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2013-10-15 つまるところ「結婚」や「家」は、面倒で、重い、ということです。

やっと内閣府の「平成25年版少子化社会対策白書 概要版(PDF形式)」を読みはじめました。

第2回目のコラムがリリースするまでは、できる限り公的な情報に触れないようにしていたものですから。

予想通りではありましたが、これくらい「予想通りの白書」というのも珍しいなぁ、という感じでした。

ざっくり言うと、

(1)「現状のパラダイムを一欠片たりとも壊さない」というポリシーの元での、

(2)子育て環境を改善することでの特殊出生率の増加を目指す

と、いうものでした。

-----

私は、この少子化問題を、

太平洋戦争に突入するか否かを最終決定した「御前会議」くらいの緊急事態と把握されているのだろう、と思っていたのですが、

―― なんか、そういう感じが伝わってこない。

この白書の作成に係わられた方には不愉快でしょうが、

『とにかく、やるだけのことやってみようよ。あとは上手くいくといいね』

と言っているように感じます。

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えっーと、ですね、私、この理由も判っています。

これはですね、現行政府の方針である、現状の「家制度」の基盤においた対策になっているからです。

最悪なのが「三本の矢」という、結婚→妊娠→出産 というパックメニューです。

特に「結婚」が最大のガンです。

私、これまでのインタビューで「ダンナはいらんが、子どもは欲しい」という女性の声を、聞いているのです。

要するに、父親はAnonymous(あのクラッカー集団の「アノニマス」とは関係ない)で良い、という非配偶者間人工授精(AID)を前提とした、シングルマザー希望の女性は ―― 結構な数、いました。

あるいは、子どもを生む為だけの為に、男性からSEXの提供だけ受けている女性の話も、です。

つまるところ、「結婚」や「家」は、面倒で、重い、ということです。

ダンナの後ろには、興味もない他人の親(の介護など)や、「子どもを生まなければ女ではない」などという下らない考えをもつ親戚がくっついてくる―― と考えるだけで、そりゃ「結婚」なんて阿呆らしくて選択できないですよ。

「自立して生きていけるのに、なんでわざわざそんな面倒を」と思うのは、自然なことです。

誰であれ、「私は『結婚』と『家』を拒否します。子どもと二人で静かに生きていくことにしました」をいう宣言を、非難できるわけがありません。

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政府は、「家制度」を維持する為の、この結婚というこのイベントが、どれだけ出生率を下げているか、分かっていないのかなぁ?

いや、判っているはずです。このような白書を作成された人が、そのような声を「一つも聞かなかった」などという訳がない。

しかし、書かなかった。いや、書けなかった、と思っています。

それは、現日本国首相の主張する「美しい日本」を、根底から破壊する内容になるからです。そんなことをすれば、自分のキャリアに大きな「×」がつくでしょうし。

私の少子化を回避した状態の未来とは、

■母と子のペアだけからなる家族(当然、姻戚関係なんぞ絶無になる)と、

■種を提供するだけの男からなる社会(その中で、大部分の男性は、種すら必要とされない)

という感じです。

「美しい日本」がどんなものか、私は知らんし、興味もありませんが、首相や一部の政治家が、発狂しそうな未来図であることは、間違いないでしょう。

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私は、「猥雑でインモラルな日本」でも、あるいは、「美しい日本」の理想(?)を推し進めて、そのまま人口減少が進んでいっても、どっちでも構いません。

ただ、社会インフラの研究員としては、

『せっかくエンジニアががんばって作ってきた社会インフラを、人口減少などという理由で停止させたくないなぁ』

と ―― まあ、詰まるところ、その程度の意識しかありません。

問題が顕在化するのは、間違いなく私の死後ですし。


2014-10-15 で、この「情けない父親」は、どうするか、というと、コンピュータで解答を導き出してしまうのです。

The other day, I wrote my diary of the title "I can never resolve an arithmetical question that she cannot resolve."

そして、その中で「今の私は、塾の解答の解説を読んで、その内容の解釈を娘に伝えるだけの、「糸電話」のような役割にまで堕ちています」と書きましたが、

In addition, I also wrote "I am afraid that I am just a string telephone. I read the suggested answer the prep school provides, and I tell her my interruption only. "

今や、私は「糸電話」の役割すらできなくなってきました。

Now I don't work even as "string telephone"

―― 解説を読んでも分からん

"I can't understand how to resolve a question, even if reading the suggested answer"

つくづく思うのですが、過去問題の解説の記載って、本当に不親切ですよね。

I have the acute feeling, but the descriptions of collection of the past questions are not easy.

あんな、いいかげんな解説で、「この私」が理解できると思っているのか。

Who thinks that I can understand such a difficult question by the ambiguous description?

特に「組合せ問題」は最悪です。パターンの法則性を見い出せないと、手も足も出ません。

In particular, "combination question" is the worst for me. I can do anything if I could not find the pattern rules.

で、この「情けない父親」は、どうするか、というと、コンピュータで解答を導き出してしまうのです。

So, what this poor father does next is trying to use computer with programming.

#include 
#include 
 
int main ()
{
  int a,b,c,count=0;
 
  for (a=1; a<8; a++){
 
	for(b=1; b<8; b++){
 
	  for(c=1; c<8; c++){
 
		if ((a != b) && (a != c)&& (b != c)){
 
		  if (9.0 * 8.0 / (double)a + (double)b -(double)c > 75.0)
			printf("P1: %d,%d,%d\n",a,b,c);
 
		  if (9.0 * 8.0 / (double)a - (double)b + (double)c > 75.0)
			printf("P2: %d,%d,%d\n",a,b,c);
 
		  if (9.0 * 8.0 + (double)a - (double)b / (double)c > 75.0)
			printf("P3: %d,%d,%d\n",a,b,c);
 
		  if (9.0 * 8.0 + (double)a / (double)b - (double)c > 75.0)
			printf("P4: %d,%d,%d\n",a,b,c);
 
		  if (9.0 * 8.0 - (double)a + (double)b / (double)c > 75.0)
			printf("P5: %d,%d,%d\n",a,b,c);
 
		  if (9.0 * 8.0 - (double)a / (double)b + (double)c > 75.0)
			printf("P6: %d,%d,%d\n",a,b,c);
		}
	  }
	}
  }
}

(この問題が、平成何年度の何処の学校の問題か分かった人は御一報下さい(何も差し上げませんが))。

(Please contact me if you know that when and what school set questions( I am sorry but I don't give you anything) )

コンピュータによる総当たり戦をすれば、当然ですが、一瞬で全ての解答を導き出すことができます。

It is natural that all answers are going to be derived from the computer's round robin competition.

この「情けない父親」は、コンピュータが弾き出した解から、逆に解法を導くという、本末転倒な方法で娘に指導しているという、落ちぶれ様です。

This "poor father" leads the solving method from the computer's answers, and gives his daughter the method after that. How helpless he is.

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ここに、

Herein,

「問題が解けるなら、どんな手段だっていいじゃん」

"Any method is good if we could resolve a question"

という、現場問題解決指向のエンジニアのスタンスが垣間見られると思います。

You can see the engineer's stance of "spot solution's problem-oriented"

求解方法に命を賭ける数学者なら、間違いなく激怒する所行でしょうが。

If you are a mathematician who engages in solution methods, you will get mad with me.


2015-10-15 ―― 「友達がいない」ことは問題ではない。「友達がいないように思われること」が問題なのだ

―― 「友達がいない」ことは問題ではない。「友達がいないように思われること」が問題なのだ。

""Having no friend" is not a problem, The problem is "Being looked like having no friend"

は、[次女]の名言として、私の名言集に登録されています。

This is my junior daughter's quote I have registered in my mind.

―― パパに『ぼっち』を名乗る資格はない。全国の『ぼっち』に失礼だ。

"You are not qualified to write down "loneliness". You are rude to "loneliness" in Japan."

は、[長女]の名言として、こちらも登録されています。

This is my senior daughter's quote I have registered too.

その他のアニメや小説などを読んでみても、ティーンエイジャにとって、「友達」という概念は、私の目からは一種の「拷問」のように見えます。

According to their quotes, I think that a concept of "friend" is a kind of torture, from some animations and books I have watched and read.

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しかし、振り返ってみるに、昔から集団行動というものが大嫌いだった私にとって、修学旅行や遠足というのは、確かに「拷問イベント」でした。

In retrospect, for me, I dislike any kind of group action, so any school trip and excision is absolutely torture events.

特に「班分け」という、

Especially, "division into small groups", that means,

―― 校外において、教師が、生徒を管理する負担を減らすために存在している

a system of avoidance of responsibility for teachers in order to reduce their tasks in field activities,

責任回避システムの為、私は随分苦労させられたのを覚えています。

annoyed me very much.

こういう「拷問イベント」の度に、私は「ぼっち」を回避する為に、姑息な裏工作をしなければなりませんでした。

Whenever I faced these torture events, I had to make underhanded deals in order to avoid "loneliness".

心底、気が重くて、うんざりでしたものです。

I thought to be depressed and be disgusted indeed.

(続く)

(To be continued)


2016-10-15 「ダイエットに勝る、アンチエイジングなし」

荷物の整理をしていたところ、15年前のビデオテープ(VHS)が山のように出てきました。

When I was going through storehouse, and I found a lot of VHS tapes in the warehouse.

現在、それを、埃を被っていたVHSレコーダで再生し(まだ動いた)、DVDに焼いて、さらにパソコンに取り込む作業を実施しています。

So I work the VHS recorder (still runnning) , and burn it to DVD, and the captured data to my PC.

VHSテープが結構あるので、長期戦になりそうです。

It will be a long war because of many DVD tapes.

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で、今回驚いたのが、15年前の私が、今の私より、はるかに「おっさん」に見えたという事実です。

To my suprise, I who was 15 years ago, seemesto much "old man" than I am now.

簡単に言えば「太っていた」のですよ、今よりもかなり。

Simply speaking, I was "fat" 15 years ago, rather than now.

太っているだけで、歳をとっているように見えるのは、奇妙にも感じますが、事実です。

I feel strange to be looked an old man who became just fat, but it cannot be helped, because it is fact.

私達には、

We, human being, might be inprinted, like

―― 人間は、歳を取ると太っていく

"human being becomes fat as they become old.

という、刷り込みがあるのかもしれません。

The other days I had tried many analyses about diet from the view of private merit, however, I passed over "a man of 15 years ago".

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通販チャンネルなどでは、飽きることなく、各種のアンチエイジングの手法や小手技(化粧)が紹介されていますが、

In the TV program of mail-order, they do "methologoies or making-ups for anti-aging" to death, however I think that I can tell you,

「ダイエットに勝る、アンチエイジングなし」

"No way to succeed in "anti-aging" except for loss weight"

と言い切っても、良いのではないかと思います。


2017-10-15 ―― リーダーって、教育できるものかなぁ

リーダーを育成する学校、というのがテレビで見られるのですが、

A school that fosters leaders can be seen on television,

―― リーダーって、教育できるものかなぁ

"How to make readers in the educational process"

と私は、思っています。

I think.

だって、そういうもの(リーダー)を不要とする為に、企業には職位というものがある訳ですよね。

There is something called a position in a company, not to make such a leader unnecessary.

リーダーと職位が併存しているという事実は、「リーダー」という存在を否定しているんじゃないんでしょうか。

The fact that a leader and a position are coexisting does not deny the existence of "leader".

あ、ちがうか。

It is different isn't it?

「出生して職位を上げる為の教育」であるなら、それは、矛盾しません。

If it is "education to raise the position", it is not contradictory.

しかし、それなら、「リーダー教育」というカンバンはおかしい。

But then, the nomine "leader education" is strange.

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私にとって、「リーダー」は分かりかねるのですが、

For me, I cannot understand "leader", however,

少なくとも「私はこの人に付いていくぞ」と思った人は、私の人生においては、一人もいませんでした。

There was no one, I think, "I will follow this person", in my life.

私は、私の利益になると判断できる人の指示は聞きますが、

I will listen to instructions of those who can judge me to be profitable,

私は、私の不利益になると判断した人の指示は、聞いたフリをします。

I will pretend to hear the instructions of those who judged me to be disadvantageous.

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もっとも、そんなことは、直ぐに気が付かれます。

However, it is easy to be noticed soon from anyone.

人間が、人間を欺き続けるのは、結構難しいからです。

It is quite difficult for humans to keep deceiving humans.

だから、チームメンバが「聞いたフリ」をしているのを、チームリーダーは「分かったフリ」をして ――

A team members is doing "pretending to hear" and a team leaders "pretending to understand",

結局、チームというのはそういう風に運営されていくと思うし、

After all, I think that the team will work in that way, and

それで別段問題があるようには思えないのです。

it does not seem like there is another problem.

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そんな訳で、私は

For that reason, I want to experience, even just one time is enough fro me,

『その人に惚れて、その人に付いて行く』

"Deeply impressed with a person's character, I will follow him/her"

ということを、一度でいいから体験してみたいのです。