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2013-06-04 「私以外の」多くの著作者の皆様にお願いがあります

ツイッターによって、皆が構えることなく自由に意見を言えるようになっています。

ですから、ツイッターというのは、一種の井戸端会議ですから、どうしても、その井戸端会議に参加していない人への「悪口」になると思うのです。

例えば、我々は、誰かの著書や、あるいは新聞記事に対して、ツイッターで自由な批判をします。

自由な批判とは、この場合、本来の趣旨とは関係のない、自分の感情の悪態を含むものが多いです。

「バカ」「アホ」「低能」「どうかしている」「勉強不足」「死ね」「キチガイ(を文字を変えて記載する)」などです。

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例えば、あなたがある日の新聞記事に対して、批判ツイートをしているとします。

その時、あなたは「何」に対して発言をしている気持になっているのでしょうか。

私が思うに、それは「人」にではなく、「法人」または「新聞社のビル」ではないかと思うのです。

多くの人は、そのようなつぶやきを「広い海に向って、言っている」「高い山に対してしゃべっている」という程度の意識なのだと思います。

「どうせ、自分の意見など、無視されるだけで大した意味はないだろうし、何かを動かすこともないだろう」

「だから、多少、過激なことを言っても、構わないだろう」と。

私も、長い間、そのように考えてきました。自分が、著作物を提供する側になる前までは。

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「私の著書」に関して、あなたが、汚ない言葉を吐いている前に立っているのは、「海」でも「山」でもありません。

「私」です。

私は、あなたの顔の前、10cmのところに、あなたのツバが届くあたりで、私は立っています。

あなたは、私に凝視されながら、私の目の前で、暴言を吐き続けていることになります。

私が何も言わないからといって、何も感じていない訳ではありません。

私は、目の前で悪口を言われてニコニコしていられるような、温和な人間ではありません。

私は激怒しています。

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ですが、感情に身を任せてはなりません。

そのような発言を制約するような行動を取っては、ツイッターの本来の目的を毀損することになります。

ですから、「私以外の」多くの著作者の皆様にお願いがあります。どうか、このような無礼なツイートの数々に耐えて下さい。

「私以外の」著作者の皆さんの我慢が、このような自由な発言の土壌を作っているのです。大変意義のあることなのです。どうか、分かって下さい。

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まあ、しかし、私一人くらいのことなら、そのような発言に対して、徹底的な報復を行っても大丈夫でしょう。

どうせ、「広い海に向って言っている」「高い山に対してしゃべっている」くらいのことでしょうから。


2014-06-04 「研究対象を具現化せずに、どうやって研究を進めることができる訳?」

「ねえ、最近の大学ではプログラミングを教えないのかなぁ」

"Well, do you think that colleges don't give their students how to operate computer programming recently?"

「何ですか、江端さん。唐突に」

"What is that suddenly, Mr.Ebata?"

「何人かの新人と話をしてみたのだけど、『プログラミングをしたことがない』 という人が結構な数、いてね」

"I have discussed several fresh persons in this laboratory, and they told me that they have no experiment of programming"

「江端さん。それは『情報科学を専攻していた』という新人のことをおっしゃっているのですか?」

"Do you talk about the fresh persons who major in information science in their college?"

「いや、そうじゃなくて、工学全般。遺伝子とか細胞とかを扱う、生命工学も含んで」

"No. It means the general industrial engineering including life science of biogenetics, for example.

「はあ」

"Well"

「プログラミングは、研究の対象を把握する手段として、数値を使うもっとも簡単な手段だよね」

"Don't you agree that programming is the easiest way to understand the objects of their study with using numeric?

「はい」

"Yes."

「研究対象を具現化せずに、どうやって研究を進めることができる訳?」

"How do they make a progress of their study without realizing their research objects?"

「エクセルでいいじゃないですか。それに、統計的なアプローチならMATLABのスクリプトを使えば十分です」

"Excel is enough. If they need the statistic approach, MATBAL script is the best"

「でも、それでは、具現化できる範囲が凄く限定的になるし、自分の発想を組みこむことができないよ? 第一、自分の仮説を立てて、それを検証することもできないし」

"That tool's capabilities restrict the range of their realization, and it should be hard to add new innovative idea to their study. To begin with, it is impossible to make their own hypothesis and to validate the evidence.

「・・・ははーん、分かりました」

"O.K. O.K. I understand what you want to say"

「何が」

"What?"

「江端さん。間違っていますよ」

"Mr.Ebata. I am sorry but you are wrong."

「何が?」

"Which point?"

「えっとですね、まず、エクセルやMATLABで具現化できないものは、『具現化できないもの』なのです」

"First of all, what is not realized by excel or MATLAB is what is not realized.

「はい?」

"Pardon? "

「そういう考え方をしてはならないのです。エクセルやMATLABが与えてくれるインターフェースが、その研究対象の把握の限界なのです。その先を考えてはなりません」

"Your thought is absolutely wrong. The interfaces of Excel or MATLAB are kinds of the limitation of research object. You don't have to think over"

「はい?」

"What?"

「その先は『ない』のです。自分の仮説は、エクセルやMATLABの能力を超えて考えてはならないのです」

"Nothing. Your hypothesis should not be beyond the ability of Excel or MATLAB"

「それって、『地動説は考えるな』『人類は神が作った。それに疑義を挟むな』と同じことを言っている?」

"You said that "don't think about heliocentric theory”, “God makes human. Be unsuspecting!""

「そうですよ。何か不都合ありますか?」

"That's right. What is inconvenience?"

「それって、研究を志す者としては・・・」

"Researchers should ...."

「『知らない』ということは、無視できないくらい『幸せ』に至る道なんですよ。江端さんだって、よく知っているでしょう?」

"Mr.Ebata. you know better.”Blindness" is the easiest way to reach "happiness""

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この事を言われているのだ、と思いました。

I noticed that he told me about my column.


2015-06-04 私たちが、制御システムと共生していくことは、避けられないでしょう。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

『子どもへの放射能被害が不安です』という保護者の皆さんは、今からでもいいから、原子力エネルギーや放射能について、死にほど勉強しなければならないと思うのです。

Some guardians often tell that they are worry about aftereffects of radiation of their children. I think they should start to study about atomic energy or radiation very hard from even now.

その分野の勉強が本当に難しいことは、よく知っています(痛感しています)。

I know well that it is difficult for us to understand the knowledges(from the bottom of my heart)

「文系出身者7割」の日本において、多くの人が、10の12乗を越える数字を取り扱う経験がないことも、よく知っています。

In Japan, 70% persons come from the faculty of liberal arts. So I know well that many people have not experimented to use big numerical like Tera size.

膨大な時間を奪われ、ろくな成果も上がらないかもしれないし、結局「無駄だった」という結論になる公算も高いでしょう。

It is just spending much time, no effect and in vain after all.

そんなことは、他人の為になら勿論、自分の為でもやりたくないと思います。

I know well we want to avoid such annoying things even for myself, needless to say, for others.

でも、

But I believe that

―― 子どもの為なら闘える

"We can fight for our children"

と思う。

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原子力エネルギーほど難しくないものであれば、例えば、

For example, trying to

■「原発再稼働の新ルール」とやらを調べてみる。

research for the new rules for atomic power plant management, or

■「原発再稼働」を認容、または拒絶した裁判所の判決文を読んで、比較してみる。

read the decisions of both acceptation and rejection of the power plant restart,

くらいなら、それほど難しくありません。

are easier to understand than the mechanism of atomic energy.

特に、裁判所の判決文って、けっこう読みやすくて、その辺の本より面白いです(時々、笑えます)。

Especially, the decisions of courts are easy to read, and more fun than the book around.

私たちが、制御システムと共生していくことは、避けられないでしょう。

Unfortunately, it might be difficult to avoid living with control systems.

しかし、私達は、訳も分からないまま、制御システムに『自分の子どもが殺されるかもしれない』と怯えるだけの日々からは、決別しなければならない ―― と思うのです。

But I also think that we have to break away the days, that we should been scared that our children are going to be killed by control systems.


2016-06-04 ―― なんで、私はまだ生きているんだろう?

「友達がいない人は、早死にする」という研究結果が出ているようです。

There is a research of "People who have no friend, is like to become death in early life".

確かに、そういうものかもしれません。

Certainly, it might be right.

友人とのコミュニケーションは、心や体の活性化に資するものだろうし、同一の、または、異なる価値観の発見は、人生を豊かにしてくれるだろうとも思います。

Communications with friends can activate our mind and body, and the same or different person's senses of value make our life be enrich.

苦境に立ったとき、助けてくれて、苦しみを慰めてくれる友人とは、金銭では替えられない、大きな財産でしょう。

When I suffer something, a friend who conform me and cure my ache is a priceless property.

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ただ、ここに大きな疑義が一つ。

However, I have one big question against the research.

「友達がいない人は、早死にする」という事実に基づいた場合、不合理な事実が出てくるのです

Based on the research about "people who have no friend, is like to become death in early life". one unreasonable fact is coming.

―― なんで、私はまだ生きているんだろう?

"Why am I living still now?"

と。

私なんて、もう10年前くらいに死んでいても良さそう、と思うんですよ。

In my case, there is no problem that I was dead ten years ago.


2017-06-04 「国民は愚かなままにしておくのが良い」というのは、古今東西、権力者の常套手段でした

I wrote a map of the Korean Peninsula by myself for the first time in my column series last but one, and I was quite surprised.

―― <北>って、スッゲー面倒な場所にないか?

" is really a troublesome place isn't it ?"

上は中国、右上にロシア、真下にアメリカの軍事同盟国(韓国 + 日本)。

China on the top, Russia on the upper right, American military allies (South Korea + Japan) beneath.

「なんだろう、この窒息死しそうな面倒な場所は?」

"What is on earth this annoying place with feeling to suffocate ?"

と思い、速効で、 「マンガでわかる地政学」という本を買って読んでみました。

I quickly bought and read a book called "Geography in manga".

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久しぶりに「凄く勉強になったなぁ」と実感しました。

I realized "I got to study so much." after a long absence

地政学の基本原理は3つ。

Three basic principles of geopolitics.

(1)国家の究極の目的は「生き残り」

(1) The ultimate goal of the state is "survival"

(2)隣国同士は必ず対立する

(2) Neighboring countries surely confront each other

(3)敵の敵は味方

(3) The enemies' enemies are ally

アシモフのロボット3原則よりはるかに分かりやすく、世界中の事例が紹介されており、各国の行動原理が理解できました。

It is far easier to understand than Asimov's robot 3 principle. In this book, many use-case in the world are introduced, and I understood the behavioral principles of each country.

特に、隣国の半島国家(北と南)の行動原理は、よく分かったような気になっています。

In particular, I feel like I understood well the behavioral principle of the peninsular state (north and south) near Japan.

隣国の振舞いにイライラしている人は、『世界に、喧嘩していない隣国なんぞ存在しない』という事実を知ることで、気持ちが楽になるかもしれません。

People who are irritated with neighborhood behavior, may make their feelings easier, to know the fact that "there are no neighbor countries that are not fighting in the world".

ですから、一歩引いて、「地政学」から世界を見ることは ―― 勉学とか知識の取得とか、そういうもの一切関係なく ―― 、「精神衛生上」、良いかもしれません。

So, with a step back, it might be good for our "Mental hygiene" To see the world from "Geopolitics" ---- No matter regardless of study or knowledge acquisition, etc.

私としては、

For me,

も、大好きです。

I love the web site of "contemporary history with stand-up reading"

もし、出版して頂けたら、真っ先に注文します。

If the contents are published as a book, I will give an order at the head.

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で、不思議なんですけどね、なんで文部科学省は、この「地政学」を義務教育の必須科目としないんだろう、と思ってしまうのです。

I fell strange, why MEXT doesn't make "geopolitics" an essential subject of compulsory education.

なんなら、歴史の教科書の一番最初を「現代史」という項目にして、その内容を「地政学」にしても良いと思うのです。

I think that making the very beginning of history textbooks an item of "modern history" and its content may be "Geopolitical".

で、ここから邪推ですが、

So, I want to think a following distraction from here,

「地政学」を理解できてしまうと、国民は理性的に国際情勢を分析できるようになってしまって ―― 国民の負の感情や激情を利用した政治の運用がやりにくくなってしまう ―― のではないかな、と。

If we citizens, can understand "Geopolitics", we can reasonably analyze the international situation, and for the politicians, it might be difficult to operate the politics using the negative emotions and passion of our citizens.

特に、隣国との対立関係や、遠国との同盟関係を争点にしないと、選挙も闘いにくくなり、国家の最高規範である法律の改正なども、とても難しくなる ――

Especially if they do not settle the confrontation relationship with neighboring countries and the alliance with the far country, their elections are also hard to fight, and the revision of the law, which is the highest norm of the nation, becomes very difficult.

「国民は愚かなままにしておくのが良い」というのは、古今東西、権力者の常套手段でしたので、別に邪推でもなく、普通に普通の話なのかもしれませんが。

"It is good to keep the people stupid" is a usual means of the ancestor all ages and countries.it may be an ordinary story normally, although it may not be a disturbance.

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実際、私たちも、20年以上の前に、これらの検討をしていました。

Indeed, we were also considering these before more than 20 years.

隣国の大陸の経済発展を止めるには、

In order to stop the economic development of the neighboring country in the continent, we had reached the conclusion,

"To interfere with the educational system of the neighbor country, and disturb to teach differential or integration"

という結論に至っております。

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そういえば、日本にもそういうアホがいましたね。

By the way, there were such stupid stuff in Japan too.

「二次方程式などは社会へ出て何の役にも立たないので、このようなものは追放すべきだ」とかいって、我が国の国力低下に絶大な貢献した、救いがたいアホな作家夫婦が。

The pathetic stupid writer couple, said that "Quadratic equations don't work at all in our society, we should expel such study", and they made a tremendous contribution to the country's declining national strength,