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2018-02-14 ―― 『あんなに、一生懸命働かなくても良かった』と後悔している [長年日記]

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

ところで、多くの人が、リタイアした後や、死を迎える前に、

By the way, there is worth listening to a story that retired or terminal people said

―― 『あんなに、一生懸命働かなくても良かった』と後悔している

"I should not have worked harder, while be working"

ということは、傾聴に値します。

これって、人生の色々な場面で言えます。

We have already experimented on the several scenes in my life.

特に、私たち大人は、

Especially we adults, know well that

『ティーンエイジャの友人関係なんぞ、その後の人生において、髪の毛程の価値もない』

"There is no meaningless relationships with friends of teenage era in our life"

ことを、よく知っています。

しかし、社会人である私達にとって、

However we, as working people, cannot say

『会社の上下関係なんぞ、髪の毛程の価値もない』

"There is no meaningless hierarchical relation in our company"

と、"リタイア後"には思うだろうな、ということは分かっていても、会社の上下関係を無視して行動することなんぞ、怖くてできる訳がありません。

We can forecast the future after our retire, but we cannot act to ignore the hierarchical relation because of worry and fear.

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結論として、私達は、「ラクして生きることはできる」のでしょうが、あるフィード内にある時は、「ラクして生きる勇気はない」ということで、

In conclusion, we can "take our life easy" but we don't have courage to "take our life easy" in a specific field and time.

私達は、結局、

After all, I think that we will

―― 「後悔することになる」ことを、折込済みで生きていくしかない

"regret our extreme worry and fear, at the time of retirement or end-of-life"

ということです。