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2013-10-16 「政府は一生懸命やってきましたよ」は、どーでもいいのです

昨日の続きなのですが、「平成25年版少子化社会対策白書 全文(PDF形式)」も読み始めました。

ちょっと驚いたのですが、我が国では、既に、1994年にエンゼルプラン(文部、厚生、労働、建設の4大臣合意)、1999 年に「少子化対策推進基本方針」、法律では、「少子化社会対策基本法」「次世代育成支援対策推進法」(2003年)を制定しているそうです。

つまり、ざっくり20年、これだけの対策、法律の制定をもってしても、出生率は下がり続けた、ということです。

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ちなみに、これらの対策や法律の制定の有効性に関するレビューは、数値、表、グラフを含め、

『一文字もなし』です。

"1.26"という時期から、現在の"1.4"に持ち直しているのは事実ですが、これが、その施策の成果かどうかも分からないし、第一、20年かけても、2.0以上を達成していないという事実を、どう評価するかの記載が、絶無なのです。

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次女の夏休みの研究でさえ、私は、その評価と考察は書かせますよ。それが記載されていない報告書は、何も報告していないからです。

「白書」とは「報告書」とは違うのでしょうか? でも、調べたら「政府の施策についての現状分析と事後報告を中心とした公表資料」となっているしなぁ。

肯定的であれ、否定的であれ、エンゼルプラン、法律の制定から現在に至るまでの「何かを書かなければならない」のではないでしょうか。

「政府は一生懸命やってきましたよ」は、どーでもいいのですよ。

その総括をちゃんとしてくれんと、国民としては困るのですよ。私の税金も使われているのですから。

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なお、話はそれますが、「少子化社会対策基本法」「次世代育成支援対策推進法」も全文読みました。それほど、大変ではなかったです。凄く短かい法律でしたし。

しかし、両方とも、

■単なる組織の構成を書いているだけのように読めるし、

■罰則があっても、認定事業者の手続瑕疵に関することだけだし、

■地方自治体や企業に対する義務も、それに対する制裁規定も絶無のようだし、

うーん、この法律で「少子化」が、どういうアプローチで、どのように改善されるか、私には、全然分からん。

まあ、それはさておき。

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私の申し上げたいことは、簡単です。

「この施策に効果はあった/なかった」→「だから今回の施策ではこうする」→「なぜなら、こういうこととが期待されるからである」

という記載として頂ければ、とりあえずは、私には理解可能となるのです。


2014-10-16 後輩:「江端さん。どうして連載を本にしないんですか」

私の後輩は、空気を読まない失礼な奴が多いのですが、その極めつけがこれです。

I have a lot of younger co-workers who are rude and KY. This following is an extreme attitude.

後輩:「江端さん。どうして連載を本にしないんですか」

Younger:"Ebata-san. Why do you try to publish your serialization?"

江端:「出版社からオファが来ないからだよ! 文句あるか!?」

Ebata:"No offer from any publishing company! Any objection!?"

Web編集部の担当者の方は、『どうぞ、どうぞ』と言ってくれているし、私も、両親に本として手渡したいんだけど、

Editors in charge give a welcome to publish them, and I want to give the books right in my parent's hands.

―― オファが来なければしょうがない

"However, what can I do without any offers?”

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「電力メイド」のアニメ化でもいいんですけどね。

How about is "power maid" animation?

エンドロールに、私の名前を乗っけて貰えるだけで、私は許諾しますよ。

I am going to permit to use the concept if you put my name in the end roll.


2015-10-16 そして、こういう「個性」は絶対的な意味において、誰からも保護されることはありません。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

私は、遠足や修学旅行などは、前日の夜にしっかり睡眠を取り、当日は観光に集中したい生徒でした。

I was a student who wanted to deep sleep and concentrate the sightseeing in the trip.

『誰が誰のことを好きか』などというトークは、私にとっては、本当にどうでも良いことでした。

I was not interested in the talk about "who likes who" at all.

夜は、ゆっくり休む為に、修学旅行に「安眠ルーム」というのを別途用意して欲しい、と、本気で思っていたくらいです。

I really wanted a special room for quiet sleep to take a enough rest during the trip.

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この話を嫁さんにすると、宇宙人を見るような目で私を見ます。

When I talk about this story, my wife looks at me as if I were an alien.

私も、私が希少な生徒であったことは認めます。

I can admit that I was one of the eccentric students in my school days.

しかし、「個性」とは、本来こういうものであるはずなのです。

But this is "individuality" by nature.

そして、こういう「個性」は絶対的な意味において、誰からも保護されることはありません。

And this "individuality" is not absolutely going to be protected by anyone.

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「個性」は、コントロールなんぞできません。コントロールできるものなら、それは「個性」の名に値しません。

"Individuality" is basically uncontrollable. If it is controllable, it does not deserve the name of "individuality".

「個性」は差別と虐待の中で残った、雑巾の切れ端のようなものです。

"Individuality" is something like scrap of a dust-cloth in abuse and discrimination.

その大半は、世間的に「良い」と評価されるものではありません。

Most of them are not judged "to be good" for the world.

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結局のところ、小中高の学校で『個性を育成する』なんてことを、平気で唄っている ―― のは、まあ良いとしても、

After all, school juridical persons who say "growing up children's individuality at elementary, junior high and high schools" are .. well. it is O.K.

本気で信じている人間や学校法人がいれば、そいつらは、「本質的に救い難い馬鹿」なのだと、私は思っています。

But if they believe it with serious mind, I think that they are essentially dummy beyond redemption.

(続く)

(To be continued)


2016-10-16 しかし、最近奇怪な現象が観測されて、頭をかかえています。

嫁さんの実家のビデオ監視システムが、私の期待通りに動いてくれません。

I am very sorry but I cannot work a video monitoring system of my wife's country house , as I expect.

そこで、自宅のセキュリテイシステムを使って、週末研究員モードで、Raspberry Piを含む、ビデオ監視システムのパッケージ化の作業を行っています。

So now I am, as a weekend researcher, developing a packaging of the video monitoring system with "Raspberry Pi". using my house security system,

といっても、既存のWebサーバとか、スクリプトを作る程度のことなのですが、昔に使い倒していた、UNIXコマンドとかを思い出すのに苦労しています。

In fact, the works themselves are not so hard. They are for example, just making shell scripts. However, I have a lot of troubles with remembering UNIX command, even I had used overwhelmingly.

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しかし、最近奇怪な現象が観測されて、頭をかかえています。

But recently, an odd phenomenon is annoying me,

屋外に設置したカメラが、家族全員の通学や出勤の様子をきちんと記録している(動態検知)のですが、

The monitor camera out of door, records the view of my wife's and daughter's commute perfectly (movable object detection).

―― 私の帰宅時の映像だけが、残っていない

"No video of my figure at the time of my returning home."

テストシステム稼動開始から、すでに半月以上を経過しているにも係わらず、そして、カメラの前で大袈裟に動いて見せたりしても、―― カメラは、私だけを無視する。

The half of month has passed from this test system, however, the camera ignores me even I do swollen gesture in front of the camera.

色々な仮説を考えているのですが、案外カメラというのは、「人物の生気で動態検知しているのかもしれない」なーと思っています。

I think a variety of hypotheses, and one of them is "a camera unexpectedly detects movable object with human spirit".

仕事でフラフラになって帰宅する私は、人間として認識してくれない、と。

The camera does not recognize me as a human being, because I go home with dizzying at work.


2017-10-16 ―― 深夜の夜道で、落語を聞いて大爆笑しているサラリーマン

先日、イヤホンを忘れたので、イヤホンを外したまま、スマホでYoutubeを聞きながら歩いてみました。

The other day, I left my earphone, so I tried walking while listening to Youtube on a smartphone without a earphone.

深夜の自宅までの道程を、スマホのスピーカーを最大音量にしながら、 柳家喬太郎師匠の落語を聞いていました。

On the way to my home at midnight, I was walking while listening to the Rakugo of Mr. Yanagiya Kyotaro, with setting the volume to the maximum.

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改めて試してみると、「イヤホンなし」というのは、なかなかいいものです。

Trying it out again, "without earphone" is a pretty good thing.

まず、煩わしくない。

First, it is not troublesome

耳に何かを装着するというのは、結構うっとうしいものです。

Wearing something on your ear is pretty annoying.

安全です。

It is safe.

近付いてくる車の音などが聞こえるというのは、安全で安心でもあります。

It is safe and secure I can hear the sound of coming a car.

そして、セキュアです。

And it is secure.

―― 深夜の夜道で、落語を聞いて大爆笑しているサラリーマン

"A business worker bursting laugh at rakugo in a late night road"

誰も近づいてきません。

Who want to approach me?

ま、もっとも、深夜に中年男を襲おうとする物好きがいるとも思えませんが。

Well, though, I cannot think where a curious person is, who tries to attack a middle-aged man in the late night.

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しかし、これはセキュリティ上、結構効果があるのではないかと思います。

However, I think that this is quite effective for security reasons.

帰宅の遅い日には、娘達にも、この方法を取るように勧めてみます。

On the late afternoon home, I recommend my daughters to take this way.

「落語」も良いですが、多分、「英語ニュース」とかもいいかと思います。

I think "Rakugo" is also good, and "English news" is also good.

「般若心経」、「ヘビメタ」とか、「童謡」、意外に「演歌」なども良いかと思います。

"Heart Sutra", "heavy metal", "nursery song". Surprisingly I think that 'Enka' is also good.

「アイドルソング」や「アニメソング」は、あまり効果がないように思うので、止めておくように言っておきます。

I think that "idol songs" and "animation songs" are not very effective, so I will tell them to stop them.


2018-10-16 『自分だけは、世界の不条理に立ち向っている』

私が、今一つ、テレビドラマを楽しめないのは、

The reasons why I cannot enjoy television drama, are, for example, that I come to think easily,

■時代劇ドラマを見ていれば、私は、悪徳代官の方についている斬られるだけの役人だろう、

- I will be just an official of bad magistrate's office who was killed by a white hat in samurai dramas.

■会社ドラマを見ていれば、私は、新人を苛めるパワハラをする中間管理職の役だろう、

- I will be a middle manager who deal roughly with a newcomer and do power harassment in office dramas

■恋愛ドラマを見ていれば、私は、ヒロインをストーカーする側の役だろう、

- I will be a stalker who sticks up to a heroin in love dramas

■法定ドラマを見ていれば、私は、加害者を卑劣な手段で弁護する、悪徳弁護士の役だろう

- I will be a lawyer who say a word for schmuck by using a dirty trick in court dramas.

と思ってしまうからです。

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私には、多くの人が、

I am wondering why many people can come to think a convenient interpretation,

『自分だけは、世界の不条理に立ち向っている人間だ』

"it is me, standing and fighting against outrageousness in the world".

などという、都合のよい設定をしてドラマに入り込めるのか、私には不思議でたまらないのです。

現実は、まったく逆なのに――

However, the reality proved different.

(続く)

(To be continued)


2019-10-16 ですので、私は、人に説教垂れる「こと」が嫌いですし、人に説教垂れる「奴」はもっと嫌いです。

「英語に愛されないエンジニア」他、私はコラムで、色々なノウハウを語っています。

I described a lot of know-how in my columns, for example, "Engineers who are not loved by English"

しかし、私は『これらのノウハウは、私以外の人には、役に立たないだろう』ということを知っています。

However, I know well that "all of the know-how is useless expect for me"

例えば、

For example,

「努力は天才に勝つ」という信念を持っている人に、「努力では天才に勝てない」という私の主張は届きません。

I cannot deliver my policy of "My effort cannot win genius anyway", to a person who has a belief of "My effort wins genius finally"

「英語とは、TOEICの評価が重要だ」と考える人に、「英語は単語を並べるだけで良い」と考えている私の英語への取り組み方は、永久に理解されないはずです。

Nobody who thinks "TOEIC score is importance for English communication" cannot understand eternally my methods of "using English words at random without grammar and rules"

つまり、ノウハウというのは、徹頭徹尾、属人性(個々の個人に属するもの)なのです。

In short, "know-how" is based on personality at all points.

故に、他人のノウハウというのは、多くの場合、自分にとっては「生ゴミ」に過ぎません。

Therefore, "know-how" is just "wet refuse" for others in many cases.

------

ですので、私は、人に説教垂れる「こと」が嫌いですし、人に説教垂れる「奴」はもっと嫌いです。

So I don't like to give a sermon to others, and don't like a person who give a sermon to me more.

「生ゴミ」を押しける/押しつられれることと同じだからです。

I think that this is a same thing I push others "wet refuse" or I am pushed "wet refuse" by others

で、これらの「人に説教を垂れる」というイベントが頻発するのが「飲み会」です。

In addition, "drinking party" will make a lot of events of giving a sermon to others.

-----

とは言え、この考えに至ったのは、比較的最近です。

However, I didn't notice that up to a comparatively recent date.

私も、かつては、人に説教垂れる「生ゴミ」の一人だったと思います。

I am afraid that I was also one of the "wet refuses" giving a sermon to others.

が、御安心下さい。

However, you may set your mind at ease.

もう、私は、「"飲み会"で人に説教を垂れる」ことは致しません。

I will never give a sermon to others in drinking party.

過去の私の被害者には、ここで、謝罪を申し上げます。

I offer my apology over my past acts of vandalism.

とは言え、コラムや日記では、これからも、説教垂れ続けると思いますが ―― 生ゴミは、生ゴミから離れることで、匂いを感じなくなります。

On the other hand, I will continue to give a sermon to you in my columns and diary. But a smell of "wet refuses" is fading if you get away from the "wet refuse".

当面は、それで御対応下さい。

At least for the present, please compromise it with the above way.

それはさておき。

Set it aside.

(続く)

(To be continued)


2020-10-16 ―― 人を動かしたいなら「"リスク"を数値化して、"不安"を"恐怖"に持ち込め」

査読をお願いしていた機関から、私の執筆中の原稿のドラフトが戻ってきました。

My draft in progress came back from the institution I had asked to review it.

一部を抜粋します。

Here are some excerpts.

===== ここから =====

===== From here ======

なお、本文における「リスク」及び「不安」は、以下の意味で用いている。

The terms "risk" and "anxiety" in the text are used with the following meanings.

「リスク」とは、行動変容対象者(個人、企業)が受ける不利益の可能性であり、行動変容誘導システムによる行動変容の要請に承諾することで変化する。

"Risk" is the possibility of disadvantages to the behavior change target (individuals, companies), and changes by accepting the behavior change request by the behavior change guidance system.

例えば、個人においては、ウイルス性の感染症に罹患して、病欠を強いられて収入が断たれる可能性、及び、死亡する可能性などである。

For example, an individual may suffer from a viral infectious disease and be forced to take sick leave and lose his or her income, or may die.

また、企業においては、従業員に感染者が発生することによって、営業活動が中断させられ、経済的な損失を受ける可能性などである。

In addition, in a company, the occurrence of an infected person in an employee may interrupt business activities and cause financial loss.

一方「不安」とは、行動変容対象者が行動変容誘導システムによる行動変容の要請に承諾することで、他者とは異なる行動をとり、自分だけが不利益(解雇及び赤字業績など)を受けるかもしれないと感じる心配又は恐怖の感情である。

On the other hand, "anxiety" means that a person who is subject to behavior change accepts a request for behavior change by the behavior change guidance system, and acts differently from others, and only he / she suffers disadvantages (dismissal, deficit performance, etc.) feelings of anxiety or fear that you may feel.

なお、本文では、リスクとして、ウイルス性などの感染症に罹患する感染リスクを例にとって説明するが、リスク及び不安は感染症に対してのみ生じるものではない。

In this text, the risk of infection with a viral or other infectious disease will be explained as an example, however,risks and anxieties do not only occur for infectious diseases.

例えば、地震及び巨大台風などの災害では、対象者は避難しても自宅で待機してもリスクがあり、そのいずれを選ぶにしても、他人と異なる行動をする決断には不安が伴う。

For example, in a disaster such as an earthquake or a huge typhoon, there is a risk that the subject may evacuate or wait at home, and regardless of which one is selected, the decision to act differently from others is accompanied by anxiety.

これらのリスク及び不安は、行動変容の要請の承諾を妨げる要因となっている。

These risks and anxieties are factors that hinder the acceptance of behavior change requests.

以下、行動変容誘導システムについてより詳細に説明する。

Hereinafter, the behavior change guidance system will be described in more detail.

===== ここまで =====

===== To here ======

上記の抜粋を纏めると、

To summarize the above excerpts, that is,

―― 人を動かしたいなら「"リスク"を数値化して、"不安"を"恐怖"に持ち込め」

"If you want to move people, Quantify the 'risk' and Raise 'anxiety' to 'fear'"

です。

『「不安を煽って、世界を動かそう」という発想が、そもそも、古今東西の独裁者と変わらんなぁ』とも思いました。

I also thought, "The idea of 'agitating anxiety and moving the world' is the same as the dictator of the east and west in the first place."

まあ、最近は、独裁者などという立派なモノでなくても、誰でもSNSを使って普通にできるようになってきています。

Well, these days, anyone can use SNS to do it normally, even if it's not a dictator.

でも、「数値化」は、見たことがないかな。

But I wonder if I have never seen "quantification".

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私が提案している、この「行動変容誘導システム」は、

About this "behavior change guidance system" that I am proposing, even if I rewrite the following, the meaning seems to be understood.

「独裁者意志決定支援システム」

"Dictator decision support system"

とか

「炎上を援用した売名システム」

"Brand name system that uses the Internet flame"

と書き直しても、意味は通じそうです。

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まあ、審査の段階で、確実に弾かれるとは思いますが。

Well, I think it will definitely be rejected at the examination stage.