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2012-03-11 やられたら、やりかえす

震災から1年を経過しても、私には1995年の阪神・淡路大震災の記憶の方が、今でも鮮明に残っている。

『何が違うんだろう』と今日一日考えていた。

私が朧げながらに思いついたことは

―― 映像ごときでは伝えられない

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壊滅した街の、風の流れ、冷たさ、空気の乾き方、街の匂い。

心底まで冷える地面、慟哭を現わさない無表情の顔。

数日を過ぎれば自分だけは逃げだせると思う安堵感とその嫌悪感。

僅かでもあれ、それを現実に感じれたか感じれなかったか、の違いであると思い至った。

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「映像」ごときで、分かった気になってたまるか。

「義援金」ごときで免罪符を買ったような気になってたまるか。

「絆」などという言葉遊びで満足してたまるものか。

「同情」して「涙」を流す程度のことで、自分を救済してなるものか。

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「試練」だと。笑わせるな。

不可逆な「死」に「試練」の要素が一欠片もあってたまるものか。

そんな理屈、私は絶対に認めない。

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私は理不尽な殺戮を気紛れに平然と行う、天を恨み、自然を憎む。

『やられたら、やりかえす』

今、その方法を考えているところだ。

http://www.kobore.net/tex/alone95/node3.html


2013-03-11 10億円の相当の何かの実験装置

昨日の話ですが、残念ながら私のオリジナルではなく、何年か前にあった事件をモチーフとして考えたものです。

ある技術系の某組織に勤務している友人から、電話を受けた時のことです。

「そっちの会社で、10億円の相当の何かの実験装置って、ある?」

絶句しましたね。

―― 納期は ?

「今すぐ。いや、それが無理なら3日くらいなら、なんとか」

―― 目的は ?

「後で考えるから、今はいい」

―― 正直にいって、無理だと思う。

「じゃあ、数億円でもいいから」

―― いや、そういう話じゃなくて

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あまり公にはできませんが、こういう話って、結構、普通にあったりします。

バブル期の時は言うまでもありませんが、今でもない訳ではありません。

金額の大小はあれ、こういう「駆け込み予算消化」というのは、組織が運命的に持つ、カルマ(業)のようなものです。


2014-03-11 「もし『グループメシ』なんぞを強制されたら、私は暴動を起こすぞ」

江端:「お前たちにとって『一人メシ』というのが、耐え難い地獄であるのであれば、どうして教師達は看過しているんだろう」

"If "lunch alone" is is hard on you, why your teachers don't try to work out remedies?"

長女:「看過って・・、先生たちにできることなんてないじゃん?」

"Remedies... Is there anything what they are able to do?"

江端:「例えば、昼食時の自席からの移動の禁止。または、グループのローテーションの義務化」

"For example, "prohibition of moving seats in lunch time" and "mandatory seats rotations""

長女:「それは、ちょっと無理じゃないかなぁ。昼食時間は原則自由時間なのだから、そこまで過度な干渉はできないでしょう。その理屈であれば、『グループでは、遊んではいけない』ことになってしまうよ」

"It seems to be impossible for teachers because of excessive meddling. As a general rule, lunch time is free time. And the rule leads some contradict manner, "We don't have to play by harmonious group of people."

江端:「友人のいない私としては、そんなことは、まったくもってどうでもいいんだけど、逆方向からなら理解できるなぁ」

"Though I don't have any friends and care about it at all, I could understand what your intentions are from an opposite side".

長女:「逆?」

"Opposite side?"

江端:「もし私が『グループメシ』なんぞを強制されたら、私は暴動を起こすぞ」

"If I enforced to "lunch with others", I would provoke a riot.

長女:「・・・ま、いいけどね」

"...What the hell"

江端:「でもなぁ、『一人メシ』を自分で選ぶのと、『一人メシ』を余儀なくされる、との間には、酷く差があるよな。あ、忘れていたけど、もう一つの観点があったよ」

"Anyway, I am afraid that there is serious different choosing "lunch alone" by them from being enforced to "lunch alone" by others. And I noticed that we have to discuss another topic."

長女:「何?」

"What is it?"

江端:「『一人メシ』の救済を、強制された者の観点だ」

"A person who enforce help for "lunch alone""

長女:「は?」

"What?"

江端:「つまり、パパのことだ?」

"It is me."

長女:「はあ?」

"Pardon?"

(To be continued insistently)


2015-03-11 実際に外国で何度か死にかけて ―― そして、助けて貰ってきたからね。

(Continuation from yesterday)

さて、ここからは、「信義」の話だ。

By the way, from here, let's start the story of "faith".

保護者は子どもに対して「その池は危いから、近づくな」と言うのが、基本的なスタンスだと思う。

I think any guardian warns their children "danger! don't approach the pond!" as their responsibility.

でも、もし自分の子どもが池で溺れていた時に、「それ見たことか」と見過す親がいたら ―― いないと思うけど ―― それは、もう親子じゃない。

When their child was drowned in the pond, if they say "you see that?" without helping the child." (Of course, I think they don't), they are not parent and child.

では、国家と個人の関係では、どうだろうか?

How about the relationship between country and individual?

国家の価値は、結局それを構成する個人個人の価値だと思う。

The worth of a state, in the long run, is the worth of the individuals composing it.

「それ見たことか」と思うかもしれないし、思ってもいいと思うんだけど―― 公言し、ネットに掲載し、それを嗜める人もいない ―― そんなことが普通に行われる国家を、私達は、これから『大切に思っていく』ことができるだろうか。

Though some people might think "you see that?" and I think it is O.K., can we continue cherishing our country where they say it loudly, post it on the internet, and nobody reproves them.

国家と国民の関係は「契約説」「対価説」などあるけど、私は、可能であれば「信義」で形成されていて欲しい、と思っているよ。

There are some theories of the relationship between country and individual, for example "theory of social contracts", "theory of value". But I hope that it become based on "faith".

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繰り返すけど、「危いところには行くな」「自分の命を守る為であれば、他人を見捨てても逃げろ」と、これからも私は言い続けると思う。

Again, I am going to continue telling you that "Run away with abandoning your friend who confronts perils" and "When watching fire disaster and an accident or hearing a sound of gun, run away toward the opposite direction without feeling strange original chivalrous spirit"

でも、その話が、「テロリストに囚われたジャーナリストを助ける必要がない」という話と同じにはならないと思っているし ―― 少くとも、「自業自得だ」と切り捨てる側には絶対に立たない、と決めているんだ。

But I don't think that the above is not same as the story of "we don't have to help the journalist who has been captured by the terrorist", in addition, I never stand up in the side of abandoning him, saying "a well‐earned punishment".

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それに、

Moreover,

I really almost died in foreign countries several times, and some persons helped me.

だから、助けたいと思うよ。

So, this time, I want to help him.


2016-03-11 ―― ソースコードに黙秘権はない

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

さらに「予測」(経済予測、人口予測等)に至っては、その予測アルゴリズムが開示されていない限り、その内容が妥当かどうか、知り得る手段はありません。

In addition, about "prediction (for economy or population, e.t.c.)", no one can know whether it is correct or not, without opening the prediction algorithm.

そして、政府、国会、官公庁、およびそれらの委員会、調査機関において、それらの予測に使ったプログラムのソースコードを開示しているサイトは、私が知り得る限り、ただのひとつもありません(本当)。

And, as far as I know, there is no movement, diet, administration, and committee to open the source code of the prediction program(It's true).

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私は、私は自分のコラムで使ったデータと、予測プログラムのソースコードの全てを開示しています。

In my case, I have opened all of program source codes and data about my columns.

これによって、私のコラムを読んでいる方(の一部)は、私のコラムの妥当性を調べることができます。

These my activities , I believe, give the readers some propriety of contents of my columns.

仮に、だれも検証しなくても、ソースコードを開示すること自体が、私のコラムに信用を与えていると思います。

Even if nobody check the contents of source codes, they are going to give some confident to the columns.

(驚いたことに、EE Times Japanの編集者の中には、本当に、私のプログラムコードをコンパイルして実行している方がいらっしゃるそうです。流石です)

(To my surprise, I heard that an editor of EE Times Japan is trying to compile and execute my codes. Well done.)

では、どうして、権威ある機関が、私と同じアプローチを取らないのか?

Let us think why an authoritative institution takes same approach of mine.

理由は簡単です。

The reason is simple.

そのようなソースコードを開示すると、その権威ある機関が「何を考えているか」が一目瞭然になってしまうからです。

If they open source codes like that, we can understand easily what the authoritative institution is thinking.

■都合の悪いパラメータ、

- Unfavourable parameters,

■見せたくない数値データ、

- Numerical data that you do not want to show,

■能天気な未来予測アルゴリズム

- Optimistic future prediction algorithm

それらが、全部が分かってしまうからです。

All of these information will be opened easily.

一言で言えば、

In short,

―― ソースコードに黙秘権はない

"Source codes has no right to remain silent."

プログラムを読むことのできる私達エンジニアは、一斉にこのようなソースコードの内容を読み取り、それを公表するでしょう。

Our engineers that can read the program, all at once to read the contents of such source code, will publish it.

# あ、これを、仕事にしてもいいな。

# Well, this might be my work.

そして、その内容を知った国民は、批判し、非難し、場合によっては激怒するかもしれません。

And, people who knew its contents, might criticise, condemn and rage in the prestigious institution.

どう考えたって、面倒ですよね。

It is troublesome for them.

だから、「数字」「統計」「予測」は都合よく開示し、都合よく非開示にするるのが、政治運営にとって望ましいのです。

So, it is better for them that "the numbers", "Statistics", "forecast" is conveniently disclosed or non-disclosed.

(続く)

(To be continued)


2017-03-11 しかし、ここまで「下品」を徹底して貰えれば ―― 「気持ちがいい」

私は、毎日の日記を電車の中で書いています。

I am writing a daily on the train everyday.

今、22時48分の帰宅の電車の中です。

It is now in the train home at 22:48.

この時間にもなると、人も少なく、7席の座席に2~3人が座っているような状態です。

At this time, there are few people, so it seems that two or three people are sitting in seats with seats of seven.

そんでもって、今、私の目の前には、

With that, now, in front of me,

■3席の座席を豪快に占拠し

occupying the seat of 3 seats surprisingly

■座席にペットボトルを倒し、

laying down the plastic bottle on the seat

■どら焼き一箱(数個入り)と、コンビニ弁当を2つ広げながら、

spreading one box of dumpling (several pieces) and two convenience store lunch boxes,

豪快かつ下品に飯を喰っている、肥満男性がいます。

There os an obesity man who are eating virtually and vulgarly.

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凄いです。大きいです。太いです。あの服どこで売っているんだろう?

He is amazing. He is big. He is thick. Where are those clothes on sale?

かなりの年配です。お顔のサイズは特大のホールケーキくらいの大きさがあり、造形は、はっきりいって不定形です。

It is quite old. The shaping of his face is incomplete, to speak frankly .

巨大なテントのようなスーツと、麻袋サイズのズボンは、汚なく、

Both his suit like a huge tent and pants like a hemp bag are dirty.

清潔感など一欠片も感じられません。

From him, I cannot feel a sense of cleanliness.

彼の回りには人が近寄ろうとしないので、私は今、彼の前の正面の席に座って、彼を観察しながら、この日記を書いています。

Because no one will approach near him, I am writing this diary, sitting in front of him and observing him.

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それにしても ――

Even so,

しかめ面を維持しながら、クチャクチャと音を立てて、口一杯にパスタをほうばる姿は、

He stuffs pasta full of mouth, chewing noises while eating all time with a frown, I can use one word,

「下品」

"Vulgarity"

の一言に付きます。

しかし、ここまで「下品」を徹底して貰えれば ―― 「気持ちがいい」

However, if he can keep thoroughly "vulgar" so far, I feel "comfortable" conversely.

(続く)

(To be continued)


2018-03-11 ―― パソコン使ってこなかったお前が悪いんだろう?

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

お役所で発行して貰える住民票や戸籍謄本を得る為「だけ」に、

In order to obtain "only" a resident card and family register certificate that the government office can issue,

(1)パソコンで操作するのと

(1)Operating with a personal computer

(2)お役所に行くのと、

(2)Going to the office,

どっちの方がコスト(時間と費用)が安いかを考えれば、私だって(2)を選びます。

If asked which better is, I also choose the (2).

一生の間に、何回、住民票や戸籍謄本が必要になるかを考えれば、「パソコンと格闘すること」は最適戦略とは言えません。

Considering how many times a citizen's voucher or family register must be copied during the lifetime, "fighting with a PC" is not an optimal strategy.

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だから、「お役所は当面大丈夫」 ―― とも、ならないような気がするんですよね。

So, "the government office is okay for the time being" --- I don't think so.

多分、行政は、お役を縮小または廃止することで、国民を「パソコン + コンビニ」に強制誘導しようとするはずです。

Probably, the administration will shrinking or abolishing the office, and it is supposed to try to force people to "PC + convenience store".

『行政はデジタルデバイド民を切り捨てるのか』と問われれば ―― そりゃ、当然切り捨てるでしょう。

If someone asks the administration for truncating the digital divide people?" Well, they will naturally truncate.

なでなら、老人福祉や少子化対策と比較すれば、この禁忌(タブー)がもの凄く言い易いですから。

Compared with welfare for the elderly and measures against declining birthrate, this line is easy to say easily.

―― パソコン使ってこなかったお前が悪いんだろう?

"You are bad aren't you ? Because you have not used a personal computer"

って。

そして、「パソコン + コンビニ」を使えない人は、高い金を払って、それを代行する業者に頼むことになる訳です。

People who can not use 'PC + convenience store' will be asked by a merchant who pays high money and acts on it.

結局、行政の仕事が民間に安く払い下げられる、ということです。

In the end, the job of the administration is cheaply paid to the private sector.

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こういう観点から見れば、私の老後はバラ色(?)です。

From this point of view, my old age will be wonderful(?).

父や母の確定申告や、嫁さんの不動産登記手続は、そりゃタダでやっていますが ―― それ以外の人からは、相応のお金を頂きます。

According to final and mother's final declaration and wife's real estate registration procedure, I will do it for free. Other people will get the appropriate money.

こうして小金を稼いで老後を凌げれる未来がくれば、私は助かります。

I will save money if the future will come. It might be helpful.

私は「人々の不便を喰って自分が生きていくこと」に、1mmたりとも良心の呵責を感じません。

I do not feel punishment even with 1 mm, "sacrificing the inconvenience of people"