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2010-03-17 第三外国語は、ない

ヨーロッパのプロジェクトチームが出願した、欧州広域特許の調査報告書(サーチレポート)が届きました。

私はEUの広域発明については、知見がありませんので、黙々と、日本国特許法に準じて、特許要件の精査を行うだけです。

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でもね。

ドイツ語で記載されたサーチレポートを、私にどうしろと。

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何度も繰替えしますが、私の第二言語能力は、「英語」が限界です。

中国語の拒絶理由対応の時にも書きましたが、第三外国語によるレポートは、厳に送付を禁止します。


2012-03-17 電気戦闘機

厚木駅で途中下車した時、ほとんど手の届くような所で戦闘機が飛んでいて、度肝を抜かれました。

というか、その音。

『私を殺す気か!』という位の爆音。

戦闘機が飛んでいるタイミングで、爆弾テロ事件をやっても、多分気がつかないと思うくらいの凄い音。

「殺意のある爆音」という形容句が十分成立します。

当然、訴訟もあっただろうなと思いながら、判決のサマリを探して読んでいました。

予想通りの確定判決で、がっかりでしたが。

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当事者でない私にとっては、原告の苦痛は、100万分の1も理解できていないと思いますが、厚木駅の一件で10万分の1くらいにはなった、と思います。

ありゃ「酷い」

というか「惨い(むごい)」

高度に政治的な判断もあろうし、公共優位性という観点を言われれば、その被害の上に胡座をかいている私には、いろいろと言い難いことがあります。

が、一言だけ、言わせて貰います。

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司法は、国に対して「10年後に、爆音を1/10にする技術開発」程度のことを命じる判決はできないのか? (というか、原告も訴状に書けないのか?)

マイルストーンを切って、司法が開発の進捗チェックの機関として機能するくらいのことはできるだろう。

2割程度の戦闘機の性能ダウンと引き換えに、爆音を1割まで落せるなら、妥協できるラインではないだろうか。

「100%の状態でないと訓練にならない」という理由は、民間企業のシステムの研究員から言わせると『甘えんな』である。

100%のシステムで検証できるような、そんな贅沢な実験環境が存在すると思っていやがるのか。

分っている。

国防は重要だ。安全保障も同様だ。

だが、「そこを何とかしろ」と言っている。

有事の時まで爆音を出すなとは、言っていないし言わない。

訓練の時だけで良い。

しかも全ての訓練でそうしろとまでも言わない。

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私は、なにも「電気戦闘機を作れ」とはまでは言っていないのです。


2013-03-17 柄の良くない不細工な大阪人風のオバサン

先日、介護認定を受けている両親の為に、実家に戻って、施設を回ったり、ケアマネさんと打ち合わせをしたり、税金の手続をしたりと、どたばたしているうちに、週末が終って、帰宅の時間になりました。

駅まで送ってもらうのを断わって、私は歩いて向かいました。

その途中に、毎年、正月に初詣をする神社に立ち寄りたかったからです(そのことは、内緒にしていましたが)。

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そこは、小さな神社で、敷地も私の家のリビングの2倍程度しかありません。

鳥居をくぐって、小さな社(やしろ)の前に立って、手持ちの小銭を全部、賽銭箱に放り込み、目をつぶり、手を合わせて、願かけを始めました。

―― 父と母を、今よりも、ほんの1ミリでもいいから元気にして下さい

―― その対価として、「私」が辛い目に合うことは我慢します(限度はありますが)

―― 私の著作に対する、心ないツイッターのメッセージも(少しは)我慢します

とお祈りしていたのですが、そのうち、段々腹が立ってきました。

―― そもそも、あのように朴訥で、悪意なく、人に迷惑をかけず(場合因るが)、ただひたすらに一生懸命に生きてきた人達の、人生の最終フェーズがこの有様か?

―― もう少し、希望がある運命を与えてくれたっていいじゃねーか

―― お前、神様なんだろ? あの二人を、なんとかしてやってくれよ

―― テメーは、無能か!

と、どんどん怒りがエスカレートしてきて、もう悪霊に魂を乗っ取られているかと思うくらいの状態になってところで、

私の左肩と首の間に、ニューっと人の首が差し込まれる気配を感じました。

私が、こわごわと首を傾けながら、左に目を向けると、

そこには、

―― バンチパーマをかけた、柄の良くない不細工な大阪人風のオバサンの顔のアップ

が、ありました。

ヒエーッ、っと、私が恐怖で口も聞けない状態のところに、そのオバサンは私の頭の中で、低い声で、直接語りかけてきました。

「そんなことなぁ・・・、言われてもなぁ・・・」

と、一言。

私は、驚きの余り、右側に飛びのき、そのまま後方に転びました。

そして、そちらの方向に目を向けた時には、そこには誰もいませんでした。

少くとも、その神社の敷地は勿論、私の目の届く範囲には、人っこ一人として、いなかったのです。

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あのオバサンが、「あの角度で私に顔を向いていた」

ということは、あのオバサンは、

「空中で真横に浮いていた」ことになります。

物理的にありえません。

もちろん、この事件の有力な解釈は、「私の幻想/幻覚」です。実際に、心身ともにズタボロに疲れていましたし。

しかし、あの大阪のケバイ化粧のオバザンの存在感は、「私の幻想/幻覚」では、到底、説明ができない程に圧倒的でした。

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ともあれ、私の中では、あの神社の神様は、

―― 柄の良くない不細工な大阪人風のオバサンの神様

であった、ということで確定しました。

これまで、何十年もの間、毎年、私は、正月元旦に、あのオバサン神様に願をかけていた訳です。

なるほど、私の人生が思い通りにならないはずです。


2014-03-17 我が家の(一階の)世界線移動は「来客」よって発動するようです。

今朝起きたら、私は別の世界線にいました。

This morning, I have noticed that I was in another world.

しかも、2つの世界線が、我が家の高さ方向で併存していました。

And the two different worlds exist simultaneously

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二階は、昨日と同じ世界線が継続されていたのですが、

However, the same world kept continuously on the second floor,

一階では、世界線の移動があったようなのです。

the world moved to another world last night.

リーディングシュタイナー江端の昨夜の記憶では、

As far as I know, on the first floor, there were

■ランドセルやバックが開いたままで配置され、そこから書類や本が散乱し、

opened a book bag and school bag which were left on the flooring, and scattered papers and books,

■衣服が固まって家畜の糞のような状態で放置されおり、

rolled clothes like cattle grunts

■家族共用のパソコンの回りは、周辺装置と筆記用具が乱雑に配置されており、

some devices and pens around home PC,

■玄関は、傘と靴で、溢れかえっていた

piled up umbrellas and shoes in the entrance area.

はずです。

今朝、これらのものが全て無くなって、そこには、入居直前で家具が搬入されたばかりの新居まで時間遡行した空間がありました。

Today I was in the space where was just backed to the brand new house with furnished.

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本日、娘の卒業式。その後、娘の部活のお母様方々が、我が家に雪崩れ込んで、簡単なパーティをやる ―― とのこと。

I heard that my wife is going to invite mothers of daughter’s friends and party in my house, after the daughter's graduation ceremony.

我が家の(一階の)世界線移動は「来客」よって発動するようです。

I understand that my house world (on the first floor) starts to move to another world by the houseguest.

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まあ、それはさておき。

And now, for something completely different,

テレビなどで、誰かの家の中の様子が映されることがありますよね。

We watch someone's rooms in the TV program.

「一人暮しなのに、キレイにしているなぁ」とか「小さい子どもがいるのに、よく掃除ができているなぁ」という映像が見られますが

We always see scenes, for example "neat and tidy single's room" and "perfect cleaned-up room with babies

―― あれって、絶対に変です。

It is absolutely strange.

あんな世界線は、論理的ではありません。

I think that the world is skew-whiff.

「来客」とか「テレビカメラ」によって、「リーディングシュタイナー」が発動していると思います。

I conclude that moving to another world will set in by houseguest and TV cam.


2015-03-17 私は、メールを貰うと、直ぐに返事をしてしまうことがあります。

私は、メール(ツイッターを含む)を貰うと、直ぐに返事をしてしまうことがあります。

I think that I sometimes reply a mail quickly when I get the mail(including Twitter) from anyone.

愉快なノリや、鋭いツッコミを貰うと、嬉しくなってしまうからです。

I feel glad when I read pleasant mood and scathing feed.

(Please refer to attached paper of "the series of rude younger")

特に、

Especially, according to

■論点を的確にして、明快なロジックで展開されているメール

a mail whose point of issue is clear and logical

■正しい知見に基づき、きちんと理由を付記してつっこんでくるメール

a feed mail which is based on correct knowledge and attaches reasons

■レトリックを駆使した愉快なメール

a mail that makes full use of rhetoric

などは、脊髄反射で返事をしてしまいます。

I answer quickly by a spinal reflex.

これらのメールやツイッターは、日記やコラムのネタに使えますから(ご存知の通り)、放置する気はないです。

You know, these mails and twitters become good materials of my diaries and/or columns, and I can't leave them as they are.

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これは会社でも同じです。

I do same things in my company.

『こんなことで、時間を取っていてはいけないんだけどなー』と思いながらも、長文のメールを山のように展開しているのですが、

I make enormous reply mails every day, though I know I should never deprive my colleagues of important time.

But

―― 誰も注意してきません。

Nobody comes to scold me.

『年寄りには、誰も文句を言えなくなる』という「年寄り権益」(老害利益)を、最大限悪用・・・もとい、活用している私です。

I make the most misuse ...er use of "interest of the aged", that means "Nobody cannot say anything against the aged".


2016-03-17 ―― コンピュータは、「一発勝負で人類を絶滅させる」為の「練習」ができない

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

これまで、「コンピュータによる人間征服」の話は、だいたいゲームと連動して叫ばれてきました。

So far, the story of "human conquest by computer", has been shouted in conjunction with the roughly game.

乱暴な纏め方ですが、私の理解は以下の通りです。

Though you might think it is too rough, my understandings are as follows.

(1)チェス → 一秒間に何十万回の指し手の組み合わせで、人間に勝利

(1) Chess → per second with a combination of hundreds of thousands of trial, and winning human

(2)将棋 → 局面の評価方法に革新的な方法を導入して、人間に勝利

(2) Shougi → by introducing innovative ways to evaluation method aspect, and winning human

(3)囲碁(今回) → 自分でルールを作って、それを評価して、人間に勝利

(3) Go (this time) → to make the rules on their own, to evaluate it, and victory in human

という感じでして、今回の(3)は、人間が教えてもいないことを、コンピュータが自分で学習していくという点で、(1)(2)と(3)間に「ぶっとい線が引ける」と考えています。

This above (3) is different from the(1) and (2), because the computer is going to learn at their own, that human beings are not even give them.

ただ、上記の(1)~(3)は、いずれも、

However, the above-mentioned from (1) to (3), has the following common elements,

(A)いずれも「勝ち/負け」という明確な評価基準があること、そして、

(A)There is a clear evaluation criteria of "win / lose"

(B)コンピュータがコンピュータの中で、膨大な回数のシミューレーションを繰替えすことができることで、

(B)The computer can repeat enormous counts of simulation by virtual games in the computer

(C)無限とも言える学習のチャンスがある、

(C)There is infinite chances of the learning

という点では共通しています。

コンピュータが人類を征服する為には、「人類征服ゲーム」において、膨大な回数の実証実験(×シミュレーション)が必要なのですが、それは難しいのです。

For the computer to conquer the human race, the computer needs the enormous number of demonstration (×simulation) in the "humanity conquest game".

つまり、

I short,

―― コンピュータは、「一発勝負で人類を絶滅させる」為の「練習」ができない

"The computer can not "practice" to "annihilate the human race in a one-shot deal"

ということです。

だから、今回の囲碁に勝ったコンピュータでも、まだまだ「人類征服」には遠いかなぁ、と、思っています。

So, even the computer that won this "go" game, I wonder if it is far from "mankind conquer".

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ならば、

Now, I am thinking seriously, that

「コンピュータに人類を征服させる為にはどうしたらいいだろう」

"I wonder what methods are good for conquering the human race to the computer."

と、私は今、真剣に考えています。

(続く)

(To be continued)


2017-03-17 「私の人生など、結局、世の中を1mm足りとも動かすことはなかった」という諦観

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

自分が生きている間に、「国家」というシステムに、自分の思想や理想というプログラムを、力づくでインストールしようと無茶をします。

While they are alive, they try to install some programs whose names are "thought" or "ideal" to systems whose name is "nation" with force.

インストールが上手くできないと、システムの一部(または全部)を壊しででも、それを無理矢理やろうとします。

If the installation is not done well, even if they destroy part (or all) of the system, they will try to do it.

そして、「その方が絶対に良くなる」と叫び続けるだけで、客観的な根拠もデータも示さず ―― それどころか、それが上手くいないと、自分以外のものに責任を求め始めます。

What they do is, to just keep on shouting that "this way will be absolutely better" without any objective evidence or data. On the contrary, if it doesn't work well, they will start asking defects for others except for themselves.

その結果の着地地点が、「圧政」「侵略」「粛清」そして「虐殺」です。

The final terminals are "coercion","invasion", purge" and "massacre".

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思想や理想、そして、ホームページや、戦艦のプラモデルや、そして美少女フィギュアも、

We should prepare ourself for close out any thought, ideal, and web-site, plastic model and doll

自分が死ぬ時に、一緒に「処分する」という覚悟を持つべきです。

when we are dead at the same time.

「私の人生など、結局、世の中を1mm足りとも動かすことはなかった」という諦観こそが、

A philosophy of "My life, struggling against the world, was in vain"

後世の人間を「幸せ」にする ―― かどうかは、分からないですが、

is doubtful whether will make people in the future happy. however,

少なくとも「不幸」にしないことは保証します。

I assure that the philosophy will not make them misery.

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「思想や理想を永遠としたい」と考える人間がいなければ、勃発せずにすんだ戦争は沢山あり、死なずにすんだかもしれない数千万人の人がいます。

Unless there was peoples who believed in their thought and ideal eternally, more than several tens million people didn't need to be killed by war.

大量の美少女フィギュアだって、処分の為に不燃物としてゴミ業者に頼めば、お金はかかるのです。

Even a large number of beautiful girl dolls will cost money, if asking trash merchants as incombustible for disposal.

あなた以外の、誰かのお金が。

Someone's money, not yours


2018-03-17 パソコン(または英語)教室などで、リテラシーを上げようとしても大抵の場合は失敗に終わります。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

再度、話を戻します。

Sorry but may I change the topic now.

長々と、横道に逸れて、論じてしまいましたが ――「町内会役員のパソコンリテラシー」の話に戻ります。

I will return to the story of "Neighborhood Association's PC literacy".

結局のところ、ここまで大げさな話ではなく、実際はもっと簡単な話なのです。

After all, it is not an exaggerated story so far, it is actually a simpler story.

●パソコンを日常的に使っている(業務)人は、パソコンを使える

- People who use personal computer on a daily basis (business) can use a personal computer

●そうでない人は、パソコンを使えない

- People who are not, can not use a personal computer

それだけのことです ――

It just is the thing.

"PC" is the same as "English"

これは、「良し悪し」の問題ではないのです。

This is not a problem of "good or bad".

パソコン(または英語)教室などで、リテラシーを上げようとしても大抵の場合は失敗に終わります。

Even if you try to raise literacy in a PC (or English) classroom, it will fail in most cases .

パソコン(または英語)のリテラシーを上げるために必要なことは、

What we need to do to raise literacy on a PC (or English) is

●「パソコン(または英語)を必要とする日常を作ること」

- to "Make everyday life that requires a personal computer (or English)"

であって、さらに、ぶっちゃけて言えば

And, furthermore, speaking out of

●「パソコン(または英語)が使えないと『明日のご飯が食べられない』という危機的状態を作ること」

- to "make a crisis state that you can not eat tomorrow's rice" if you can not use PC (or English) "

という状況を自ら選び(あるいは誰かの命令によって選ばされ)、かつ、引き返せないところにまで至らなければならない、ということです。

You choose yourself the situation of (or it is chosen by someone's order) and, we have to reach where we can not return.

で ―― それは「楽々」とか「簡単」とかとは真逆の、「楽しくなく」「苦しく」「不愉快」な日々です。

It is absolutely "uncomfortable", "painful" and "unpleasant" days, opposite of "easy" and "simple".

間違いなく。

(続く)

(To be continued)


2019-03-17 『部材の形状を見れば、どういう風に動かすべきか、なんとなく分かるだろう?』

先日、夜中の3時頃に、嫁さんに起こされて、びっくりして飛び起きました。

The other day, around 3 o'clock in the middle of the night, I was awakened by my wife, and I was surprised and got up.

『トイレのタンクへの給水の水が止まらなくなった』と言われて、先ずは安堵しました。

She said that "the water supply to the he tank of the toilet is not stopped," and I was relieved first.

トイレの貯水槽の水位を検知する為のウキ(空気が入っているプラスチック容器)と、止水弁のジョイント部の接続が悪くなっていて、給水が止まらなくなる、という故障でした。

The connection between the float (plastic container containing air) for detecting the water level of the water tank in the toilet and the joint of the shutoff valve was poor, and the water supply could not be stopped.

いわゆるジョイント部の「部品の経年劣化」が原因ですが、ジョイントを外して、もう一度付け直せば、直ぐに直るものです。

The cause was the "aging deterioration of parts" of the joint part, but when the joint is removed and put on again, it will be repaired immediately.

私なら、その場で直してしまうのですが、家族はそういう訳にはいきません。

I will fix it on the spot, but my family can't do that.

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という訳で、夜中の3時から、嫁さんと二人、トイレの中での、貯水槽のジョイントの付け直しの授業が始まりました。

So, from 3 o'clock in the middle of the night, my wife and I in the bathroom, began the lesson of fixing the water tank joint.

私は、1秒でこの作業を完了できるのですが、嫁さんは、何度繰り返してもジョイントをはめこむことができず、力づくで、はめこもうとするので、

I could complete this work in one second, but my wife could not fit the joint again and again, and finally, she tries to fit it with force.

「それでは、ジョイント部が壊れてしまう」と、思い作業を中止し、もう一度、最初から丁寧に教えることにしました。

I thought "the joint part is broken on the way" and I stopped the work and decided to teach carefully again from the beginning.

私は、ジョイントの形状を見た瞬間、ジョイント部が「どのようにつながるのか」を理解でき、その作業プロセスも直ぐに分かりました。

As soon as I watched the shape of the joint, I could understand how the joint connected and I could understand the work process immediately.

具体的には、

In concretely,

はめこむがわのジョイント部を、5度程度、半時計回りにかたむけて、第一のフックをかけてから、そのフックをやや弱めに押し込むように、今度は時計回りに元に戻すことで、第二のフックに自然にロックされる ――

The joint slant counterclockwise around 5 degrees, put the first hook, push the hook slightly weakly, and turning clockwise, locks naturally on the second .....

ということなのですが、これを、言語で伝えても、嫁さんには伝わらず、そして、やはり「力づく」ではめこむことになりました。

That was all, however, Even when I say this in language, she could not understand it. After all, she decided to "make power".

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私は、

I know well the phrase

『部材の形状を見れば、どういう風に動かすべきか、なんとなく分かるだろう?』

"If you look at the shape of the parts, can you understand how to move it? "

というフレーズが、人間関係(夫婦、親子、友人)を、顕著に悪化させることを、よく知っています。

is going to make human relations (couples, parents, friends) significantly worse.

それに、これは、本人の能力や努力などとは全く別次元の話であって、嫁さんにも、私にも責任はないのです。

In addition, this is a completely different from the person's ability and effort, etc. There is no responsibility for either my wife or me.

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これを『センス』といいます。

This is called "sense".