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2013-05-12 中島みゆきに国民栄誉賞を

今回、国民栄誉賞に、長島茂雄さんと、松井秀喜さんの二人が授与されました。

私は、野球はルールを知っているくらいのものなので、彼等の真の偉業を理解できているとは到底言えませんが、それでも、お祝いを申し上げたいと思います。

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国民栄誉賞とは、「広く国民に敬愛され、社会に明るい希望を与えることに顕著な業績があったものについて、その栄誉を讃えること」(内閣府ホームーページ)となっております。

まあ、逆に言えば、客観的かつ明確な基準はない、ということです。

「あの人なら、当然、その受賞に当たる」と国民の合意が形成できる程度という、漠とした基準となります。

もちろん、これはこれで良いのです。内閣府は、特許出願の審査をしている訳ではないからです。

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ただ、この話が出てくると、いつでも取り上がる話題として、

「漫画家の手塚治虫先生に、なぜ授与しないか」

が出てきますね(あまりに有名ですが)。

真偽の程は不明ですが、手塚先生が、共産党を支援または賛美する作品を描いていた、とウワサがあります。

とすると、世界でもっとも読まれていると言われる「ドラえもん」を描いていられる藤子不二雄A先生ですら、難しいのかもしれません(劇画 毛沢東伝等)

また、さらに穿った見方をすれば、「存命中の受賞」はリスクを伴なうとも言えます。もし、国民栄誉賞を授与した人間が、犯罪を犯したりしたら、もう、大騒ぎになるでしょうし。

ええっと、今日はその話でないのです。

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日本人であれば、誰でも「この人に国民栄誉賞を!」と思う人がいると思います。

私の場合は「中島みゆき」さんを挙げたいです。

受賞理由は、「真摯な精進、歌謡曲を通じて国民に夢と希望を与えた(美空ひばり)」

――という理由では、全然足りなくて、

上記の理由に加えて、

「人の心に訴える優れた音楽を、多数創作し」

「その音楽療法の効果によって、多くの国民の、初期の軽度のうつ病等の予防に資した」

という、医学的観点からも、高く評価されるべきだと思うのです。

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ただ、「中島みゆき」さんの場合、没後受賞となる可能性が高いように思われます(まあ、なんとなく理由は分かって頂けると思いますが)。

しかし、私としては、是非、内閣府に「来年あたり」を検討頂きたいのです。

受賞した彼女のコメントを、私は「死ぬほど」聞きいたいのです。

きっと、後世100年語り続けられる、ナイスなコメントを残してくれるだろうと思うのです。

あるいは、「国民栄誉賞」という題目の歌を創って歌ってくれるかもしれません。

―― ♪ 一億の日本国民が 忘れても 見捨てても

―― 宇宙(そら)の掌の中 人は国民栄誉賞~♪ (名曲「永久欠番」のパロディ)

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私の場合、国民栄誉賞を授与することなど、R世界線は勿論、α世界線でも、γ世界線でも、あり得ません。

国民栄誉賞を授与くらいなら、まだノーベル賞の方が近い、というくらいあり得ません。


2014-05-12 それがインタフェースとなって現実世界に表われない限り、理解をして貰えないのです。

昨日の続きです。

It is a continuation of yesterday.

もっとも、エンジニア側にしても、

However, even if the engineer side,

―― 自分の研究や開発を犠牲にしてまで、他人が作った技術を守ってやりたい

"Nobody wants to protect other's technologies at the expense of my research activities."

というモチベーションが出てこない、というのは、自然なことだと思います。

It is natural for everybody to think the above.

では、エンジニア以外の人たちに、これらの技術の保護をして貰えば良い、とも考えられかもしれません。

So you think that other persons except for engineers and researchers could save the fruits.

しかし、エンジニア以外の人たちに、このような技術の「体が震えだすような、もの凄さ」が理解できるか、というと、これまた難しい。

However, that's also difficult to understand the magnificence like body begins to tremble for them.

そのような「凄さ」は、それがインタフェースとなって現実世界に表われない限り、理解をして貰えないのです。

The magnificence is hard to understand for us, unless it becomes the real world interfaces.

例えば、

For example,

『初音ミクのVR技術』

"VR technology of Matsune Miku"

とかなら、判って貰えるかもしれませんが、

is might be easy, but

『パソコンで、1億行のエクセルファイルの処理を、1秒以内で完了するビッグデータ処理技術』

"On a personal computer, the process of Excel file of 100 million rows is processed within 1 second"

の凄さは、全然判って貰えない。

is hard to share the significance.

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先日、そのビッグデータ処理を可能とするパッケージを考案し、販売されている社長さんにお会いする機会を得ました。

The other day, I had the opportunity to meet the president, who devised a package that enables the big data processing.

江端:「なんで、こんな驚愕の技術が、世の中に知られていないのですか?」

"Why does the astonishment technology spread out in the world?"

社長さん:「そうですね。弊社の営業力に問題があるのかもしれません」

"Well, perhaps there is a problem with the sales force of our company"

と、苦笑されていました。

He gave a forced laugh.

『エンジニアの善意が不当に利用されて』――とまでは言わないまでも、『正当に評価することが難しい』という、「技術」というモノに、

However I don't say "good faith of engineers is utilized unfairly",

今回も、歯痒いほどのもどかしさを感じることになりました。

I think that "technology" that is too hard to estimate the value, and I felt the impatience again at this time.


2015-05-12 まあ、要するに、「私を助けてくれた人」の国は、私ににとっては、永世友好国なのです。

30年も前のことになりますが、中国大陸を一人で旅していた時に、盗難にあって困っていた私を助けてくれたのは、中国の人でした。

30 years ago, it was a Chinese person that helped me who was troubled in theft when I took a trip to Mainland China alone.

私を助けてくれた人が存在しているという事実だけで、私にとっての「中日友好」は絶対的です。

It was enough for me that the China-and-Japan Peace and Friendship is absolute, even persons was in China who helped me.

また、今回のネパールの震災について、日本での関心は低いようですが、私はもの凄く心配しています。

In addition, the interest in Japan seems to be low, but, I am worrying hard about this earthquake disaster of Nepal.

インドのニューデリーで瀕死の状態になって、ほうほうの体でネパールまで逃げ帰ってきた私にとって、カトマンズのドミトリーでの休息の日々は、忘れることができません。

I cannot forget the days of the rest in the dormitory of Katmandu, because I was in a critically ill condition in New Delhi , India and ran back to Nepal in panic.

だから、私にとって、「尼日友好」(ネパールの漢字表記は「尼波羅」)も絶対的です。

Therefore, for me, "Nepal and Japan friendship" (as for the Nepalese kanji notation "nun wave Luo") is absolute, too.

まあ、要するに、「私を助けてくれた人」の国は、私ににとっては、永世友好国なのです。

In brief, a country of "the people who helped me" is an eternity friendly nation for me.

もちろん、私のことですから「永世敵国」もあるのですが(2カ国ほど)、ここでそれを表明すると仕事に差しつかえますので、控えさせて頂きます。

Of course there are "the eternity enemy countries" (approximately two countries) though, I interfere with my work when I express it here. So I would like to refrain from making comments.

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何が言いたいかというと、「私にとっての国際関係とは、私個人のレベルで閉じている」ということなのです。

What I want to say is "the international relationship for me is like to a closed loop individually".

しかし、その一方で、この「個人レベル」で閉じている国際関係というのは、実は「個人レベル」では「閉じない」ことも事実なのです。

But I know that this "individual international closed loop" is not really closed in a personal situation.

(続く)

(To be continued)


2016-05-12 "資本論(マルクス主義)の目的は『格差是正社会の実現』です! "

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

ところで、ソ連という国は崩壊して、ロシアという国が再生することになったのですが、ソ連の崩壊を、正確に予言していた人が、私の身近にいました。

After the Soviet Union was collapsed, Russia was revitalized. There was a person who forecasted the collation near by me.

私の父です。

It was my father.

父の理屈は明快で「競争のない社会では、労働意欲が維持できないから」というものでした。

His theory is very simple that "no race, no drive to work".

一方、当時の私は、「色々な主義の矛盾点を互いに補う社会が、段階的に実現されていく」だろう、という予言をしていました。

On the other hand, in my opinion at that time, I believed that "many contradictions come to decrease step by step with covering defaults each others".

現在の世界には、まだ「社会主義国」を名乗る国が残っています。

There are many self-designation "socialist countries" in the world.

しかし、それらの国のその社会主義政策が形骸化している(隣りの大国)、または、あるいは独裁化している(隣の隣りの小国)、のどちらかの状態になっているように、私には見えます。

But I think there are two types of "socialist country". One is to become a dead letter about the social public policies. The other is to become a despotic state.

そう考えると、やっぱり父の明快なロジックの方は正しかった ―― と、思います。

Thinking the above, my father's simple logic is right, I think.

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さて話はガラリと変わりますが ――

Let me change the topic.

先日、著名人自身による「自分の失敗」を題材として、講義を行うという形の、バラエテイ番組を見ていました。

The other day, I watched a popular variety TV program, that a showfolk comes out his/her failure of their life, and gives us some advices in their lecture.

この番組では、自分自身の失敗だけではなく、歴史上の偉人といわれている人の失敗についても語られているようです。

In this program, not only the failure of their own, the failure of historical great people are introduced.

今回は、「マルクス」が登場し、マルクスの(失敗の)生涯と、マルクスーレーニン主義を掲げて建国されたソ連の失敗(国家崩壊)までの経緯を、非常に分かりやすく説明していました。

"Marcus" was introduced at the last show, and the showman explained failures of his life and the process from the start of the Soviet Union to the end Marxism-Leninism.

"資本論(マルクス主義)の目的は『格差是正社会の実現』です!"

"The purpose of "Kapital" is to realize an equal society"

と、そのタレント芸人さんが叫んだとき、私は目を丸くしたものです。

When he explained the phrase loudly, I was really surprised with wide eyes.

(続く)

(To be continued)


2017-05-12 ―― 「誰かを幸せにしてやろう」などという想いは傲慢な上に的外れである

幼少のころ、ピアノを習っていた時、私は楽譜を読みません(読めません)でした。

When I was young, I was learning the piano, and I did (could) not read the score.

ピアノの先生が一回弾いたのを覚えて、それを耳コピして、次の週に持っていっていました。

I remembered I heard the piano teacher's playing, copied it ear, and took it for the next week.

しかし、「あのピアノのレッスンはどうして、あんなに苦痛だったのだろう」と今でも思います。

However, I still think that "I wonder why that piano lesson was so painful."

指使いを滑らかにする為に、音階を連続して同じフレーズを弾き続ける、というトレーニングを続けさせらたのですが、苦痛以外の何ものでもありませんでした。

In order for finger work smoothly, I was ordered a training to continue to play the same score again and again. Needless to say, it was nothing more than pain.

―― 別にプロの音楽家になる訳でもないのに

"I don't want to become a professional pianist"

と、当時は勿論、今だって思います。

I thought so at the time, and I think too.

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スキーが上手い人が、スキーの初心者を、難しいコース(中級者以上)に連れて行くことが多いです。

A good skier is likely to take a beginner to a difficult slope (intermediate level or higher).

そして、その初心者に無茶をさせて、「スキーを大嫌いになる」のを「手伝う」という、本末転倒なことを起こさせることも多いです。

And, the good skier "helps" the beginner to "hate skiing", like reversing the cart and the horse.

これも、「スキーを大好きになって欲しい」という強い気持ちが、最悪の結果を導くという良いケースです。

I mean, a feeling of "I want you to love skiing" leads to the worst result.

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また別のケースでは、ナスやニンジンが嫌いな女子中学生に、ナスやニンジンの料理を色々工夫して、(以下同旨)。

In another case, a good cook is likely to make a dish of eggplants and carrots for a junior high school girl who dislike eggplants and carrots, (hereinafter the same).

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つまり、

You mean,

「誰かを幸せにしてやろう」という強い気持ちや、その気持ちに基づく行為が、「その誰かを不幸にすることになる」

both a strong feeling of "making someone happy" and acts based on that feeling, are to "become unhappy with someone"

ということであり、ここから導かれる結論は、

and, the conclusion drawn from here, is

―― 「誰かを幸せにしてやろう」などという想いは傲慢な上に、的外れであり、

"the feeling of "making someone happy" is arrogant and outrageous"

であり、そのような考え方は、

and, the thought is

―― 「こいつを利用して、私が楽しんでやろう」という下衆な上に、利己的ですらある、

"using this guy for making me fun" is subordinate and selfish.

ということです。

(続く)

(To be continued)


2018-05-12 ―― パパ。珍しく、爆笑していたね

―― パパ。珍しく、爆笑していたね

"Unusually, you had a burst of laughter didn't you?"

と、嫁さんから言われました。

My wife said to me that.

最近、笑うことが少なくなってきたように思えます ―― そりゃまあ、半世紀も生きていれば、そうのん気に笑ってばかりいられるものではありません。

It seems that it has become less used to laugh lately. - Well, if I live for half a century, it is not something I can only laugh with.

それに、人をバカにしたり、騙したりすることで笑いを取るコンテンツは 『嫌い』――

Also, I "dislike" the content that makes someone laugh at making people foolish or cheating...

というほど、私は上品な人間ではありません。

However, I am not an elegant person to say the above.

ただ、あの手の笑いは「体力」と「神経」を同時に使うので、結構しんどいのです。

However, since the contents need "physical strength" and "nervous" at the same time, I pretty feel rather tiresome.

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まあ、それはさておき、私が何を見て爆笑していたかというと、実は、テレビ番組を見ていたんです。

Well, aside from that, the reason why I had a burst of laughter, is that I just watched a TV programs.

珍しく、私の笑いのツボにはまっているようです。

Unusually, it seemed to be addicted to my point of laugh.

『ヒナまつり』というアニメです。

It is an animation called "Hinamatsuri(Hinna Festival)".