why? Of course, it is summer now"

娘:「通路で死ぬことないじゃんか」

D:"Why on walkway?"

私:「そんなこと言うなよ。セミは、7日間しか生きられないんだから」

E:"Don't say that. They can live just for seven days."

娘:「7日でも7年でも関係ないよ。『自分のことは自分で』が原則でしょうが!」

D:"I don't care whether 7 days or 7 years. "Self-determinism" is principle isn't it?"

私:「セミも通路で死にたいと思って、死ぬ訳じゃないだろう」

E:"I think that cicadas cannot choose where they dead"

娘:「だいたいね。セミなんかいなくたっていいじゃんか。なんで、セミっているの?」

D:"To begin with, what is the significance of existence of cicada? Is it useful for our life?"

私:「賭けてもいいけど、セミも『なんで人間っているの?』と思っていると思うぞ」

E:"I can bet that cicadas think same"

娘:「だから!?」

D:"So what?"

私:「だから、まあ、お互い様ってことで」

E:"So, it is mutual."

娘:「片づけてよ! 自分の死骸くらい、自分で」

D:"Put your dead body away by yourself"

私:「死んだセミが、自分の死骸を自分で移動させるのか。そりゃ、シュールな絵だな」

E:"Moving my body by myself after dead...It is a surreal picture"

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しかし、この話、娘に「理」があると思いました。

However, according to this story, I think that my daughter has "a law of nature".

『自分のことは自分で』が原則です。

"Self-determinism" is principle.

だから

So, I think that

―― 鉄道で人身事故を自分で起こした人は、自分で、自分の死骸を片づけて、運行回復に協力すべきだ ――

The person who caused an accident resulting in death by railway, should put their corpses by their selves, and cooperate with service recovery.

と思うのですよ。


2015-08-10 ―― 峰不二子というのは、どこにいるのか?

ダイエットの連載を始めるようになって、女性の体型を見るようになってきました。

When I began serialisation of the diet, I came to look at the figure of the woman.

―― スケベ親父やんか

"Just dirty old man, aren't you?"

という批判は甘んじて受けましょう。

I can prepare to receive the criticism contentedly.

ただ、私、女性を「体型」で見るのは、人生で初めてなんですよ

But this is the first time that I observe a woman with "a figure" in the life.

これまで、私の女性のデフォルトインタフェースは、「顔」だけだったので。

Because the default interface of mine was only "face" until now.

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で、改めて、「体型」の話ですが、

Well, let me think the above again,

―― 峰不二子というのは、どこにいるのか?

Where is "Fujiko Mine" so called ?

というか、あれって、論理的に数理的にありえる「体型」なのか?

On the other words, "is it a logical and mathematically figure on earth?"

てなことを、数字を回せるかなぁ、と考えたりしています。

I come to think that "Can I turn the number?"


2016-08-10 ―― 名刺がない

先日、標準化団体のミーティングに特別に参加させて頂いたお話をしましたが、その出席の数日前に、困ったことに気がつきました。

The other day, I had specially to participate in the meeting of the standards bodies, I noticed I had a trouble a few days before.

―― 名刺がない

"There is no business card"

私は、「個人」としてご招待を頂いているのです。

However, I have received the invitation as a "personal".

なんていうんですかねえ、コミックマーケットとか、SAO(ソードアート・オンライン)で、現実世界の名前を出すのってタブーなんですよね(いや、よく知らないんですけど、そうなんでしょ?)

How to say, I hear that opening real name in comic market, or SAO (Sword Art Online) is taboo.(I do not know well,though, will that so?)

勿論、名前は出すんですけど、所属(会社の名前)を出すのは、なんか違うような気がしまして。

Of course, I always introduce my name to others, but I hesitate to tell the belongs.

そもそも、私は、週末の私は、フリーの一エンジニアですので、所属する組織なんかありません。

To begin with, I am a free engineer in my weekend, and there is no organization.

ところが、この「所属なし」というのもやっかいなのですよ。

However, this "no belongs" becomes troublesome.

特に書類を記入する時に「法人名→空欄」「部署→空欄」「住所→自宅住所」ですよ。

In particular, it is the "corporate name → blank", "department → blank" "address → home address" when you fill in the documents.

そんな書類、怪しさ満載で、普通、受理して貰えません。

Such documents, at suspiciously is full, do not give me a receipt.

ですので、法人登録とかはしていませんが、今の私の身分は、

So, it does not have the corporate registration,

Now my identity is,

to belong

■"Kobore Networks"

という組織の、

the organization whose name is "Kobore Networks"

■事務局長(兼ライター)

to work for

Secretary-General (and writer)

ということにして、書類に記載をしています。

and I write down the above in documents.

(続く)

(To be continued)


2017-08-10 ―― 原爆を許すな

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

毎年、8月6日ごろになると、NHKがこの「強制場」を余すことなく発揮する番組を提供します。

Every year around August 6, NHK will offer programs that will demonstrate this "forced field".

今年の「NHKスペシャル 原爆死」は、近年の中でも、群を抜いて秀逸な作品であったと言えます。

I think that this year's "NHK Special Genbaku Dead(Death by atomic bomb)" must be a precious outstanding work among recent years.

原爆による死者数の推移を、地図上にマッピングする ―― というのは、これまでに数多く行われてきました。

"Mapping the transition of the number of deaths by the atomic bomb on the map" has been done so much, so far.

しかし、この番組の中では、この死者数の変化を時系列方向に「見える化」するビューは、私に衝撃を与えました。

However, in this program, the view to "visualize" the change in death toll in the time series, has impacted me.

さらに、原爆死を、ただの「死」とせずに、「3つのカテゴリの死」としたことで、

Furthermore, the "Genbaku death" was divided into three categories, and one of them is

―― 即死することができず、

- cannot be killed instantly

―― 血塗れになってボロボロと朽ち落ちていく自分の体を見ながら、最大級の激痛と絶望の中で死んでいく

- is going to die in the greatest severe pain and despair, while watching my body, going down with bloodshed and falling down

という「死」が存在することを「見える化」しました。

This program showed us the existence of the death.

さらに、現在残されている絵画や、証言と、データを重ね合わせて、原爆によって発生した広域の火災の発生状況を、時系列で再現し、倒壊した建物の中で、

In addition, with paintings, testimonials, data on the occurrence situation of wide area fire generated by the atomic bomb in time series,

In the collapsed building,

―― 生きながらにして焼かれる

- burned down while begin alive

という「死」が存在することも「見える化」しました。

This program showed us the existence of the death too.

このような「死」が、人間が人間に対して行い得るものとして「到底認められない」殺人行為に因るものであることを、「見える化」によって明確にした、という点において、

The program could make it clear that theses "deaths" are due to the "murder" act that "can not be admitted" as a murder of human being.

この番組の製作に関わった皆さんに、「群を抜いて秀逸な作品である」と、最大級の賛辞を送りたいのです。

So, I want to send the greatest tribute "this is an outstanding and a superb work" to everyone involved in the production.

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"Do not accept the existence of the atomic bomb"

どんな政治的背景があろうとも、どんな地政学的配慮があろうとも、

Whatever the political background, whatever the geopolitical consideration is,

私達日本人は、全ての「原爆を認容するロジック」に対して、

Our Japanese should protest against all "logic to accept atomic bombs"

耳を塞ぎ、目を瞑り、絶叫し続ける、

with just closing our ears, closing our eyes, keep on screaming,

そういう「無教養で無知性な愚か者」のままでいいと思うのです。

leaving like "ignorant and ignorant fool".

「親が子どもを守る」理由にロジックが不要なように、「原爆を許さない」理由にロジックは必要ないのです。

We don't need any logic of "Do not allow atomic bombs", in the same way as a logic of "parents protect their children".

(2017年7月 「核兵器禁止条約」が採択されるも、日本政府は「署名しない」ことを決定)

(July 2017. Even though "Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons" is adopted, the Japanese government decided not to sign)

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それはさておき。

Aside from that.

「NHKスペシャル 原爆死」の中では、「ビッグデータ」という言葉が何度でも出てきますが、これは、アーカイブの段階で「データ解析」と修正されることを提言致します。

In this program, the term "big data" comes out again and again. However I will propose that this will be corrected as "data analysis" at the archive making stage.

このコンテンツを、あと100年残したいと考えるのであれば、

If you want to leave this content for another 100 years,

今だけしか通用しない「ビッグデータ」というバズワードの濫用は、

the frequent use of buzzword "big data" which only works now, will

―― 後世の人間に「苦笑い」される

"be laughed" by future generations

と思うのです。

I am afraid of that.