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2013-11-01 呼びつけて頂ければ、私の方から参上致します。

いわゆる「上り方面」の通勤ラッシュ時の電車は、ある種の「地獄」です。

無理な姿勢のままで身動きができない上に、荷物を掴み続けなければならず、当然全方向から力がかかります。女性の場合、痴漢のリスクも高い。

嫁さんの話では、痴漢は身動きできない状態ではなく、降車時に「四方八方から」手が出てきて、胸や尻を触り捲られるのだそうです。

なるほど、痴漢から見ればリスクの小さい、最適戦略でしょう。

―― ゲス野郎が

―― 死にさらしやがれ

うちの嫁や娘に手を出したら、私の持ち得る最先端のIT技術を用いて、こういうゲスを成敗します。

私は警察じゃないですから、物的証拠なんぞはいりません。考えうる最凶の手段で私刑(リンチ)を行使する予定です。

本当に、訳分からないですよ。

インターネットではアダルトコンテンツ花盛りの、昨今にあって、なんでそんなことをするのでしょうか、このゲス野郎どもは。

ちょっとは想像力を働かせれば分かりそうなものです ―― 自分自身が、むさくて、臭くて、汚なくて、ブサイクなおっさんに、自分の体を撫で回されるような不快感を。

まあ、その程度の想像力も働かんほどの低能だからこそ、痴漢なぞという行為に至るのでしょうが。

そういう奴は、この社会にはいらん。

その辺で、迷惑がかからんように、ひっそり静かに、死んでくれ。

頼む。

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―― と、このような激しい言葉を羅列したのは、これが「私の本心」だからなのですが、併わせて、ここで、もう一つ、考えたいことがありまして。

このような激しさと同程度の記述が、隣国である韓国の人や、中国の人の批判に、普通に使われている、という点です(「普通に」です)。

私は、学生の時に、在日韓国人の人と同じ寮に住んでいましたし、今でも中国を含む外国の人たちと普通に仕事をしていますし、19歳の時から、一人で海外を歩いていて、今でも仕事で海外にも普通の人よりは多くでかける機会があります。

お酒を飲みながら色々な政治の話もしましたし、お互いの国の考え方についても、論争になったこともあります。納得したこともあったし、納得できないこともありました。

それは、本当にもう、たくさん。

しかし、私が上記で記載したような「痴漢に対する憎悪」と同程度の憎悪に至るようなことは、ただの一度もなかったです。

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あなたの憎悪は、仮に自分が、中国や韓国で産まれてきたとして、自分の国をそのような激しい言葉で非難できる程に、客観的に公平なものなのですか?

本当に? 本当の本当に?

本当に、その国の人と話をしてみて、議論をしてみて、その上で、なお、その「憎悪」に至る程に激しいものなのですか?

もし、本当にそれが「Yes」ならば、そして、あなたがその「憎悪」に命を賭けているなら、私は、あなたたちの側に立ちたい。いや、是非立たせて欲しい。先頭に立って論陣を張るし、コラムでその論旨を展開したっていい。

だから、私を納得させて下さい。

私は、フットワークの軽いことでは定評があります。メールなど面倒な手段は不要です。私を呼びつけて頂ければ、私の方から参上致します。

勿論、私は自分の名前でコラムを公開します。当然あなたの名前の公開にも同意して頂けると、信じております。自分の意見に命を賭けているのであれば、当然ですよね。

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ただ、(いきなり現実的なお話になって恐縮ですが)、中間管理職サラリーマンなので週末か休日にお願いします。

できれば、私の自宅から半径100kmくらいのところまで出てきて頂き、お話させて頂ければ助かります。

なんだかんだで、取材の交通費の多くは、自腹を切っていて、これが結構痛いのですよ。


2014-11-01 家族から、誕生日プレゼントを貰ったのですが、なかなか「分かってきた」ようです。

毎年、私の誕生日には、インターネットで取りよせた生魚を、私が料理するという、

Every year at my birthday, I have to cook fishes I get from net.

I think that that is

―― 理不尽なイベント

An unreasonable event

を強要されています。

that I am enforced

まあ、素材が良いので、私のような素人が作っても、そこそこの味になります。

Well, the fishes are fresh and good, so the taste become better, even if I cook as an amateur.

「魚を三枚に卸す」が、もっとスマートにできるとカッコイイと思っているのですが、所詮、年数回程度の鮮魚さばき程度では、技がつきようもありません。

If I sliver fish smoothly, I think it is cool, but it is impossible that the skill becomes well.

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家族から、誕生日プレゼントを貰ったのですが、なかなか「分かってきた」ようです。

I was given the birthday presents from my family, they become to know my favorite.

キレイなラッピングを開いたら、そこには、

When I opened the fancy lapping, there were

■次女 ―― ドライバーセット

Screwdriver set, from the junior daughter,

■長女 ―― みかん3kg

Tangerine 3kg, from the senior daughter,

■嫁さん ―― 柿2kg

Persimmon 2kg, from my wife.

が、入っていました。

みかんには、丁寧に、それぞれ違った「顔」が描かれており、

On the tangerine, each difference face are drew courteously, so I said,

『凄いなぁ。全部のみかんに顔を描くのは大変だったろう』

"Great! It looks like very hard for you to draw faces on all the tangerines.

と褒めたら、

When I applauded her,

―― 急いで、奥の方からもみかんを取り出して、あわてて、顔(目だけ)を描き始めていました。

She started to draw faces (only eyes) on other tangerines suddenly picking up them at the bottom of bag.


2015-11-01 若者が、極端に走ると、大抵、ロクなことになりませんからね。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

私は、「友人至上主義」と「ぼっち至上主義」の比率を50:50くらいで位置付けておくのが良いと思います。

I propose that you might have to go fifty-fifty with both friend-supremacist and loneliness-supremacist.

何事も「中途半端」が大切です。「中途半端」とは「ポートフォリオ」のことです。リスク回避の定番です。

"Doing by halves" is important for anything. It is a sort of portfolio that is a standard way to avoid risks.

若者が、極端に走ると、大抵、ロクなことになりませんからね。

When younger run to extremes, something wrong happens in many cases.

と、ここで、私は、バカの一つ覚えのように、「連合赤軍」と「オウム真理教」を始めてしまうのですが、今日はそっちの話はとどめておきます。

When I talk like the story, I always start to tell about "Japan Red Army" and "Aum Shinrikyo". But I want to avoid the direction today.

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実際のところ、それだけではなくて、もっと日常的に問題になるのです。

In fact, this is everyday issue.

具体的に言えば、「友人至上主義」を信仰したまま大人になった奴というのは、

In conclusion, "friend-supremacist" are going to come of age with

―― 誠に「うっとうしい奴」になります。

"annoying",

自分を100%理解して貰おうとし、他人を100%理解しないと、納得できない人間。

who want to understand others perfectly and don't accept the situation that the others cannot understand him/her.

この手の人間は、なんでも、自分の思い通りに進まないと、泣くは、わめくは、怒り出すは、その鬱陶しさは、想像を絶するものになります。

This type of persons is going to cry, shout and get angry with everything that they don't go their own way. They are annoying me beyond my imagination.

具体的には、地元の祭とか、同窓会とか、同期会とか、そういうものに絶対的な価値を置いて、他人も同じ価値感を持っているのだと信じている奴です。

Concretely, they have an absolute value for domestic festival, class reunion, and alumni association, and to make matter worse, they believe that others think same.

例えば、彼らは、私の

For example, they cannot understand my negative intentions as follows,

―― 私の残りの人生で、あんたたちとはコミットする予定はない

"I have no plan to commit you in my life"

―― 同窓会を3回連続で断わっている時点で、もう連絡してくるな

"Please don't contact me, when I have rejected the attendance three times consecutively"

というような、ネガティブな熱い想いが ―― どうにも通じない。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)


2016-11-01 今回は、前回0.7くらいだった視力が、両目1.5になっていたお話をします。

Recently, I went to a medical checkup and I achieved new record of light weight in my life.

(問診医から「一体何やっているですか!」と、批判されたお話は、後日致します)

(Later, I will tell you the story that the doctor discussed this success critically with saying "what are you doing?")

今回は、前回0.7くらいだった視力が、両目1.5になっていたお話をします。

Today, I am going to tell you the another story. This time, my vision, which was about "0.7" at the last time became "1.5" of both eyes.

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勿論、最近の私の、老眼による視力の低下は著しく、この"1.5"は、誤った計測結果です(間違いない)。

Of course, my recent, a decrease in visual acuity became terrible and I know well that this "1.5" is the wrong measurement result (no doubt).

当然、「そんなはずはない! 再計測を要求する!!」など、自ら有罪(?)を主張することはしません。

Needless to say, I don't claim my own guilt (?), like "No way! I request re-measurement!!"

最近は、視力検査も自動化されています。

Recently, the vision inspection has also been automated.

計測機のスコープを覗き込み、そこに出てくる、あの「円弧の形状」が見えてきて、その方向を手元のスティックで指示する、というものになっています。

The procedure of the machine is that I peek the scope of the machine, "the arc" appears, and I manipulate its direction at hand of the stick.

計測前に、『見えなくなったら、この白いボタンを押して下さいね』と言われましたが、

Before measurement, I was told that "when it is no longer visible, please press this white button,"

―― 自ら「見えない」と申告する

Who "declares with my "invisible"? "

などするはずありません。

例え見えなくとも、「心の目」で、上下左右を読み取る、というのが、「被験体の心意気」と言うものでしょう。

Even if I cannot do it, I am going to try to watch the up, down, left and right in the "mind's eye". It is "spirit of the subject".

(続く)

(To be continued)


2017-11-01 ―― 問診は医師から受けるから、お前は、黙って測っていろ

本日は、人間ドックにいます。

Now I am in hospital for medical checkup.

今朝、体重を測ってきたら、目標体重±0.0kg となっていました。

This monring, my weight was the target weight accurately .

In this series, I state a hypothesis,

●人間は、制御システムの一つであるから、

- Human beings are a kind of control system,

●精密な体重コントロールが可能である

- So, human's weight control is possible perfectly,

という仮説の元に、ダイエットのコラムの連載を続けてきました。

and, continued to write the essay about diet.

これで、上記の仮説を、3年連続で検証できた、と思っております。

I think, the hypothesis testing have done well for the third consecutive year.

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ただ ――

However,

私の計算式では、私の場合、

My diet formula shows, in my case,

●日常生活に影響を与えない範囲の、1ヶ月の減量の限界は2kg

- the limitation of loss weight is 2kg in a month

となっていましたので、

普段から目標体重の2kg以内に抑える努力は怠らず、

I have to make an efforts to keep my weight within 2kg from the target

そして、この一ヶ月間は、特にキツかったです。

Especially, it was very hard for me in last month.

In addition, in a few days, I could not feel pain at all, and I think I have a risky condition.

全て、想定内です。

All are assumable in my mind.

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でも、まあ、体重を抑えるだけのダイエットは、あんまり「健康に貢献」はしていないようです。

However, the diet that only lose weight seems not to "contribute to health" so much.

先程、『あ、ぎりぎりメタボだね』『肝臓に影があるんだよなぁ』とエコー診断をした人に言われましたので。

Since I was told by the person who performed the echo diagnosis, "Oh, it's just metabolic," "There is a shadow in the liver."

正直、

To tell you the truth, I thought that

―― 問診は医師から受けるから、お前は、黙って測っていろ

"you should measure me silently. because the inquiry is received from the doctor"

という気持ちでしたが。


2018-11-01 「現時点において、70歳程度の人は、メールを使えないことの言い訳に、『高齢』を振りかざすことは許されない」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

8ビットマイコン(初期のパソコン)が誕生したのは、私が12歳くらいの時です。これを暫定的に1975年としましょう。

8-bit microcomputer (early computer) was born when I was about 12 years old. Let's provisionally set this as 1975.

そして、Windows95が登場したのが、その20年後の1995年です。

And Windows 95 came out in 1995, 20 years later.

1975年から1995年までの20年間については、パソコンが汎用製品でなかったことは認めます(パソコンを使っているだけで、オタクと迫害された時期でした)。

For 20 years from 1975 to 1995, I have to admit that the personal computer was not a general purpose product(It was a time when I was persecuted as a nerd just by using a personal computer.)

しかし、Windows95より後は、パソコンは汎用の家電製品になったと言っても良いです。

However, after Windows 95, it can be said that the personal computer has become a general-purpose home appliance.

さらに、携帯電話によってメールが電話と同等のツールとして確定しました。

Furthermore, mail was confirmed as a tool equivalent to telephone by mobile phone,

その時点を、かなり余裕を見て、10年後の2005年としましょう。

Let's look at a considerable margin and let that time be 2005, after ten years.

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以上より、以下の仮説を導き出せます。

From the above, the following hypotheses can be derived.

仮説1:「2005年の段階で、メールは国民の通信手段として定着していた」

Hypothesis 1: "In the year 2005, mail was established as a means of communicating with the citizens"

この仮説をベースとして、さらに検証を続けます。

Based on this hypothesis, I will continue the verification.

2005年の時点で、現役で働いていた人の最高年齢の上限を55歳と仮定します。

At the year 2005, I suppose that the maximum age limit for people working in active service is 55 years old.

当時のこの年齢より若い年齢だった人は「メールを使える環境にあった」と考えると、次の仮説が導き出せます

Thinking that the persons who was younger than this age at that time, had an environment that they could use mail". And additionally I can derive the following hypothesis.

仮説2:「現時点で、70歳の人間は、日常の通信手段としてメールを使えるはずである ―― 余裕で」

Hypothesis 2: "At the present time, a 70-year old person should be able to use e-mail as a means of daily communication with their margin"

上記の仮説2は、これを裏づける実例(メールを日常的に使い熟している人)が、私の身近(親戚)に山ほどいます(もちろん、山のような反例もありますが)。

In the above hypothesis 2, there are a lot of examples in my relatives that can prove this (they can use use of e-mail everyday). Of course, there are also many counter examples, too).

以上より、私が導く「論」は、(高齢による身体上の問題がある場合を除き)

From the above, my "theory" is, except for physical problem due to aging

「現時点において、70歳程度の人は、メールを使えないことの言い訳に、『高齢』を振りかざすことは許されない」

"At the present time, it is not permissible for elder people around 70 to use "older" as an excuse for not being able to use e-mails."

です。

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もちろん、これは、相当に乱暴な「論」です。

Of course, this is quite a rough "theory".

暴力そのものと言っても良いかもしれません。

This might be a violence itself.

ですから、私は、この「論」を一般化しようとは思いません。

So, I do not want to generalize this "theory".

しかし、私は、ある特定の人に関しては、この「論」を押しつけても良いと考えています。

However, I think that we can impose this theory on some specified people.

例えば、組織の運営の長たる者たちです。

For example, they are leaders of an organization.

彼らは、「怠惰」「無責任」と非難されても、それは仕方がないことであると思っています ―― 同情の余地なし、です。

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It cannot be helped that they are blamed for their inexecution as "idleness" and "irresponsibility". It is "No room of the pity".

少くとも、「メール」「電話会議」「ファイル共有」が、当たり前に使える私達の世代にとっては、

At least, people of the generation of mine, can use "mail" "conference call" and "file sharing" on a routine basis.

事前連絡も行わず、頻繁に定例を開き、いたずらに個人的な時間を奪って行き、

All people who don't do "prior announcement", "frequent occurrence" and rob me of time for my private activities,

何のアプローチも、努力も、工夫もせずに、「高齢」を言い訳にして、非効率を押しつける人間は、

and don't do "any approach" "any effort" and "any alternate" with an excuse of "old age", and come to put me "inefficiency"

―― 全て「私の敵」です。

are my enemies.

(続く)

(To be continued)