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2013-08-05 女性上司マジョリティ脅威論

本日はその続編です。

先日、本件に関して記事を読んでいたら、「女性役員、女性管理者を増やすという、国策(?)」について、ある女性の方が、ブログで、

―― いらんことするな

という主張をしていました。

「これまで、男性上司に対して有効であった、『ヤバい時の泣きマネ』が通用しなくなる世界は、脅威であり」

「女性役員、女性管理者が、マイノリティ(少数派)であるうちは良いが、そのような上司が増えれば、旧来の『女の武器』を使う機会が脅かされる」

のであると。

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まあ、男の上司は、女性の部下を叱責している時に、いきなり「泣かれ」たら、うろたえてしまうことは、想像に難くありません。

回りから見ても非常に印象が悪く、マネージメント能力に、×印をつけられて、下手をすれば降格の理由にもなりかねません。

そう考えると、これは、確かに「強力な武器」であることは否定できません。使い方によっては「暴力」にもなると思う。

比して、ここに女性の上司が表われて、『ヤバい時の泣きマネ』を発動したら、どうなるか。

―― そりゃ、「スルー」されるだろう

と思えます。

女性管理者は、その武器を使わないで修羅場をくぐってきたのであれば、そんなものによる反撃は、怖くも何ともないでしょうし、回りの目だって、全然印象は違うでしょう。

確かに、これは、多くの働く女性にとって、半端でない「脅威」と「機会損失」となるのかもしれません。

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とは言え、私もこのブログを本気で読んいた訳ではありません。

筆者が本気でこんな意見を言っている訳ではないことは、文体から読み取れましたし、基本的にはブラックユーモアの類であることは、よく分かっています。

しかし、そんなことはどーでも良いのです。

私が私自身に、かなり絶望したことは、

―― 一瞬でも、私がこの意見(女性上司マジョリティ脅威論)の可能性に達することができなかった

という事実です。

つまり、「マジョリティとしての女性役員、女性管理者」の意味(というか効果)に、全く至れなかったということです。

私は、自分では性差を気にしていない人間と信じていたのですが、実際のところ、こういう「思い込みをしている奴」ほど、たちが悪い上に、業が深い。

私を含めて、こういう奴等は、「リベラルな主張を理解していれば足りる」と信じている分だけ、物事の見方に多様性がなく、詰るところ

―― 何も分かっちゃいない

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嫁さんに、こういう「女の武器(『ヤバい時の泣きマネ』等)」を行使したことがあるか、と尋ねたところ、不快そうな顔で

『そんなこと、考えたこともない』

と、断言されました。

一方、長女(中学生)に、こういう「女の武器」を行使する予定があるか、と、尋ねたところ、真剣そうな顔で、

『そういう効果が見込めるのであれば、行使を躊躇(ためら)わない』

と、断言されました。

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たった2件のインタビュー結果ですが、こんな身近に、これだけの真逆の意見が存在しているのです。

このような意見を「一元化」して把握するのは、無理なのかもしれない、と思います。

この問題を、全体感をもって把握する為には、

「一度、女性として生まれ変わる」

しか方法がないのかもしれません ―― と、諦めかけています。


2014-08-05 カレーと恋愛は似ている、と思いました。

(昨日の続きです)

早速「グリコのLEEルウ 辛さ×20倍」を食したのですが ―― 辛くない。

Though I tried to the "Twenty times spicy" curry, it was not spicy.

最初は、娘達用の、中辛カレーと間違えたかな、とも思ったのですが、間違っていませんでした。

At first, I thought I took curry and rice for my daughters by my mistake, it was correct one.

おかしい。

It was odd.

前回は、あんなに辛くて、水を何倍もおかわりしながら、汗をたらして食していたというのに。

Last time, I felt extremely spicy, and kept eating in a sweat with a lot of glasses of water.

食感としては、中辛よりも甘口の感じ。

It was rather sec than demi-sec.

何か変だなーと思って、食べながらいろいろ考えていたのですが、一つ思い当たることがありました。

I was eating the curry and rice with odd feeling, and I came up with one reason.

中本の「北極ラーメン」。

"Hokkyoku-Ramen" at Nakamoto.

私は、あのラーメンを週1回食することを自分への義務としており、その日を楽しみに毎日を過ごす日々です。

I have decided to go to eat the Ramen once a week, and I am looking forward to coming the day.

「北極ラーメン」が、私の味覚の一部を、著しく鈍化させているというのは、ありそうな話です。

It is likely story that “Hokkyoku-Ramen" might destroy a part of my sense of taste of mine

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カレーと恋愛は似ている、と思いました。

I think curry is similar to romance.

「好きなところ」を見続けていると、「好きなところ」が日常となってしまい、平凡な日々に転落してしまうという悲劇。

It is tragedy that if we keep watching our favorite point of my lover, it become to be lost in my ordinal days.

私の人生における至福の一つ「辛さ」を堪能する為には、自ら、その「辛さ」から遠ざかる勇気が必要なのかもしれません。

In order to enjoy "spicy" for my life, we might have a courage to escape from the "spicy" itself.


2015-08-05 ―― この看護婦たちは、その重さの金塊と同じ価値がある

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

ナイチンゲールは、クルミア半島の闘いの中、最後まで戦場に残って医療に従事した、同胞の看護婦を

I hear that Florence Nightingale in a fight of the Crimea said that the nurses who had engaged in medical care, in the battlefield until the end of war,

―― この看護婦たちは、その重さの金塊と同じ価値がある

have value same as a lump of gold of the weight.

と言ったそうです。

私も、

I also believe that

―― めんたいこは、その重さの金塊と同じ価値がある

"walleye pollack roe" has value same as a lump of gold of the weight.

と思うのです。

『白い御飯にめんたいこ』

"walleye pollack roe" on the rice.

これは、世界最強のペアであると考えています。

I think that this is the best food pair in the world.

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ですから、江端に何か仕事(文章を書かせるとか)をさせたいなら、

If you want to make Ebata work for something (writing,e.t.c),

you give him not

「山吹色のまんじゅう(小判)」

"Steamed bun (oval gold coin) of the bright golden yellow"

よりも、

but

「紅色のめんたいこ(そのもの)」

"Walleye pollack roe of the bright red"

を手土産にお持ち頂くと、動かしやすいと思います。

to pursuit your wish smoothly.

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気をつけて頂きたいのは、私の嫁さんの実家の九州から、本場の最高級のめんたいこが、時々送られてくることです。

You should pay attention that I often get "Walleye pollack roe" of the genuine highest grade, from my wife's parents' house in Kyushu area.

江端は、「めんたいこマイスター」としては、上位にランクすると自負しております。

I believe that I am ranking the high level as "Walleye pollack roe" Meister.

スーパーの特売のめんたいこなんぞをもってきたら、仕事どころか、いらん敵を作ることになりかねませんので、ご注意下さい。

If you give me a "Walleye pollack roe" of a supermarket, you will make unwanted enemy, far from good job. Please be careful.


2016-08-05 ―― その1票、300万円

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

「投票したいと思う人が絶無」という状態であって、

Under the condition of "no person who I want to vote",

「100%投票したいと思う人を作る」為に、

in order to create a new person who I want to vote,

一番てっとり早い方法は、

the rapid way is that

「自分が立候補すること」

"I become a candidate"

ですよね。

don't I?

他人の投票など(149(150-1)票)は、本当にどーでも良くて、

I don't care of other's votes at all,

当選することなど眼中にもなくて、

I don't care to win the election, either,

自分が納得いく、その1票の為だけに立候補する。

I become a candidate for my satisficing one vote.

―― その1票、300万円

"The cost of vote is three million yen"

『かっこいいじゃねえか』

"How cool I am."

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これが、「節税対策」とか「金持ちの道楽」とか「自己顕示欲の塊であるナルシスト」とか、

In fact, I don't want to think about "tax-reduction strategy", "the rich amusement" and "exhibitionist or narcissist". in the present.

そういう方向では、なるべく考えないようにして、自分の仮説に酔っている最中なので、

Because I am fascinated with my hypothesis.

今は、いらんチャチャは入れないで下さいね。

So please leave me alone for a while.


2017-08-05 江端:「私は、他人の前で、アンダーシャツ一枚になる機会はないが」

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

なんのことはない、日々の激辛スパイスの濫用によって、私に「激辛」に対する耐性がついてしまっただけのことです。

It is so small a matter that I can acquire a tolerance against super-spicy taste by having dairy super-spicy foods.

北極ラーメンフリークとしては、「北極ラーメン」への冤罪は、晴らしておくべきでしょう。

As a Hokkyoku-ramen freak, I should resolve a bad rap of "Hokkyoku-ramemn.

それはさておき

Set it aside,

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最初の話に戻ります。

Go back to the board.

私は、帰宅後、空腹を感じるようなことがあったら、唐辛子とニンニクをタップリ投入した「もやし炒め」を作って、一人で食べています。

After coming back home, when I feel hungry, I make a dish of bean sprouts saute with much chili pepper and garlic, and eat it alone.

この料理は、炭水化物が全く含まれていない、低カロリーの一品で、深夜に食べても体重への影響はほとんどないことは、長期の観察の結果から、裏が取れています。

This dish doesn't include carbohydrate at all, and is low in calorie content. So I know that I have already confirmed that there is no impact against dieting from long term observation.

帰宅後には、一風呂あびて、下着(シャツとブリーフ)になって、それらの料理を作り、食しているため、シャツに、唐辛子のスープが跳ね飛ぶようです。

After coming back home, I take a bath, and cook and eat it with only underware (trunks and shirt). So the soup of chili pepper will splatter and adhere to my shirt.

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先日、嫁さんから

The other day, my wife complained to me.

「シャツに唐辛子の赤色が付着して、落ちないんだけど」

"I cannot get "red" stains out of your shirt"

とクレームを受けました。

江端:「それって、アンダーシャツのことだよね」

Ebata:"Did you said about my underware?"

嫁さん:「そうだけど」

Wife:"Of course"

江端:「私は、他人の前で、アンダーシャツ一枚になる機会はないが」

Ebata:"I have never had a chance to show my shirt to others as I remember it"

嫁さん:「そういう話かな」

Wife:"Are we going to talk about it?"

(続く)

(To be continued)


2018-08-05 宗派、家紋、親戚縁者、出席者 社会的ステータス ―― 一切興味なし。

今回、人生で始めて「喪主」というものをやったのですが、ほとんどの準備は、葬儀サービス会社がやってくれました。

I worked as "mourners" for the first time in my life, but most preparations were done by a funeral service company.

私は、工場の製造ラインの上を動く「缶詰」になったような気分でしたが、心底助かりました。

I felt like I was "canned" moving over the factory's production line, but honestly I was relieved with my heart.

何をしたら良いかは、全部、葬儀会社の人が教えてくれて、メニューを選ぶだけで、トントンと葬儀の準備が進行していくので、随分、ラクができました。

The persons of the funeral service company advised what I should have done, and the preparation for the funeral progresses. S I was given a lot of ease.

普段から、高速化、効率化、省コスト化を、骨の髄まで叩き込まれている、システムの研究員にとって、

For researchers in the system, which are pushed down to the brain's mind, to speed up, to increase efficiency, to save costs usually, I think,

『このように体系化された葬式システムから学ぶものは多い』

"There are so many things to learn from this structured funeral system"

と思います。

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まあ、これは、私の職種だけでなく、私のマインドに因るところも大きいと思います。

Well, I think that this is due not only to my job, but also to my mind.

宗派、家紋、親戚縁者、出席者 社会的ステータス ―― 一切興味なし。

I don't care about sects, family crests, relatives, attendees social status at all.

葬儀会場の規模、意匠、供花、電報、お坊さんの説教、なにもかもが、私の琴線に触れません。

I am not interested in funeral hall location, design, flower arrangement, telegram, monk's sermon, etc.

正直、私は、「父とのお別れ会」をしたいだけで、それ以外なものは、全部オマケみないなものです。

To be honest, I just wanted to do a "farewell party with my father", but the others were out of my scope.

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とは言え、父は、私の個人的な所有物ではありません。

Nonetheless, my father is not my personal possession.

父は、父の人生とともに歩んで頂いた方達のものでもあります。

My father had walked with others for his life.

だから、私がワガママをいって自分勝手に振る舞ってはならないと思いますし、その方たちに、父とのお別れの機会を提供するのは、喪主の勤めだと思っています。

So, I do not think I should go behaving selfishly, and I think that providing the opportunities for farewell to his father is the work of the mourner.

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加えて、葬式というのは、故人とその血縁者ののステータスを客観的に示す場である ―― これは否定できないと思います。

In addition, the funeral is a place to objectively show the status of the deceased and its relatives - I cannot deny the fact.

会場が大きくて、供花が多くて、参列者が多い、というのは、故人の信用であり、家族の誇りでもあります。

A big venue, many flowers, and many participants will show the credit of the deceased and a pride of the family.

特に、血族関係が重要な意味をもつ、資産家、政治家、会社や店舗の経営者などでは、「後継者の披露」という意味合いもあるでしょう。

Especially for asset owners, politicians, executives of companies and shops, where blood-related relationships have important meanings, there may be implications of "showcase of successors".

これは、結婚式などにおいても同じことです。

This is the same in wedding ceremonies as well.

これらの考え方は、個人の主義主張は勿論、その地域の文化は風習にも根差しており、粗末に扱って良いものでもないでしょう。

These thoughts are based on as individualism's assertiveness, or rooted in customs in the regional culture. So I don't think that we make them poor.

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それでも、なお、私は、それらの全てが「故人の意思」を越えるとは思っていません。

Even so, I still do not think that all of them will go beyond the will of the deceased.

「故人の意思」に反する葬儀は、許されるべきではありません。

The funeral against "the intention of the deceased" should not be forgiven.

(続く)

(To be continued)


2019-08-05 ―― NHK(地上波)だけが表示されない

先日、「テレビの画面が映らなくなり、その後、クーラーによる冷却で機能の一部が回復した」という日記を書きました。

The other day, I wrote the diary about "The TV at the living room had not worked, and after that the parts of function has recovered by a cool air from of an air conditioner"

で、「クーラーによっても回復しなかった機能」に、

One of the un-recovered function by the air conditioner, is

―― NHK(地上波)だけが表示されない

"Only NHK(surface wave) is not displayed"

があります。

正確に言うと、NHKのチャンネルだけ、スクランブルをかけられたような映像が表示されて、音声は一切再生されない、という故障です。

To be precise, the trouble is "Scrambled video displays and nothing sounds in the NHK channel"

昨今のNHKの受信料問題で揺れる最中の、この故障は ―― なかなか、興味深いテーゼを発生させてくれた、と思っています。

Now we dispute NHK's fees for television viewers, so I think that this un-recovered function gives me rise an interesting problem.

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ご存知の通り、江端家は、NHKの受信料金を支払っています。

You know, The Ebata's pay for NHK's fees for television viewers.

日常的に、NHKの番組を視聴しているから ―― つまり「受益者負担の原則」に基づいて支払いをしている訳です。

The reason why the Ebatas pays is that we watch the NHK programs based on a "benefit principle".

さて、現在、江端家は、今後、新しいテレビを購入するまでの期間は「受益者負担の原則」が成立しないことになります。

Well at the present, both NHK and the Ebatas cannot go the "benefit principle" by getting a new TV.

放送法上の「テレビ受信機の設置」には該当すると思いますが、NHKが完全に視聴できない状況下です。

I think that it corresponds to "the installation of the television receiver" in the broadcast law, but it is the situation where I can not watch any NHK program completely.

こういう場合は、法律上、どういう取り扱いになるのかぁ、と、考えています。

I don't know how we should manage the fee in the eye of the law.

しかし、故意でもなく、過失でもなく、NHKの放送が受信できななくなった機器に対して、NHKの受信料金の支払い義務は発生するのか ―― 誰かご存知でしたら教えて下さい。

I hope you will give me whether the Ebatas should pay for the fee about the device that cannot receive NHK contents at all, liability without fault.