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2011-07-27 作、演出、私。

ティーンの子供達は、

「自分の活動を親に見て欲しい/欲しくない」

の2つに分かれるようですが、私の二人の娘は両方とも「見て欲しい」に属するようです。

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親の方が

「子供の活動を親に見に行きたい/行きたくない」

に分かれるかどうかは不明です。

私の場合、「運動会」などはあまり興味が出ません。

「俊足」とは真逆にあった私にとって「運動会」などは恥辱の発表会であり、呪わしいイベント以外の何ものでもありませんでした。

今でも、娘が出場するイベント以外では、日陰で本を読んでいます。

しかし、これが「お芝居」となれば別です。

小中学校で、寸劇の脚本、演出、出演の全てを担当してきた私としては、当然に血が騒ぐ訳です。

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関東地区の中学校の大会ということで、娘が登場をしているものを含めて、2本を丸々見てきました。

感想は、「中学の演劇のレベルも、相当に高いのだな」ということです。

しかしレベルが高いだけに、演出等、例えば、セリフの回しかた、間の取り方、立ち位置など、細かいことが、始終気になり、逆にストレスにもなっていました。

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まあ、そんな訳で、多分厳しい顔をしていたんだろうと思うのです。

休憩時間に、私がトイレに入っていくと、どこかの中学校の演劇部と思われるの青年から、『お疲れ様です!』と礼儀正しく敬礼されてしまいました。

(あ、学校関係者(多分、演出者)と間違えているな)と思いましたが、そこはそれ、私も、かつては役者の端くれ。

「うむ、ご苦労である」と言う風に軽く頷き、彼に目でエールを送ったのであります。

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本番が終って、ちょっとハイになっている娘を含めて、レストランで夕食を食べました。

「あのさ、『保護者が脚本を書いて提供する』っていう前例って、かつてあった? 『演出までさせろ』とまでは言わないから」

娘は、また、この父親が何か変なことをたくらんでいる、と危険を察したのだろうと思います。

「ない」と、言下に却下されました。


2013-07-27 「電子回路少年」へのエール

我が家の、ハンディビデオカメラの充電池が寿命となり、フル充電しても10分も持たなくなりました。

電気量販店に問い合わせたところ、同型の充電池は在庫期間を経過しており、新型では酷く値段が高いことが分かりました。

しかし、単に、電気を供給できればいいのだから、市販の電池を外部電源として取り込める外部パックを自作ことにしました。

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本日、午前、秋葉原でのミーティングに参加してした後、駅前の秋葉原電気会館のパーツ屋で、必要な部品を購入していました。

私が、目的の電池パックを見つけて、購入しようとしてたところ、小学生4年生くらいの、坊主頭の少年が二人、店の親父さんと話をしていました。

その少年が、親父さんに見せていた本は、その劣化具合から、約20年以上も前の、少年向けエレクトロニクス工作の本、と分かりました。

少年が示したページには、「自律走行型の手作り戦車」のページが開かれていました。

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親父さんは、優しい声で、少年に教えていました。

「まずね、こっちでこの光センサを買う前に、この「57」のICを先に手に入れた方が良いよ。もう売っていないかもしれないからね。」

「1階の○○商店の人に、「57」のICがあるか尋ねてきてごらん」

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その様子を見ていて、私は、ここ何年か感じたことがないくらい、嬉しくなってきました。

そして、すでに何分も待たされているにも係わらず、笑顔で、その少年達と親父さん達の会話を見つづけていました。

一瞬、『その少年達の買い物を助けてやろうか』とも思いましたが、グッと思い留まりました。

『ここで大人が手を出してはならない』と思いまして。

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少年達が、一階に走ってかけ降りていったところで、私は店の親父さんに、電池パックの他、必要な部品を出して貰いながら ―― 私としては、大変珍しいのですが ―― その親父さんに語りかけました。

江端:「いいですね。電子回路の部品を求めて、秋葉原を走り回る小学生が見れるとは、今日は本当についている」

親父さんは、軽い無言の笑顔で、私に応えました。

江端:「やっぱり、夏休みになると、あのような電子工作少年が現われるのですか」

親父さん:「いや、最近はさっぱり見ないね。珍しいよ」

江端:「そうですか。寂しいですね」

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彼らの、恐らく人生最初の夏休みの電子工作は ―― 失敗する。

電子回路は、例え、それが子供向けのものであろうとも、例え、一箇所の配線ミス、極性間違い、接続不良であろうとも、ピクリとも動かないのです。

電子回路には「半分だけ動く」ということは、絶対にないのです。「動く」か「動かない」の2つの状態しかありません。

組み立てるだけで100%完成する、紙細工やプラモデルと、電子回路の決定的な違いは、そこにあります。

その原因を追求していく為には、一つ一つの原因を、丹念に潰していく必要があり、最初はどうしても、失敗とそれによる小遣いの損失からスタートしなければならないのです。

彼等にとって、この暑い夏が、最初の挫折になることは、ほぼ間違いありません。

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電子工作少年になれるかどうかの瀬戸際は、そこで「挫折するか」「立ち向かうか」です。

ちなみに、私は「挫折」組です。

高校生までの電子回路は、全部動きませんでした。

大学の研究で作った自走リモコンカー(ファジィカー)にしても、友人のアドバイスがなければ、作れなかったです。

私が、自力で電子回路を作り切ったと言えるのは、35歳を過ぎでからの、これが最初ではないかと思います。

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『がんばれ、少年! 君達の敗北は折り込み済みだ。だが、まあ、とにかく続けてみろ』と、心の中で、彼らの背中にエールを送った私でした。


2014-07-27 難しいことを難しく書くことや、易しいことを難しく書くことは簡単です。

難しいことを難しく書くことや、易しいことを難しく書くことは簡単です。

It is easy to write something difficult to difficult or something easy to difficult.

しかし、難しいことを易しく書くのは、とても難しいです。

However, it is difficult to write something difficult to easy.

そういう観点で見ると、最近面白かった本は、

From the viewpoint of the above, the following two books were very interesting for me.

が、上げられますね。

前者のケースでは、「サンプルが10ポイントもあれば、正規分布曲線のグラフに乗せて良い」というバッサリ解釈に、感動しましたし、

_ As the former book, I was moved a rough interpretation that I can use interpretation if I have ten data.

後者のケースでは「『いじめ』は、止めに入らず、傍観者として見過す」のが最適戦略であることが数値的に示されていて、大変納得感がありました(その対応策もちゃんと明記されています)。

As the latter book, I can understand the optimal strategy against bullying in school, that we don't do anything if someone faces bullying. (Of course, there is an explanation against this problem.)

あ、そうそう。「神は信じた方がいい」のゲーム戦略から見た解釈が、痛快です。

Of course, the interpretation of "Trust in God) as a game strategy, is quite delightful.

(続く)


2015-07-27 ―― アンケートに答えてやっているのに、この野郎、何をエラそうに

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

これとは逆に、アンケートをお願いする際に、記述フォーマットを規定して、厳しく守って頂く、という方法もありますが、私だったら

In opposition, when I ask for a questionnaire, I could prescribe a description format, and have you protect the format.

However if I were you,

―― アンケートに答えてやっているのに、この野郎、何をエラそうに

"How rude this EBATA is! I am a volunteer of questionnaire!!"

と怒って、アンケートメールを削除してしまうでしょう。

and I would delete the mail as soon as possible.

-----

その他、読者の方から、「クラウドのアンケートのサービス」の利用のご提案も頂きましたので、今後は検討したいと思います。

In addition, I want to examine "a cloud service of questionnaire" in future, a reader advised me.

しかし、「メールが来た時に、頂いたアンケート結果のコメントを読むのが楽しい」という私の嗜好もあるし、

However, I am looking forward to reading the questionnaire mail as soon as I get it.

メールで返事するという労を取って頂き、アンケートにご回答して頂いた方には、やはり感謝の気持も出てきます。

And I would like to say "thank you very much" for all people who gave me the mail in this questionnaire.

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纏めますと、

In conclusion,

―― 私は、矛盾したことばかりを言っている

"I say many contradictions in this diary"

ということになります。


2016-07-27 『シュタインズゲートを思い出そう運動』(その2)

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

特に、エヴァの連続して稼動できる時間が数分間(6分?)のみ、というのも良いです。

Especially, I live the setting of ""Evangalion can continue to work only for six minutes"

これは、ウルトラマンが連続して戦闘できる時間が3分だけ、というのにも通じています。

This is similar to the battle period of Ultraman.

制限時間や締切があると、異様に燃えて、意外な力を発揮するのは、私達の日常生活でも観測できます。

We can observe that thank to deadline and time limit, we can bring out an extraordinal power with burning in our daily life.

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私のノートパソコンのバッテリーも、10年以上使い続けて、今や、電源から切り離された状態では、20分以上稼動することができません。

A battery of my NotePC has already exhausted, and the NotePC can continue to work for less than 20 minutes.

私は通勤電車の中で、毎日、この日記を書いていますので、20分以内の執筆完了が勝負です。

I am writing this diary in a commuter train everyday, so only 20 min. is give for writing time.

結構、苛酷な作業になっております。

It becomes hard for me, eventually.

「バッテリーくらい買えよ」と言われるかもしれませんが、

You might say that "buy another battery", however, the fact of

―― そのバッテリーの値段が、このノートPCの本体(中古)の値段より高い

"the cost of battery is more expensive than that of used this NotePC"

という事実が、私に購入を思い留まらせるのです。

makes me stop purchasing the battery.

まあ、それ以上に、そのバッテリーを購入する資金もないのですが。

Moreover, I have no money to buy it.

(そんな金があれば、EtherCATマスタを作るための、ラズベリーパイを購入したい)

Even if I have the money, I will prefer to buy a raspberry pie (board computer) to make EtherCAT master.

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と、今、ここで気がついたのですが、

I have noticed just now,

「エヴァ」の6分間は、なぜこのような制約がついたんでしたっけ?

"Would you please tell me why Eva should have a restriction of the six min ?"

もし、単なる資金の問題だとしたら、

If it is a problem of the cost,

なかなかショボイ理由で、―― 凄く共感できそうです。

the reason is poor, and I can sympathize with it.


2017-07-27 ―― 政治、宗教、野球、恋愛については、人と議論してはならない

本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, new my column is released, so I take a day off.

"Over the AI(13) ---- beyond a reach of our imagination of AI"

Artificial intelligence remains weak ---- "How to make "strong AI" with fear of death

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処世術として、良く言われることの一つに

There is a famous "how to get on in the world"

―― 政治、宗教、野球、恋愛については、人と議論してはならない

"Don't discuss politics, religion, baseball and love affair to others"

というものがあり、私は、このフレーズを守って生きています。

I have kept this phrase absolutely.

(まあ、時々、これらのネタについて『書い』てはいるのですが、他人の『議論』はしません)

(Sometimes I write about these issues, however, I never discuss them)

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さて、実は、今回のコラムは、EE Times Japan編集部の担当者のMさんより、以下の文章について、削除を依頼されました。

In fact, at this time, Ms.M who is working on my columns at the EE times Japan office, asked me to delete the following lines.

私は、このMさんの判断を「正しい」と思いました。

I could agree with her, because I think that her judgement was really right.

「宗教」については、いらんことは書かないに限ります。

The best thing to do is that "we don't talk about "religion"".

この辺については、Mさんも私もよく分かっているので、「あ・うん」の呼吸で合意しました(と思う)。

Both Ms.M and I know well, so we can come to compromise about this issue easily,

----

ですが、折角書いたので、私の日記の方で復活させてみます。

Now that I've taken the trouble to make the writing, so I want to attempts to revive.

こんな内容でした(英語版は省略します)。

like the following(I omitted the English version).

============= ここから =============

江端:「『あの世』やら『来世』なるものが同時に2つ以上存在する、などと言っている宗教は1つもないのだから、そういう理不尽で不合理な裁判システム(最後の審判)を採用しているシステムは「併存できない」と考える方が自然だろう?」

次女:「確かに」

江端:「さらに腹が立つのが、イスラム教のジハード(聖戦)という概念だ。イスラム教の教義の為の戦争で、 ―― イスラム原理主義者の一部のカルトたちは「自爆テロ」も「ジハード」であると言い張っているんだけど ―― 死んだら、手続、裁判一切不要で、天国(*1)(*2)直行便が確定するんだ」

(*1)コーラン0節から24節の江端的解釈→『至福の楽園の中に住み、永遠の若さを保ち、24時間、飲み放題食い放題サービスを受けながら、美しい美女たちを自分の回りにはべらせ続けられる』(https://ja.wikipedia.org/wiki/天国 (イスラーム))

(*2)イスラム教の開祖の一人によるコーラン第55章への言及→『天女達(フーリー)は、天国に来たイスラーム信者の男性のセックスの相手し、一人につき72人のフーリーが相手をする。彼女たちは永遠の処女であり、セックスを行い処女膜が破れてもすぐさま再生する』(https://ja.wikipedia.org/wiki/フーリー)

次女:「・・・」

江端:「こんな理不尽(で下品)な話があると思うか? もしパパが、そんな馬鹿げたテロの巻き添えで殺されたら、パパは、たった一人でも、その「天国」なるところに報復テロを仕掛けにいくぞ(*3)」

(*3)こういう俗物で下品な天国のイメージで、カルト化した信者(特に若人)の自爆テロへの心理的しきい値を下げさせていることは事実のようです。しかし、本来、イスラム教とは、、唯一神のもとでの人間の完全フラットな平等と自由と、世界平和を説く宗教で ―― そして、イスラム教徒のほとんどは、そういう方々です。

次女:「ちょ、ちょっと。パパ、怖いよ。うん、「パパは『あの世』とか『来世』を信じていない」でいいよ」

============= ここまで =============


2018-07-27 まあ、そんな感じで、出雲大社に到着した私は、歓喜の声を発していた訳ですよ。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

勿論、古事記や日本書紀は国家(当時の政府)によって編纂された公文書ですから、当然、国家権力側に都合よく記載されているハズです。

Of course, since Kojiki and Nihon Shoki were official documents compiled by the state (the government of the time), it is natural that they were described conveniently on the state power side.

公文書に、"ウサギ"やら"ウンコ"やら、ましてや"不平等な譲渡契約"の話を記載したのには、それなりの意義がある、と考えるべきです ―― そうでなければ、当時の政府は「単なるバカ」です。

It should be considered that there is reasonable significance in describing the story of "rabbit","feces","inequitable transfer agreement" in the official document. Otherwise, the government at the time was "just a fool".

権力側の公文書の目的は、基本的に「新興勢力による権力奪取の正当化」です。

The aim of the official document on the power side is basically "justification of the deprivation of power by emerging power".

少くとも、出雲の神話に関しては、「先住の神 v.s. 新興の神(天皇の祖先)」という対立構造で、新興勢力(朝廷(天皇サイド))による、地方豪族の制圧(鎮圧)を正当化するストーリーとなっている訳です。

For at least the myth of Izumo, based on the confrontation structure of "God of Nativeism v. Emerging God (Emperor's ancestor)", the story was made to justify the suppression (suppression) of regional clans by emerging forces (courtiers (Emperor Side)).

まあ、そんな訳で、

Well, for that reason,

「今上天皇(現在の天皇陛下)ですら、出雲大社の本殿には入れない」

"Even the present Emperor can not enter the main shrine of Izumo Taisha"

という話は、そりゃ、神話の話を素直に解釈すれば、もっともな話です。

The story is, if you interpret the myth story obediently, very natural.

『被征服者(先住の神)が、征服者の末裔(今上天皇)を、自分の家(出雲大社)の"リビング"に招く訳がない』からです。

"There is no reason for a conquered person (a god of indigenous people) to invite the descendants of the conquistador (the present Emperor) to the "living room" of his house (Izumo Taisha).

このように、神話の世界が、現在まで繋っていることに、私は、果てしないロマンを感じるのです。

In this way, I feel endless romance in what the mythical world is tied up to now.

-----

まあ、そんな感じで、出雲大社に到着した私は、歓喜の声を発していた訳ですよ。

Well, like that, I who arrived at Izumo Taisha Shrine, was delighted with voices.

―― 「おお、スサノオの社が、意外に小さいぞ!」(スサノオは各地に本社があるから、いいんです)

- "Oh, the shrine of Susanoo is surprisingly small!" (Susanoo has its headquarters in every place, so it is OK)

―― 「なんと、出雲にウタノミタマノカミの社まであるのか!!」(ウタノミタマノカミは、本来は、自然発生的な穀物の神ですが、スサノオの娘という伝説も、兄妹という伝説もある)

- "What, is there even shrine of Utama-no-Tamano-Kami in Izumo !!" (Utama-ni-Tamano-Kami is originally a god of spontaneous grain, but there is a legend that is Susanoo's daughter, or legend that is brother and sister is also is there)

―― 「ここが、神無月(地元では"神有月")の期間中の八百万神(やおよろずのかみ)の宿泊施設か~。うん、"ショボイ"な。ここに800万も宿泊できるのかな?」(800万は、東京都民人口のザックリ7割)

- "This is the accommodation facility of the 8 million gods (Yaorozunokami) during the period of Kannazuki (October) ... Yeah," It is a small facility ".8 million lodging here is really possible? "(8 million is 70% of Tokyo population)

(続く)

(To be continued)


2019-07-27 ―― シュレーディンガーの体重

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

SNSでも、Webでも、何でも構いませんが、「世界中に自分の毎日の体重を公開し続ける」ことができれば、かなりの効果が見込めます。

It doesn't matter if you use SNS, the Web, or anything, but if you can keep your daily weight open all over the world, you can expect significant benefits.

言うまでもありませんが、SNSでは実名で、写真付きで登録して頂く必要があります。

Needless to say, in SNS, you need to register with photos and real names.

「サイバー空間だけでなく、リアル世界でも監視される」ためです。

It is because "it is monitored not only in the cyber space but also in the real world."

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ちょっと話は逸れますが ――

The story goes a little off.

考えてみれば、不思議なことなのですが、「太っている/痩せている」という事実は、多くの人の「視覚」によって観測されます。

If you think about it, it is a strange thing. Because the fact that "she/he is fat / thin" is observed by the "vision" of many people.

これは、「世界中に自分の毎日の体重を公開し続ける」ことと、同義です。

This is equivalent to "Keeping your daily weight public all over the world".

ならば、「オープニングダイエット」をして、実名で自分の自分の体重公開することは、大した痛みにはならないようにも思われます。

So, it seems that taking "the opening diet" and exposing your own weight under your real name does not cause much pain.

しかし、私の知る限り「オープニングダイエット」の実施例はありません。

However, as far as I know, there is no example of "Opening Diet".

これは何故か?

Why is this?

「太っている/痩せている」という事実は「視覚」では確定しない ―― と、自分だけは信じている、ということです(あるいは「信じたい」)

The fact that "she/he is fat / thin" is not fixed in "vision" ---- that means that everyone only believe it.(Or "everyone wants to believe")

自分にとっての、「太っている/痩せている」という事実は、体重計という計器によって、体重という「数値」として観測された時に、初めて確定するのです。

For everyone, the fact that they are "fat / thin" is only established when it is observed as a "number" of weight by a scale meter.

まさに、

In fact, it is

―― シュレーディンガーの体重

"Schrodinger's weight"

です。

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さらに、話が逸れますが ――

Furthermore, the story is off.

我が国において(というか、世界中のどこにおいても)、数学が嫌われる理由は、まさに、この

The reason why mathematics is disliked in Japan (or anywhere in the world) is

「"痛み"を確定する効果」

"The effect of determining the pain"

にあるのではないか、と思います。

I think that.

(続く)

(To be continued)