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2012-03-12 システムとは

「システムって何?」と、中学一年の娘に尋ねられました。

なんでそんなことを、と逆に尋ねたら、「技術」の試験の出題範囲なのだそう

です。

そうか。

なるほど、そういうことなら、このシステム開発研究所の研究員である、この私が明確かつ簡潔に説明しなければなるまい。

この私以外の一体誰が「システム」を明確に定義し得るだろうか。

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「システムとはケイだ」

「ケイ?」

「系」

と漢字で白板に書いた後、

「系とは、ある一定の目的を達成する為に、下位の系が連携し合うように構成されたものだ」

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暫く沈黙があった後、

娘は『もういい』という顔をして、私の部屋を出ていきました。


2013-03-12 現在の「ツッコミを入れる」の上限数は「0人」です

ご報告しなければならなかったのですが、長いこと忘れていました。

私の毎日のブログの下の方に「ツッコミを入れる」というのがありますが、あれ、機能していません。

この「ツッコミを入れる」の項目自体を消したかったのですが、どうやら、それが設定ではできないようです(もし方法があったら教えて下さい)。

という訳で、現在の「ツッコミを入れる」の上限数は、

0人

となっております。

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優れたブログを書く人が、心ない無責任な批判によって、ブログの執筆を止めてしまうパターンが大変に多いのは事実のようです。

そんなこともあって、私がブログなどを続けていく為に、ポリシーとして貫いていることは、

「人の意見は、積極的に聞きにいかない」

ということです。

何度も繰り返して、ウンザリという人もいるでしょうが、これは、私が「打たれ弱いから」です。

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まあ、ブログはそれでも良いと思うのですが、投稿した技術コラムなどは、流石にこれでは無責任に過ぎると思っています。

私は、正確な知識またはロジックを提示して貰えば、

■いつでも自分の意見を変更できるという柔軟性がある

のですが、それは言い方を変えると、

■自分の意見に固執する信念が絶無

とも、言える特性を有します。

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一応、メールでの批判を受けつける窓口は、メールアドレスを公開して準備しているのですが、

―― ほとんど、メール来ない

なかなか自分の思う様に回らないなぁ、と思う日々です。


2014-03-12 「クラスの問題から逃げる教師は、すべてパパの『敵』だ」

江端:「パパが、小学校や中学校で、学級委員とか生徒会役員とかやってきたのは知っているな」

"You know I was a class officer and work for student-body activities during the period of compulsory education."

長女:「ん」

"Yes."

江端:「そんでもって、今、とても腹を立てている」

"And I have been angry with what I had been in such rolls"

長女:「なんで」

"Why?"

江端:「いわゆる、学級の中で暴力を奮う問題児とか、人と交わることが難しい生徒の対応を、教師から『押しつけられ』たからだ」

"I was enforced to manage such troubled children, for example, behaving violently and isolated from others, from the home room teachers"

長女:「どういう風に」

"How?"

江端:「例えば、パパがリーダーをしてきた、遠足のグループ、演劇のスタッフ、運動会のチーム等に、彼らを編入するように、教師たちに『押しつけられた』んだ」

The teachers enforced me to add the problem children in my groups of excursion, theatrical play, and athletic festival.

長女:「そんで?」

"And?"

江端:「そもそも、グループという概念から排他された人間を、無理やり押しつけられたのだから、スタートから上手くいかない。特に、パパの渾身のシナリオの『芝居』を滅茶苦茶にされてしまったことは、よく覚えている」

"It went worse absolutely from the beginning, because the problem children were not suitable for events. I didn't forget that my theatrical performance with considerable feeling for me was ruined perfectly by their terrible abilities.

長女:「パパ、ちょっと落ち着こう」

"Papa, calm down."

江端:「それって、教師の仕事やんか! 彼等が解決すべき課題だろ!! なんで、パパが、他人のことまで考えて、色々と苦労しなければならないんだ?」

"These were the teacher’s tasks weren't these? They should have tried to resolve the problems for their life? Why I had to have a rough time of them?”

長女:「・・・」

"..."

江端:「簡単にいえば、「学級委員」とかにさせられた挙句、体良く、教師達に『利用された』訳だよ。子ども故の無知に付け込まれてね。卑怯だよね。大人が解決できない、またはしようとしない問題を、子どもで解決できる訳がないじゃないか」

"In short, I was commissioned a leader of the class and conveniently played for an assistant of the teachers. They abused my ignorance of child. They were really cowardice. Why I could resolve the problems that the teachers threw in.

長女:「・・・」

"..."

江端:「だから、パパは、『死ぬまで、奴等を許さん』。クラスの問題から逃げる教師は、すべてパパの『敵』だ」

"So, I never forgive them at all for life. All teachers who run away from any kind of problems in class are my enemies.

To be continued


2015-03-12 ―― メイドさんの写真が欲しい

―― メイドさんの写真が欲しい

"I want photographs of Maid-san"

です。

Some people might say,

『ついに、江端も一線を越えたか』

"Ebata has crossed the Rubicon"

と言われるかもしれませんが、そうではないのです。

But it is not correct.

正確に言うと、メイドさんの、ある特定のポーズが欲しいのです。

Strictly speaking, I want to some specified poses of Maid-san.

『完全に変態だろ』

"You are a perfect pervert"

と言われるかもしれませんが、そういう訳ではないのです。

But it is not correct either.

ファクトリオートメーション(FA)システムを説明するコンセプト図に、どうしても、3種類のポーズのメイドさんの構図が必要なのです。

I absolutely need at least three poses of Maid-san's photo, in order to make a concept illustration of "Factory Automation System"

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今朝の出社の時、嫁さんに上記の話をしたところ、

Leaving home this morning, I told my wife the above story.

She said,

『なんか、わざわざ、いらん苦労をしているように見えるけどなぁ』

"You looks getting unwanted burden all the way"

と言われましが、もう、イラスト(と原稿)の締切も近いので、議論をしている余裕はありませんでした。

But I cannot afford to discuss this issue with her, because of the deadline of this illustration (and manuscript).

「でね、メイド服を3着、私費で購入するから、それを、長女と次女と嫁さんの3人で着て、ポーズをとって貰ったところを、カメラで・・・」

"I have an idea. I am going to buy three Maid costumes, and you and daughters wear them and make poses I order, and take pictures....."

と言ったところで、

On my way,

嫁さんが、そのまま洗濯を干しに、庭に出て行ってしまいました。

My wife went away to the garden to hang outside to dry.


2016-03-12 ―― 数字は、全く万能ではない

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

For example, I am wondering why the the government and power company didn't criticise,rebuttal and, and, ridicule to my column of the simulation result of my this "power surplus era".

私のようなエンジニア ―― 「数字」を読み、「統計」の詐術に通じ、ソースコードさえあれば、「予測」アルゴリズムをある程度看破できる ―― を相手にすることは、

If they have to deal with an engineer, who can read the "numbers", know the deception of the "Statistics", and analyse the "prediction" algorithm to some extent, If there is a source code, like me,

they are going to think absolutely,

―― もの凄く鬱陶しい(うっとうしい)

"terribly annoying"

と思うのは、当然だと思えてきました。

I think it is natural for them.

まあ、それはさておき。

Well, it aside.

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今回のケースでは、SNSによるコラムの拡散数が、必ずしもPVに反映されないという、「直感に反する」事実が分かりました。

In this case, I knew a "counter-intuitive" fact, that means a diffusion number of columns by the SNS is, not necessarily be reflected in the PV.

数字を使ったネタにした連載をしていながら、こんなことを言うのは何ですが、

You might feel strange, even I have a series of "numbers",

―― 数字は、全く万能ではない

"Numbers, that is not perfect"

ということを、図らずも私が思い知ることになったのです。

Accidentally I had to realize that.


2017-03-12 もう遭うことはないでしょうが、良いものを見させて頂きました。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

彼は、今、「どら焼き」にかぶりつき始めました。

He begins to hit "Dorayaki(Dumpling)" now.

それにしても、なぜ彼は、あれほどまでに「苦渋に満ちた表情」で、どら焼きにかぶりついているのだろう?

Anyway, I wonder if I'm eating up for dorayaki with "a bitterly expressive expression"?

まるで「食べる」ことが「苦行」でもあるかのようにも見えます。

He looks as though "eating" is also "penance".

あ、わずか2行を書いている内に、もう2つめの「どら焼き」を食べながら、スマホを弄っています(ちなみに、彼が座っているのは「優先席」です)。

Oh, while I am writing only two lines, he is fingering the smartphone (by the way, the seat where he is sitting is "priority seat") while eating the second "dorayaki",

うむ、あらためて全体を見ると、やっぱり太いです。体重は120kg超といったところでしょうか。

Well, once I see the whole his figure, he is still fat. Is his weight over 120 kg ?

それにしても、これだけの体重を抱えながら移動するのは、恐しく大変なことでしょう。

Even so, it might be awfully hard to move his body with his fat.

十字架を背負ってゴルゴダの丘を登っている、あの男を思い出してしまいました。

I remembered that the man who was climbing the hill of Gorgoda with the cross.

などと書いている内に、彼は、今、2つめの「どら焼き」を、たった3口で、片づけました。

While writing above line, has cleaned up the second "Dorayaki" with only three mouths.

スマホを見ながら、今3つめの「どら焼き」を、片手で封を開けました。見事です。ある種の「プロの技」を感じさせます。

While watching the smartphone, he opened the seal for the third "Dorayaki" with one hand. It is superb. I feel a kind of "professional skill".

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しかし、彼の食べているどら焼きの中に、こってしした生クリームとあんこがはみ出しているのが見えて、私は、少し気分が悪くなってきました。

However, as I saw that fresh cream and sweet bean paste in the Dorayaki eaten by him, I felt a little sick.

私もスイーツは結構好きなのですが、こんな勢いで食べるのを見ていたら、目まいがしそうです。

I also like sweets quite a lot, however, when I was watching his eating, it seems to be trifling.

そういっている間にも、今、4つ目のどら焼きに手を出ました。

While I said, now he starts to eat the fourth dorayaki.

時計のストップウオッチで計測したところ、彼がもなか一つを食べるのに要する時間は、約2分弱でした。

As measured by my watch's stopwatch, the time it takes him to eat one dorayaki was about two minutes.

彼の座席には、今、大きなゴミ袋二袋が、転がっています。

In his seat, now, two large bags of garbage are rolling.

一部のゴミは、座席の上に散乱しています。

Some garbage is scattered on the seat.

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残念ながら、ここで私は降車です。

Unfortunately, here I am off.

もう遭うことはないでしょうが、良いものを見させて頂きました。

I will not encounter him again, however he lets me see good things.

私には、彼こそが ―― 「幸福を体現している人間」と思えてしまったのです。

To me, he was one of human being to embody happiness.


2018-03-12 ―― その「論理破綻」の論理(ロジック)を、論理的に解析しなければならないのです

昨日の日記で、「パソコンを使えない人にとっての暗い未来」を記載しました。

In yesterday's diary I wrote "Dark future for people who can not use PC".

このような未来予測に対しては、『だからこそ、対話型AIが・・・』という話で反論されるケースが多いです。

For such a future prediction, some people try to argue in the story that "interactive AI should be needed...".

もちろん、私も「対話型AI」には期待しています。

Of course I also expect "interactive AI".

"Google Home"等は、この未来への大きな一歩になっていると思います。

I think that "Google Home" etc. is a big step toward this future.

私は「AIの暗い未来」のコラムの連載をしていますが、10年後、20年後の人が、私のコラムを読んで、『私を、"愚かなペシミスト"として笑い者にされる』ことが、もっとも素晴しい未来です。

I am serializing the column of "AI's dark future", however I believe that future persons will read my column and make me laugh as "stupid pessimist" after ten and twenty years.

That is the most wonderful future.

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とは言え、私は、この『だからこそ、対話型AIが・・・』には、大きな嘘があると思っています。

However, I think that there is a big lie in this "why, interactive AI ...".

そもそも、AI技術は論理(ロジック)の塊です。

Initially, AI technology is a mass of logic.

論理的に整合のとれないモノやヒト(論理破綻したクレーマ)に対しては、何もできません。

AI technology can not do anything for things or humans of "logic failure" (e.g extralogical complainer) that can not be logically matched.

「そこをなんとかするのがAIだろう?」という意見は(気持ちとしては)分からなくもありません。

I can understand the feeling "That is a significance of existence of AI isn't it ?"

しかし、その場合、―― いいですか、ここが大変重要です ―― AI技術は、

But, in that case - you see, here is very important -

―― その「論理破綻」の論理(ロジック)を、論理的に解析しなければならないのです

AI technologies must logically analyze the logic of that "logic failure"

(続く)

(To be continued)