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2013-01-12 我々自身がコンテンツになる日 [長年日記]

ラスベガスで開催されている家電見本市で、日本の家電メーカが「脱テレビ」の基調講演を行ったそうです。

私自身は10年くらい前から「脱テレビ」だったので、今更という感じですが。

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私は自分の部屋に、2万円の地デジチューナに、不要となったHDDと、ヤフオクで購入した5000円のディスプレイを繋いでいます。

ディスプレイは、パソコンとも併用可能で、録画した地デジの映像も十分にきれいです。

もはや、テレビというハードウェアの「箱」を買う理由がないのですよ。

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かつて「インターネットテレビ」という製品がありましたが、自社のポータルを強制的に仲介させるというアホな仕様を組み込み、ユーザに嫌われて、コケました。

また、3Dテレビも、変な眼鏡を装着してまでテレビを見たいというユーザの数を見誤って、コケました。

「テレビなんぞ、飯食いながら見る程度しか価値がない」と言うことは、もちろん家電メーカの人たちも分かっていたと思うのです。

起死回生の一手として、そこに賭けるしかなかった彼等を、同じエンジニアとして、私は批判することなんかできません。

テレビはディスプレイだけあれば良く、本体なんか雲のむこう(クラウド)にあれば良いのです。

我々はコンテンツが欲しいのであって、テレビが欲しい訳ではないのですから。

ま、それはさておき。

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昔、保護者は「テレビを見る=勉強する時間が無くなる」という理由で、子供から、テレビを遠ざけようとしました。

しかし、結局その時間は、PCで見る「ニコ動」や「YouTube」に置き代わっただけで、あまり何も変わっていないように思います。

それならば、家族がコンテンツをシェアする時間があるだけ、まだテレビの方がマシのような気もします。

しかし、世代毎のコンテンツの嗜好は、もう絶望的くらいに隔っており、共有される可能性はないでしょう(初音ミクを出すまでもない)

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発想を転換しましょう。

我々自身がコンテンツになるのです。

お父さん:日曜日には、家族に練習した落語を披露して下さい。

お母さん:土曜日には、カルチャースクールで習ったラテンダンスを披露して下さい。

子供たち:学校のできごとを、毎日紙芝居で披露して下さい。

これを2週間でも続けられたら、大したものです。

うんざりして、げっそりする家族の顔が、ありありと見えてきます。

その後は、家族で見るテレビ番組は「NHKニュース」に限定してしまいます。

もう誰も文句は言えません。

極め言葉は、「好き嫌いいわずになんでも美味しく『見なさい』。そうでないと、お父さんに落語やってもらうわよ」

で、O.K.です。