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2012-03-29 魔法の箱 [長年日記]

私は、文章を書けない子供でした。

日記の宿題に書いた内容は、

『今日もお風呂に入った、すっきりした。明日も入ろう』

という内容の連続。

# 「お前は、じじいか」と自分で突っ込みそう。

別に毎日銭湯に通ったという訳でもありません。そもそも自宅に風呂ありましたし。

要するに、文章を書く前に、その文章を組み立てるという「構成力」がなかったのです。

「日記」とは、子供の私の心の名に、いつでも突き差さっている棘のような存在でした。

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それはさておき。

私がこれまで、どれだけの駄文を書いて来たかは、よく分からないです。

実は、500程度の未発表作品があります。内容的にヤバイものです。

株価が下がったり、私が消されたりするかもしれないと心配して、発表を差し控えています。

# 勿論、こんなことは杞憂に過ぎないのですが、『私が飛ばされる』という可能性はかなり高いので。

未発表500を含めて、(ちゃんと数えたことはないのですが)多分、2000文程度はあるのではないかと思っています。

で、それらの文章が、どのように役に立ってきたかというと、全く何にも役に立っていないです。徒(いたずら)に、時間を消費しているだけの、非生産的行為です。

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一方、この非生産行為がいつから始まったかというと、これは、年月まで正確に確定できます。

ワープロを購入した時です。

「ワープロ」を知らない人もいると思うので、説明します。

要するに、文章作成ソフト(Windows Word)専用機と思って貰えば良いです。もちろん、別のアプリをインストールしたりすることはできず、ひたすら文章を書くだけ(絵も書けない)のマシンです。

東芝ルポ、富士通OASYS、シャープ書院という言葉に反応できる人は、私の世代でも難しいかも。

当時19歳だった私は、―― いいですか、

「液晶画面の表示文字数12文字、改行2行」

のワープロを、(学生の分際で)当時の金額で7万円で購入したのです。

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パラダイムシフトでした。

○まず、滅茶苦茶に高速に文章が書ける。殆ど、思考速度と同程度のスピードで書けるので、ストレスがない。

○自分の汚い字を見て、モチベーションが下がるとことがない。

○適当な支離滅裂なコンテンツを、適当に書き殴っておいても、あとで組み立てるだけで、それなりの文書のように見える。

○文章構成力なし、レトリックなし、根気なし、おまけに情熱すらなくても文章が書ける。

ワープロは、「魔法の箱」でした。

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私の文章増産マシン(= 徒らにページを増やすこと)としての能力を見込まれて、卒業論文では、同期から共同研究を申し入れられたことがあります。

修士論文作成の時には、『江端さんは、3行で足りる説明を、3ページにする能力をもっている』と、後僚に言われていました。

生れて初めて、ワープロで書いた英文の実験報告書を提出しました。

教授は読まずに「優」を付けたようです(多分、稚拙な英文を読むのが、面倒くさかったんだろうと思う)。

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一方、失ったものも多かったですが。

○その当時、友人にワープロで手紙を書いたら「無礼だろう!」と叱られた。

○ワープロで、自治寮の総括文を作成したら「魂がこもっていない」てなことを言われた。

○今の嫁さんにエッセイを印刷して送付していたのですが、殆どが読まれずにゴミ箱に直行していた(結婚後に聞いた)。

なにより、

○ワープロのレポートの受理を拒否する教授が、圧倒的多数であった。

世間が思う以上に、「教授」という人達のコンサバ度は、ハンパではなかった。

# 今のように、インターネットが存在せず、「丸写し」の可能性が皆無であった時代の話ですよ。念の為。

『逆だろう! 教授達は、「ワープロ以外のレポートは受理しない」という命令を発して、ITリテラシーを高める方向に教育すべきだろう!』 という私の憤慨に、共有してくれる友人すらいなかった ――

私がワープロを使い始めた時は、そういう時代だったのです。