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2012-07-31 「エロ本を取り上げる保護者」のITバージョン

「子供にパソコンを教えるのは良いことか」という議論が出てくるのが、私にはよく分かりません、

私は「良いことに決まっている」と思っています。

理由は便利で、自分の表現したいものを、現実に簡単に表現する「便利な機械」であるからです。

もし、悪いことであるとすれば、「電卓」も、「ソロバン」も、等しく否定されなければならないでしょうし、さらに言えば「シャープペン」や「鉛筆」までも否定されなければならないはずです。

これを極論であるという人はいると思いますが、それならそれで、合理的な反論を伺いたいと思います。

まあ、あるとすれば、猥褻サイトや、裏サイトというアクセスによる、子供への悪影響が気になる人もいるでしょう。

しかし、そのようなアクセスができなくするプロバイダもありますし、最悪LANケーブルを、ひっこ抜いてしまえば良いでしょう。

# 我が家の場合は、家族全員に「常に完璧な通信ログを記録している」と宣言しています。

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さて、パソコンやゲーム機を忌避(きひ)する人達の理屈は、常に同じです。

子供時代に、パソコンやゲームをやっていると、人間として「変になる」とか、外で走り回ることや、自然の中で泥だらけになることをしなければ、人間として「何かが歪むことになる」という、―― 奇妙な観念です。

では、反論します。

私はゲーム世代といわれる人間の一人です。

もっとも、私はゲームが苦手だったので、ゲームでは遊びませんでしたが、それほど屋外でも遊ばなかったし、泥遊びもしなかった。

酷暑の夏や、極寒の冬に、外を走り回るなどという、(子供心にも馬鹿げたと思う)行為もしなかった。

野原を駆け回ることもしなければ、虫を手で掴むこともしなかった。

で、その結果として、私は、一体何を失い、何に困っているのでしょうか。

別段、何も失っておらず、困っていることもありません。

子供時代に、外で走り回らなくても、泥だらけにならなくても、結局私たちは、大人になれば、経済や市場が要求する場所に配置され、その場所に応じた労働を提供することになるだけです。

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パソコンごときで、子供の人格形成が影響されると思っている人は、多分、パソコンときちんと向きあったことがないのでは、と思っています。

子供達にとって、パソコンの操作など、エレベータのボタンを押す程度のものです。

その程度のものが、人格に影響を与えるはずがありません。

パソコンごときに恐怖している大人達は、子供にその誤った脅迫観念を押しつけるのではなく、隅の方で黙って蹲(うずく)まっているのが、妥当な対応です。

『あの子達は、パソコンを操作しているのではなく、電卓を叩いているだけなのだ』、と自分自身に言い聞かせながら。

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ただ、この理屈は、少々、公平に欠けるかな、とは感じています。

私は、その気になれば、いつでも、

■子供達のパソコンの内容を破壊し、

■通信障害を発生させ、

■スマホの通話を妨害する

ことができます。

要するに「エロ本を取り上げる保護者」のITバージョンです。

このような「エロ本を力づくで取り上げる」手段を持たない保護者のイライラは、心情として理解できます。

とすると、我々IT研究者の次の市場は、

○保護者向けの、子供の通信内容の盗聴手段

○保護者による、子供の電話の妨害手段

といったところでしょうか。

うむ。これは需要がありそうだ。

早速、ビジネスモデルを組み立てて、市場規模を調べてみることにします。


2013-07-31 自分が傷つく覚悟がないなら「善意」など止めてしまいなさい

しかし、この習慣、一向に止まる気配がありません。

会社の中などでは、見たこともないような偉い人が乗っている可能性もありますので、このような行動は「保身」の観点から、やむを得ない可能性もあります。

でも、あなたが先に降りる程度のことで、腹を立てるような幹部のいる会社なら、未来はないと思いますが。

ただ、歩行が困難な人や、ベビーカーを使っているお母さんには、有効かもしれませんが、あなたの体がドアを塞いでいることの方が迷惑です(私は、両方とも経験者です)。

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どうしてもそういう「善意」が我慢できないのであれば、エレベータから降りた所にある、呼びボタンを押し続けていれば、同じ効果が得られます。

ところが、このようなことをした人は、私が知り得る限り「ゼロ人」です。

なぜだろう、と考察してみたのですが、これは、降りる人と顔を合わすの が恥かしいのかもしれません。このような行為が、なんとなく気恥しいと思う のは、理解できなくもありません。

ですが、私に言わせれば、

―― その程度の覚悟しかないなら、「善意」など止めてしまえ

と思うのです。

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私は、自分の体調が良くて、気分の良いときは、お年寄りに席を譲るなどの「善意」を行いますし、時間があって気分が向けば、駅で迷っている外国人に、"May I help you ?"と声をかけます。

その結果、結構な回数、不愉快な対応をされたことも多いです。

無視されたり、逆に睨まれたり、文句を言われたり、けげんな目をされて立ち去られたこともあります。

あるいは、何度も何度も果てなく御礼の言葉をかけ続けられ、鬱陶しいことこの上もないこともありました。

「善意」には、それなりのリスクを伴います。私は、「善意」のうち半分くらいは、嫌な目に合っていると思っています。

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「善意」とは、善意の「空振り」で恥をかくことのリスク込みで「善意」です。

『自分が傷つく覚悟がないなら「善意」など止めてしまいなさい』と申し上げたいのです。


2014-07-31 「結婚式の司会者やるから、それで祝儀の代替としてくれ」

昨日、「私、結婚式に招待されるのは好きなのですが、御祝儀を払うのが嫌いです」と書きました。

Yesterday, I wrote "I like to be invited wedding ceremony but I don't want to give a gratuity."

この矛盾を解決する手段として、

I often offered the followings in order to resolve the contradiction.

「結婚式の司会者やるから、それで祝儀の代替としてくれ」

"Could you think whether it is possible to work as MC (master of ceremonies) instead of a gratuity?"

というオファをすることが多いです。

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私、プレゼンとか司会とかするのが ―― 大好きです。

I like to do a presentation and work for MC.

あがったり、怖くなったり、声が出なくなったりしたことは、記憶にありません。

I have had no experiments to be nervous, fearful, losing my voice.

このようなことが、大嫌いな人が多い日本において、これが「債券的な価値」になり得ると気がついたのは、結婚式の司会者を頼まれるようになってからです。

Among many Japanese person who dislike to work as MC, I have noticed that these my characters are strong advantages for my life.

―― という訳で、私を招待したい奇特な後輩エンジニア諸君(が、もしいたら)

So, hear! Beneficent younger engineers who want to invited me to your wedding ceremony,

「祝儀」の代わりに「司会者という労働」という対価の提供でよければ、私は招待を受けることができます。

If you can accept my offer, I am glad to attend your wedding ceremony.

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という話を、嫁さんにしたら、

When I told my wife the above story, She advised me that

「司会者? もう『仲人(なこうど)』で受ける歳だと思うけどなぁ」

"MC? It should be "matchmaker" for your age."

と言われてしまいました。

(続く)

(To be continued.)


2015-07-31 ネット詐欺に会いました。

ネット詐欺に会いました。

I was taken in a cyberscam.

中古パソコンを、得体のしれないサイトから購入しようとして、振り込んでしまいました。

I have already credied to a zombi company to get a used PC.

被害額は7680円。

The amount of damage is 7,680 yen.

価格の他にも、急いで手に入れなければならなかった事情など、色々と原因はあると思いますが、基本的には、

It was true that I had had some reasons, for example a cheap cost and a urgent problem, but basically it all came down to the fact that

―― 注意不足だった

"Carelessness"

この一言に尽きます。

無論、今回の事件、最悪なのは詐欺の犯人そのものなのですが、手口は稚拙でかつ幼稚。あまりに簡単にひっかっかった自分が信じられないような気持です。

Needless to say, the worst person is the fraud. But the modus operandi was amateurish and childish. Even now, I cannot believe what has been happen for me.

本当に「私は詐欺やっていますよー」と告白しているようなサイトだったのに。

To tell you the truth, the site was clearly very suspicious, is as close as be making an announcement "I am a fraud".

-----

ネット通販を利用するようになって、数年が経過しているのですが、今のところ「トラブルゼロ」というのも油断に拍車をかけたと思います。

Several years has passed since I had started to use the net commerce. and I think that "zero trouble in the period" accelerated the carelessness.

変だと思って動いた時には、口座はすでに凍結され、逃げられた後でした。

When I felt strange, the frund run away, and the accouting was freezed.

犯人の方も、結構リスクの高いゲームをしているようではあります。

The criminal seems to play a quite high-risk game.

これに関しては、すでに動き出しておりまして、これから色々とやることがあります。

I have already started some actions, and do them my best.

後日、それらの全ての情報を開示する予定です。

For example, I am going to open all information about this accident by the internet.

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まあ、何を言っているかというと

Well, what I want to say is

―― 後で全部話すから、今は、いろいろ根掘り葉掘り聞いてくるな

"Do not hear about this accident in various ways now, because I all talk later."

ということです。

(続く)

(To be continued)


2016-07-31 ―― この人、何を考えて、自分のナニを撮影しているんだ?

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

―― この人、何を考えて、自分のナニを撮影しているんだ?

"Why has this person taken himself with what reason ?"

怖かった。

I was scared.

最初、「ナニを撮影している男性」を、怖いと思い、

First, I felt fear with the person who has taken himself by phone,

次に、(それが勘違いと分かった後で)、小便器でスマホを使うと『ナニを撮影している』と思われる可能性があることを、怖いと思い、

Second, I felt fear of the possibility that people might think "I take myself" when I use a smart-phone during the piss,

最後に、『そんなこと気にしたって、今更、何が変わる訳でもないしなー』と思えてしまった自分が、

Finally, I felt fear of me, because I came to think "what changes what, even if I am concerned about it"

一番怖かった。

That was the most scared.

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私のようにならないためにも、トイレでスマホを使うのは、止めた方がいいです。

I think you should not use smart-phone in a restroom, if you don't want to be like me.

あなたは、まだ「間に合う」かもしれないのだから。

Because you might still be "in time".


2017-07-31 『江端さん。これからは、"祭"を、注意深く観測して下さい』

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

さて、話は変わりますが、私は今、「働き方改革」の連載を書かせて貰っています。

Now, changing the subject, I am writing a column serial about "reform of working style".

例の「無礼な後輩」と、この働き方改革について議論をしていたところ、彼から、

When I discussed this issue with the "rudeness junior", he said,

『江端さん。これからは、"祭"を、注意深く観測して下さい』

"Ebata-san. Take care of "town festival" carefully from now"

とアドバイスを受けました。

to me.

盆踊りのテープを操作しながら(テープレコーダの操作なんか、20年ぶりくらいじゃないかな)、この日記を書いていたのですが、

When I was operating the magnetic tape recorder to run Bon-dancing musics, (after about an absence of 20 years?), I wrote this diary.

―― "なるほどなぁ"、と、いくつか見えてきたものがありました。

I could find out several characteristic symptoms of the festival.

この話は、「働き方改革」の連載で、展開させて頂く予定です。

I am going to talk about this stories in the column serial.

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まあ、一つ言えることは、

Let me make a point.

「女性活用」は重要ですが、政府は、「高齢者活用」という方向も、ちゃんと考えた方がいいと思う。

"Empowering women" is important, I think, however the government might think the direction of "empowering elder" too.

私より20も年上の方が、私ですら躊躇した「鉄の塊」を、ひょいと持ち上げて運んでいます。

An elder who seemed to 20 years older than I, carried a mass of iron. that I would hesitate to do.

私の会社なら、間違いなく「上司から怒鳴りつけられる」ような、危険な運び方だったようでもありましたが。

Even if I had been in my office, my boss should have given me a good scolding for the way to carry it.


2018-07-31 ―― 父を『殺す』決断を下すこと

父は、5月頃から食欲が激減し、7月には、栄養補給飲料を、一日で湯呑み一杯飲むのがやっとという状態になっていました。

My father has drunk appetite since May, and In July, he had the utmost to drink a cup of nutritional supplement in a day.

その後、父が、ヘルパーさんに、無理矢理に、お粥を食べさせられている姿をみて、私は、ショックを受けました。

After that, I was shocked, looking at my father forced the helper to eat porridge.

姉に、そのことを告げたら『世の中の介護の現場のほとんどは、そんなもんだ』と言われて、さらにショックを受けたのを覚えています。

When I told my sister about the situation, she said "Most of the care of the world is like that".I remember being more shocked.

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父は、7月に食物摂取ができなくなり、病院に入院したのですが、7月下旬、病院から電話があり、

My father was unable to consume food in July and was hospitalized. However in late July, the hospital called me,

「父が、食事、水はもとより、点滴ですら、苦しむようになってきた」

"Your father has begun to suffer not only for meals, water, but also for infusions"

と、報告してきました。

私は、父の入院時に、主治医の先生に、しつこいくらい

I said persistently to my doctor when my father was hospitalized.

『1mmでも苦痛がある、または、苦痛が発生する恐れのある医療行為は、全て止めて欲しい』

"I want you to stop all medical practices that are painful even if my father has a pain of 1 mm or there is a risk of suffering"

と、念を押し続けていたのですが、それでも、病院は、最期の判断を私に求めてきました。

Still, the hospital has asked me for the final judgment.

私は、

I answered on the spot.

『水、食事はもとより、点滴も中止してよい』

"Please stop drip, not only water and meals "

と、その場で返事をしました。

その後、姉は、私の決断を支持してくれましたが、私の家族はビックリしていたようです。

After that my sister backed my decision but my family seemed to be surprised.

「『それ』って、『そう』いうこと?」

"Does that mean "that" ?"

「『そう』いうことだ」

"That's right"

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父は、生前から、自分の最期について、自分の意思を明かにせず、「全てを私(江端智一)に任せる」と言っていました

My father does not reveal his intention about his last term, and said "I will leave everything to my son(Tomoichi Ebata)"

これは、ある意味、他人に人生の決定を丸投げする「卑怯」な言動とも言えるかもしれません。

In a sense, this may be called "cowardice" behavior that entrusts the decision of life to others.

しかし、父には、私に対して、「私(江端智一)なら、その状況に応じた最適戦略を実行できるハズである」という信頼もあったと思っています

However, my father thought that he had the trust that "if I (Tomoichi Ebata) do, I am able to execute the optimal strategy according to the situation"

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そして、私は、この父の言葉を

And I think that this father's words means that I will think

「私(江端智一)が父と同じ状況になったら、私(江端智一)なら何を望むか」

"When I (Tomoichi Ebata) comes to the same situation as my father, what will I (Tomoichi Ebata)want ?"

を考え、それを

my father orders me that

「回りの意見に左右されることなく、自分(江端智一)の意思で、その望みを実施しろ」

""Do not be influenced by the opinions of the surroundings, do your wishes with your will (of Tomoichi Ebata)."

と語っていると、解釈しました。

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「病気」も「法律」も「制度」も「医師」も、父を『楽』にさせて上げることができない、この社会システムの中で、息子である私ができることは、

Neither "sick", "law", "institution" nor "doctor" can make my father "easy", in this social system, what I can do as his son, are

―― 例え『父殺し』の罪の意識を、一生引き摺っていくことになろうとも、

"Even though I will keep my consciousness of "father killer" guilty for the rest of my life,"

―― 父を『殺す』決断を下すこと

"I have to make a decision to "kill" my father"

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これが、私が導き出した答えです。

This is the answer I derived.


2019-07-31 こういう「ウザくて」「見苦しい」書き物のことを、「コラム」といいます。

本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, new my column is released, so I take a day off.

Let's turn the world by "Number"(60) : Work style reform(19) "

Recurrent education should be a "guidebook" to survive in the "career abandonment era"

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今回の最後に、「コンピュータアーキテクチャ」の考えを援用した、教育システム(学校教育とリカレント教育)の説明を行いました。

At the end of this column, I explain about Japanese education system from the viewpoint of "computer architecture".

私個人としては、少くとも『私自身を納得させる説明ができた』と思っているのですが、多分、これは「錯覚(錯誤)」だということは分かっています。

Personally I think that at least "I was able to explain about it for myself," but I know that this is "an illusion".

多分、私だけでなく、誰でもが、自分の持っている知識と経験だけをフィルターにして、世界を見ようとします。

Perhaps, not only I, but also everyone will try to look at the world, filtering only his knowledge and experience.

で、そこに、合理的(であると自分を錯誤させる)な理由を持ち込む ―― ということになります。

And we will bring us a rational (or misleading) reason.

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例えば、

For example,

法律を職業としている人は、「法理論」から教育を語るでしょうし

Those who make the profession of law will talk about education from "law theory"

公的サービスに従事している人は、「行政論」から教育を語るでしょうし

Those who are engaged in public services will talk about education from "administrative theory"

国防を職業としている人は、「防衛論」から教育を語るでしょうし

Those who take on the role of defense will talk about education from "defense theory"

その他、「歴史」「古典」「科学」その他、色々な人が、それぞれの観点から、最もらしく、教育を語ることができるはずです。

Besides, "History", "Classic", "Science" and others are supposed to be able to talk about education from the viewpoint of each person.

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ぶっちゃけ、

To be honest,

―― ウザい

"Annoying"

と思います。

I think.

それぞれの見え方を、唯一の真理のように「考える」ことは、もちろん個人の自由です。

Of course, nobody stops thinking "their own idea is the only truth".

しかし、それを他人に対して「語る」ことは、見苦しく、醜悪です。

However, "talking it to others" is ugly and hatred.

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私の書いているモノも、他人にとっては、また「ウザくて」「見苦しい」だろうと思います。

I am afraid that what I wrote has also been "ugly" and "hatred" for others.

こういう「ウザくて」「見苦しい」書き物のことを、「コラム」といいます。

This kind of "ugly" and "hatred" writing is called a "column".