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2013-11-04 「いいかげん」で「でたらめ」で「不正確」な、私の英語のマニュアル

昨日、私が作成して公開しているソフトウェアに関して、英語のメールの質問がきました。

非常に稀なのですが、こういうメールを貰えると嬉しいです。

このようなメールを貰えるのは、「いいかげん」で「でたらめ」で「不正確」であっても、英語のマニュアル(手順書)を作っているからだ、と思っています。

―― 偉いぞ、私。

自画自賛してしまいます。

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ところが、メールの内容を読んでいても、その内容がどうもよく分からない。

「『図が不鮮明』」とか、「セットアップをお願いできるか」とか、なんのこっちゃと思いながら、何度かメールを読みなおしたのですが、

どうやら、私のソフトウェアが引用している参考資料の内容のことを言っているらしい ―― と、随分な時間の後に分かりました。

―― 引用文献の瑕疵まで、私の責任にされてたまるか

早速、その旨のメールを返信しました。

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これって、やっぱり私の英語のマニュアルが、「いいかげん」で「でたらめ」で「不正確」であったからかなーと思うと ――

少し落ち込みました。


2014-11-04 「会話に必要な英単語が並べられれば、なんとでもなる」

私は、小学生からの英語教育に対して反対なのですが、もし、それでも、それを強行するのであれば、

I have been opposed to starting English program at junior school.

However we cannot avoid it, I can accept the way of

―― 英単語だけを丸暗記させる

"Learning only English words off by heart”

というカリキュラムなら、やってもいいと思っています。

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私の絶対的な信念なのですが、

The following is my absolute believe,

"We can work out if we can line up all words that are needed in the English conversation."

と思っています ―― というか、知っています。

I believe that, moreover I know that.

事実、単語の羅列だけで、ビジネスやってきましたし、できました。

In fact, I have worked my oversea tasks and I have been able to do them.

そして、きちんと会社で仕事を評価して貰っていると思っています。

In addition, I think that my company gave the proper values for my jobs to me.

(続く)

(To be continued)


2015-11-04 ―― 英語を公用言語にする

先日、テレビの番組で、太平洋戦争後の占領軍(米軍)の占領政策において、

The other day, I watch a TV program that explained about the occupation polices after WW2 had an intention of

―― 英語を公用言語にする

"The UN tried to change Japanese to English as National language in Japan, indeed."

という政策が実際に動き出していた、という話がされていました。

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これは、『日本語が難解過ぎて、日本人の多くが、政府の政策を理解しないまま、太平洋戦争に突入してしまった』という仮説に基づくものだったようです。

The TV program said that it was based on a hypothesis that "Japanese was too difficult to understand the government policies, so Japanese must have rushed into the WW2."

しかし、実際に調査してみたら『世界屈指の高い識字率』を叩き出し、その政策は頓挫してしまったそうです。

After the investigation of it, they should have faced the reality of aristocracy of literacy rate in the world, so the polices were abandoned after all.

しかし、これは、今なお、いろいろ考えさせられる調査結果です。

But this result is very interesting for me deeply.

当時の日本国民が「総意として戦争を選択した」とも解釈できますし、また「政府、軍部、マスコミの巧緻な情報操作」の結果とも、言えるとも思います。

We can read this fact into "Japanese might choose the war on their own will" or "espionage of the administration, army and mass-communication".

それはさておき。

Above and beyond this.

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江端<次女>が、

My junior daughter said strongly,

「その時、英語を公用化してくれれば良かったのに!」

"Why did they enforce the policy of "English Language Empowerment Act" ?"

と、強く主張しています。

保護者としての私は、このような意見に安易に首肯してはならないと思いますので、一応建て前だけでも反論して見せています。

I am an guardian of Japanese people, and I think that I cannot accept her claims directly. So I tried to argue against her even if it is our stated reason.

「いやいや、言語というのは、民族を規定する一種の道具概念だし、国家による統治の根拠を与える一つの・・・」

"Well, any language is a concept of tool that can define races, and it also gives us a background of power of nation...."

などと、娘に語っていますが、

実際のところ、

Indeed, I am impressed with regrettable feeling that

―― 「英語に愛されないエンジニア」の子どもの思考形態は、分かりやすいなぁ

"It is easy to understand patterns of thinking of children whose parent is not loved by English"

と、残念な意味で、感心しています。


2016-11-04 食欲、減量、栄養バランスは、すべて「健康」に繋がらなければ意味がありません。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

今回、私は、人間ドックの2週間前から、緻密なカロリー計算を開始し、自分の体重を、ほぼ±0.1kgの単位でコントロールしながら、目標体重に近づけることができました。

This time, I had started the strict diet control before two weeks, and I could decrease my weight with an accuracy of 0.1kg and approach the target weight.

―― 数値ダイエットの(再)勝利

"Re-victory of numerical diet"

と、喜んでいたのですが、「栄養バランス」という観点の欠落が、図らずも「数値」によって指彈されることになるとは、思いませんでした。

I felt delight for the first time, however, I I never imagined that the luck of nutritional balance pointed a finger at me from the view of "numbers"

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私が、コラムで書き続けてきたように、痩せる→消費カロリーが減る→腹が減らなくなる→痩せる、という一連のループを起させることは可能です。

I have continued to write in the column, the cycle of "lose weight" -> "calorie consumption is reduced" -> "sense of hunger is reduced" -> "lose weight", will be possible.

しかし、カロリー不足が、脳のレベルにまで達すると、今度は、拒食症が発動してしまいます。

However, if caloric insufficiency reaches to the level of the brain, anorexia will be triggered soon.

拒食症を発動しない程度のカロリーコントロールをするには、どうしても計算しやすい、単一食品を摂取することになり、栄養バランスが犠牲になります。

To the calorie control without triggering the anorexia, the ingestion of a single food is good for the calculation. After all, the nutritional balance will be out of scope.

食欲、減量、栄養バランスは、すべて「健康」に繋がらなければ意味がありません。

Appetite, weight loss, nutritional balance. All of them should be lead to "health".

(私には、「美容ダイエット」という観点は、もう必要ありませんので)

(For me, the viewpoint of "beauty diet" is no longer necessary.)

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結論として、

In conclusion,

(1)この「江端」という精密な生体システムを、

(1) the precise biological system that this "Ebata"

(2)全体最適を満しながら制御することには、

(2)has been difficult to control with overall optimization, so

(3)まだまだ課題が山ほどある

(3)This system has a bunch of very real problems.

ということになります。


2017-11-04 『一つのことに集中しないと、効率や生産性は上がらない』という世間の定説は、(少くとも江端家においては)「反例あり」で却下です。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

私達の時代は、テレビを見ながら勉強とかしていたら、教師や両親に咎められたものですが、私は、子ども達に、別段何も言いません。

When I was a kid, teachers or parents blamed me for a study with watching TV. However, I don't say anything to my children.

私は、彼女ら(長女と次女)にとって、そのやり方の方が、効率(あるいは生産性)が高い、ということを知っているからです。

I know well that their approaches are more effective (or productive) for them.

『一つのことに集中しないと、効率や生産性は上がらない』という世間の定説は、(少くとも江端家においては)「反例あり」で却下です。

"Only concentrating one thing makes effectiveness or productivity" that is a sort of "accepted theory" is rejected by the Ebatas.

江端家においては、常に「実績(データ等)が正義」ですから。

For a head of the Ebatas, actual performances (e.g. data) are always justice.

私も、音楽を聞きながらの仕事や勉強はしますが、さすがに「動画を見ながら」の作業は不可能です。

Though I am also studying or working with hearing music, I cannot doing with "watching movies".

音楽については、歌詞があるものはダメで、クラッシックかジャズです。あとはアニソンも聞きます。

About the music, I cannot accept music with lyrics, so classic and jazz is good. I also can hear animation songs.

アニソンは、空虚な言葉の歌詞の羅列(「正義」「悪」「鮮烈」「閃光」「友情」「未来」「過去」「永遠」等)で、私の頭の中では、意味のあるコンテンツとして認識されないようです。

About animation songs, my brain will skip verbalism, like "justice","evil","friendship","future","past" and "eternal", and I cannot recognize them as meaningless words.

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さて、彼女達が「動画」と同時に勉強ができる、私の一つの仮説としては、

Now, one hypothesis of mine, which they can study and watch movies at the same time, is that

●ティーンエイジャは、マルチタスク能力に優れており、

-teenagers have excellent multi-tasking capabilities, and

●そのタスクの負荷を、比較的自由にコントロールできる

-they can control the loads of task relatively freely.

という「新型の脳」の開発に成功した、と考えています。

I think that they can complete to finish "new-type brain".

まあ、いずれにしても、そういう「超能力」を有する彼等に、「通常能力」しか有していない私が、とやかく言うのは、差し控えた方が良いのでしょう。

Anyway, we, who have just "normal power" should avoid saying this and that, to them, who have "psi power".

(続く)

(To be continued)


2018-11-04 近未来のSFアニメに登場する、インターフェースのデザインは役に立つのです(まあ、「美少女アンドロイド」は、脇に置いておくとして)。

私が、近未来のSFアニメを視聴しているのは、そのコンテンツを楽しむのが目的ではありますが、実は、仕事にも関係があります。

I am watching science fiction animation whose stage is in the near future. The main purpose is to enjoy that content, on the other hand, they are also useful for my works.

ユーザインターフェースです。

"User interface"

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ユーザインターフェースとは、機械(コンピュータ)と人間の間で仲立するものです。

"User interface" is an intermediary between a machine (computer) and a human being,

日常的には「スマホの操作画面」であり、SFの世界では「美少女アンドロイド」という形で登場します。

On a daily basis it is a "smartphone's operation screen", and it appears in the form of "beautiful girl android" in the SF world.

ユーザインターフェースの優劣が、システムの評価を確定しますし、インターフェースのデザインが決まれば、システム要件は決まったといっても過言ではありません。

The superiority of the user interface confirms the evaluation of the system, and it is no exaggeration to say that once the interface design is decided, the system requirements have been decided.

逆に言えば、それくらい「ユーザインターフェースのデザインは難しい」ということなのです。

In other words, "user interface design is difficult".

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近未来のSFアニメに登場する、インターフェースのデザインは役に立つのです(まあ、「美少女アンドロイド」は、脇に置いておくとして)。

The interface design that appears in near future SF animation is useful (Well, as "Pretty girl Android" is left aside).

これらのアニメを見ていると、アニメの背景担当者が、ソフトウェア技術(AI技術(×AI)を含む)やデジタルサービスというものを、どのような「形」として認識しているのか、分かってきます。

Watching these animations, I understand the feeling of animation creators, "how they understand software technologies (including AI technologies) and digital services", and I can know their the concept as a specific example.

とは言え、私のアニメの嗜好性・・・もとい、指向性の範囲は極めて狭いので、網羅的に把握できているとは、到底言えません(アニメオタクと呼ばれることがないまま、生涯を終えそうです)。

However, my preference .., correction of animation ... Since the range of directivity is extremely narrow, I can not say that I grasped the whole SF animations. (It is not likely that I will finish my life without being called anime otaku).

それでも、下記のアニメは、私の仕事に貢献をしてくれましたし、今でもしています。

Still, the following animations made a contribution to my work and make it.

■ヘヴィーオブジェクト (AI技術の見える化)

- Heavy object for "visualization of AI technology"

■PSYCHO-PASS サイコパス (人間の心理の見える化)

- PSYCHO-PASS for "visualization of human psychology"

■ソードアート・オンライン (仮想世界の見える化)

- Sword Art Online for "visualization of virtual world"

一方、意外に思われるかもしれませんが、私には、「宇宙戦艦ヤマト」とか、「新世紀エヴァンゲリオン」などの有名どころのにのインターフェースは、あまり役に立たないのです。

On the other hand, although it may seem surprising, the interface of such as "Space Battleship Yamato" or "Neon Genesis Evangelion" is not very useful for me.

前者は、システムコンセプトとしては古い感じがする(現代の戦艦の延長上)し、後者は、システムの全体姿(システム要件)が把握できないからです。

The former, as a system concept, has an old feeling (due to the extension of the modern battleship), the latter is because I can not grasp the overall appearance of the system (system requirements).

もちろん、これはインターフェースに関する私の所感であり、作品の優劣とは無関係です(私の好みもあります)。

Of course, this is my sense of interface and the sense is irrelevant to the superiority or inferior of the work (just for my preferences).

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By the way, the other day, I contributed on the theme "Verify the feasibility of animation AI".

チャンスがあったら、「アニメのユーザインターフェースの有効性を検証する」という観点でも検討してみたいなぁ、と考えています。

If there is a chance, I'd like to consider also in terms of "verifying the effectiveness of the animation's user interface".