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2013-05-16 攻撃型財政シミュレーションプログラム

このような数値シミュレーション自体は、それほど難しいものではないと思うのですが、その作成には時間がかかりそうです。

まず、政策や経済モデルを根っこから理解しないと、プログラムを作ることができないと思います。

規模にもよると思うのですが、10人くらいのチームが半年くらいはかかるではないかと、見積っています。

しかし、それにしても、各政党が、このようなシミュレーションをやっているとしたら、

―― どこにプログラムの外注を出しているんだろう?

私は今でも、どこにも外注していなくて、ただ、「我が党の政策で、財政建て直しが可能!」と選挙カーの上から叫んでいるだけ、という疑義は晴れていないのです。

「我が党は、ちゃんと試算シミュレーションをやっている」という政党の政策責任者の方。是非御一報下さい。私の方から、皆さんにお報せ致しますので。

もちろん、「そのソースコード開示しろ」などという、空気を読まないようなお願いはしません。

それはさておき。

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しかし、自分の党の政策数値シミュレーションを開示するのは、結構危険が一杯ですよね。

簡単に「ボロ」がでそうで、その攻撃に対して、その言い訳に終始することになりそうです。

で、考えたのです。逆のアプローチをするのはどうかな、と。

自分の政党ではなく、対立政党の政策数値シミュレーションのプログラムを開示する、と。

これはやりやすい。

何しろ、政敵のシミュレーションの結果を「財政破綻」に導けば良いからです。

自民党は民主党の、民主党は自民党の財政数値シミュレーションをやれば良いのです(共産党の分は、予算が付かないかも)。

で、当然、そのプログラムで攻撃された政党は、そのプログラムに修正をかける訳です。

パラメータの初期値とか、係数値の変更とか、経済モデルサブルーチンの入れ替えとか。

これが、選挙戦の期間、ずっと開示され続ける訳です。ソフトウェアエンジニアの間では、燃え上ること間違いなしです。

しかも、理念とか信念とか、そういうものではなく、ただ「数値」のみで闘うという、極めて客観的な手段で、です。

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という訳で、各政党政策(財政)担当者の皆様。

このような仕事の依頼を頂けましたら、ご相談の上、お受けできる可能性があります。

仕組みや理論さえキチンと教えて頂ければ、我々がプログラムに仕立て上げることは、それほど難しいことではありません。

ただ、「そこは、根性だ」とか「政治的理念さえあれば」とか、「信頼によって」とか、そのような要素は全部排除されます。それは、プログラムできないからです。

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もし、同じ会社にバラバラの政党から依頼が来たら ―― 面白い。

各担当セクション間が、物凄く険悪な雰囲気になることは間違いありません。

考えるだけで、ワクワクします。


2014-05-16 皆さんは、もっと世の中のシステムに感謝すべきだと思うのです。

昨日の続きですが、

It is a continuation of yesterday.

皆さんは、もっと世の中のシステムに感謝すべきだと思うのです。

I think everyone should appreciate all of the system in the world more.

「ああ、今日もパソコンがちゃんと立ち上がった」

"Oh, we can start up my personal computer, again"

「今日も、信号交差点の信号機が動いている。電車が運行通りに走っている」

"Signal devices in crosses work well, and trains are managed on time"

「カーナビが自分の位置をちゃんと測ってくれている」

"Car navigation system shows me the accurate location of mine."

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これらは、全て奇跡の御業なのです。

These are miracles of God.

システムってやつは、普通「動かないもの」なのです。

"System" does not work well usually.

なんかの偶然でたまたま動いたシステムを、なんだか良く分からないけど、そのまま使っている、というのが、

The systems that had begun to work by change and we don't know why the reasons, have keep using as-is,

―― システムエンジニアの世界の住人の、偽らざる本音です。

The above is a real intention to help but disguised for our system engineers.

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動かないシステムを目の前にして、一週間も半狂乱の状態でいるとですね、

In front of the system that have never worked for more than one week, and keeping being frantic,

―― 世の中が、神々しい奇跡に溢れていることを、

you could understand deeply that the world is full of divine miracles.

心から実感できますよ。

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ええ、変な新興宗教などに、入信する必要などありません。

Yes. You don't have to come to believe in any religious cult.


2015-05-16 しかし、一律に、私が「日本代表」と見なれるのも、困るのです。

(2015年5月13日の続きです)

(Continuation from yesterday)

しかし、一律に、私が「日本代表」と見なれるのも、困るのです。

However, it is troubled that I am a "representative from Japan" uniformly.

私は、昔から言動がアバンギャルドだと言われてきたからです。

I have been said that my behavior is likely to an avant garde from old days.

心当たりがない訳ではありません。

I don't say that I have no one in mind.

この事件のときは、「日本人は、ブリザードの中を歩くのか」と驚かれたこともありますし、

In this case, my co-worker was surprised with saying "any Japanese walks in a blizzard ?"

この事件のときは、「日本人は誰もが空手ができる」という錯覚を与えたこともあるし、

In this case, some thugs has an illusion of "any Japanese could do karate"

外国のサウナで座禅のスタイルで目を瞑っていたら、「日本人は、いつでも瞑想をするものなのか」と感心されたこともあるし、

When I closed my eyes with a style of the Zen meditation in a foreign sauna, I was admired with saying "Is Japanese a meditating anytime?"

でも、これって半分以上、外国の人の日本に対するイメージから出ているものですから、私一人に責任を押しつけられても、困るなぁ、とも思えるのです。

But these almost come from the image of non-Japanese, I am embarrassed even if the responsibility is forced on me alone.

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でも、海外で、「日本人は、ためないなく、デタラメ英語でベラベラしゃべるのか」と思われたとしたら、

If someone comes to think that "Japanese don't hesitate to speak fake English loudly"

―― それは、まあ、概ね、私の責任だといっても、いいと思います。

It is O.K. that "this is my responsibility about it"


2016-05-16 新連載「人身事故を数字で回してみよう」の著者、江端智一でございます。

先程、今回の連載に関するアンケートに応じて頂ける旨のお申し出を頂いた方に、週末に書き上げた「江端の生原稿」をご送付させて頂きました。

Just now, I sent draft papers of my column to the person, who could accept my questionnaire request.

If you could have an intention to join my questionnaire request, please feel free contact me by E-mail whose subject includes a characters of "I respond to the questionnaire".

送付させて頂いたメールの一部文面を開示致します。

Today, I open a part of my mail I have just sent to Mr./Ms. Collaborators.

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新連載「人身事故を数字で回してみよう」の著者、江端智一でございます。

I am Tomoichi Ebata, the authors of the new series "Let's turn the injury with a number".

この度は、アンケートにご協力頂けることになり、誠にありがとうございます。

This time, I thank you very much for your cooperations.

これから、アンケート、ご意見、その他、色々お世話になる予定でございます。

Now, I will ask for your surveys, opinions, others.

お忙しい中、大変恐縮とは存じますが、ご協力頂けますよう、何卒よろしくお願い申し上げます。

I'm terribly sorry to bother you, but I would be grateful for your continued cooperation.

さて、昨夜、第2回目の原稿を脱稿し、今朝電車の中で「赤入れ」をした、ういういしい・・・というか、生々しい、というか、ドロドロしい原稿をご送付されて頂きます。(私の手書き文字は、多分、解読不可能と思います)

Well, last night, I had finished writing the Part 2 of this series of the document, this morning I added "redline" in the document on the train. The paper became innocent ..., fresh and hideous something (and nobody cannot read my handwriting).

御一読頂き、再度、掲載版と見比べて頂き、校正作業によって、最終版とどの程度の差があるのか、お楽しみ頂けたら幸いです(楽しいかな?)。

I hope you could enjoy this draft version, and let you check a difference from the final version.

(後略)

(omission from the last part)

=========

しかし、私の生原稿に、どれほどの価値があるかと、考えれば、

However, let me think how important my draft document is.

価値は「ない」だろう ―― どう考えたって。

"Nothing" -- whatever I think of.


2017-05-16 ―― 解読が恐しく難しい

次回の「AIシリーズ」の連載では、ビッグデータに言及しようと思っています。

The next "Over the AI", a my series of column, I am going refer to "Big Data"

ところで、私は「ビッグデータ」には、嫌な思い出があるので

I had a bad experiment about "Big Data" in my work.

―― というか、私は仕事で係わった技術のバズワードは、何もかも嫌いになるのですが ――

To tell you the truth, I dislike all technical "buzz words" I had worked before. not only "Big Data",

「ビッグデータ」のコラムも、かなりネガティブな内容になりそうです。

About my description of "Big data", I will show you my negative sense.

それはさておき。

However that may be.

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世の中には、自分の開発したプログラムのソースコードを、惜しげもなく全部で公開してくれる、素晴しいエンジニアが沢山います(多くの場合、無償で公開)。

There are a lot of excellent engineers in the world, who open their programming codes they made by themselves without stint(in many case, they are free).

このようなソースコードのことを、「オープンソース」といいます。

These source codes are called "open source".

オープンソースがあれば、色々なOSに搭載することも可能となりますし、そのソースコードを改良して、もっといいものにしたり、あるいは別のソフトウェアを作ったりすることもできます。

"Open sources" are adaptable for several computer operating systems, and other people can improve them. In addition, we can make a new software based on the source codes.

私は、このオープンソースこそが、この世界に「善意」があることを示す、大きな証拠の一つであると思っています。

I think that this "open source" movement is an firm evidence for being "good will" in the world.

しかし、その公開されている「オープンソース」の多くは、ステップ数が膨大で、しかもキレイに整理されており、しかもソースコードが最適化されているので

However, many opened "open sources" has a lot of steps, and are neat and logical. Moreover, it came to be optimized very well. It means,

―― 解読が恐しく難しい

The codes are difficult to read out for me.

のです。

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善意でソースコードを公開して頂いている方に、これ以上の要求をするのは、著しく礼を欠く言動であることを重々承知の上で、お願いがあります。

I want to ask the engineers who open their codes in the world, though I know well that my request might be rude manner for these accommodating persons.

(続く)

(To be continued)


2018-05-16 素直に「不愉快」だと思うし、静かに「激怒」しています。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

ネットの書き込みを見てみると、「挙証責任を、相手に押しつけている」というパターンが多く、これは、特にショートメッセージに多く(Twitter等に多い)、不毛な議論が発生し、時間のリソースが喰い潰されていきます。

Reading bulletin boards in the Internet, there are many case of "clamping "burden of proofs" against a opponent", especially using by short messages (like Twitter). Sterile arguments happen and resource of time are

―― なんで、お前が主張するロジックを、「この私」が立証しなければならないんだ?

"Why do I have to prove the logic that you claim?"

―― アホか、お前?

"you are stupid, are you?"

と思う場面に、私は何度も立ち会ってきました。

In such a scene, I have witnessed many times.

そして、私は、そういうものに対して、「気にしていない」とか、「バカな奴だ」などと言って、余裕があるフリなどしません。

I do not pretend to afford such things as saying "I do not care" or "This guy are really a fool".

素直に「不愉快」だと思うし、静かに「激怒」しています。

I think that these are obediently "unpleasant" and are calmly "furious".

ともあれ、私は、小学生に「英語」やら「プログラム」なんぞを教える前に、「挙証責任の原則」を、徹底的に叩き込むべきだと思うのです。

Anyway, before we teach elementary school children 'English' or 'program', I think that "principle of burden of responsibility" should be taught thoroughly.

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しかし、一方、この原則が徹底されると、

However, if this principle is thoroughly done,

●「理」を展開するだけの力量のない人に、沈黙を強いることになる

- People who are not competent enough to develop "reason" will be forced to silence

→ 「なんとなくイヤ」とか「説明できないけど不快」を表明する機会が失われる

Opportunities are lost. for example, "Somehow disagreeable" or "I do not understand easily" or "I can not explain it but I feel uncomfortable"

●「理」を基盤とすると、どうしても、権威/権力サイドに有利に働いてしまう

- Based on "reason", we will definitely work advantageously on the authority / power side

→ 権力サイドは、「理」の使い方が得意ですし、情報量も多いですし、データ改竄も容易にできます(今回の森友学園事件等で、さらに、はっきりしました)

The power side is good at using "reason", has the amount of information, and falsify data be easily (we could make them clear about Moritomo Gakuen incident)

という問題も発生します。

The problems also occur easily .

これはこれで、「息苦しいと感じる社会」になってしまうとは思います。

I think this is going to be a "society feels stuffy" with this.

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私には、これをすっきりと解決する手段は思いつきません。

I can not think of a means to solve this clearly.

そんでもって、やっぱり

So after all

"We should understand what I can not understand"

という結論に至ってしまう訳です。

That leads to the conclusion.


2019-05-16 姉がいなかったら、別の宗派の葬儀で、父を葬送するところでした(本当)。

私は父の葬儀の時に、家紋も知らず、我が家の宗派も知りませんでした。

At the time of my father's funeral, I didn't even know the crest and the sects of my home.

姉がいなかったら、別の宗派の葬儀で、父を葬送するところでした(本当)。

If I had no sister, I was about to bury my father in another sectarian funeral.

あの世における、大乗仏教の宗派の運営がどのようになっているか、私は寡聞にして知らないのですが、

I do not know how the administration of Mahayana Buddhism sect is in that world,

If, as I mentioned before, it was operated as a "comiket booth"

父に関係のないブースに「ご案内」してしてしまうところでした。

I was about to "guide" a unrelated booth to my father.

そんでもって、ブースの休憩エリアでお茶しているご先祖様との面会させることもできなかったかもしれない ――

And, I could not able to meet my father's ancestors who were drinking tea in the rest area of the booth.

と、考えると、ちょっと冷や汗が出てきました。

Thinking about it, a little cold sweat came out.

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ここのところ、義父と父の葬儀イベント(一周忌も含む)への参加が続き、お坊さんの説教(?)を拝聴する機会が増えました。

So far, participating in the father-in-law and father's funeral events (including one round trip), I had many chances to listen to the preacher's sermon(?).

そんでもって、これも以前お話ししましたが、イベントとそのイベントの中で行わせる説教の話に、矛盾がある、と感じてきました。

So, as I mentioned before, I have felt that there are contradictions between the events and the sermons in the event.

簡単に言えば、死者に思いを馳せるイベント(葬儀、一周忌等)の中で「こだわりから離れて生きよ」と解く釈迦の教えを説教することは、―― どう考えたって「おかしい」

Simply speaking, the sermon of the Buddha's teachings, that says, "Away from the commitment, live, in the middle of an event (a funeral, a circle, etc.), is "funny", needless to say.

これは、別に中学校の二年生の若者でなくても、仏教のイベントに参加する普通の日本人として『おかしい』と感じるべきです。

Even if you are not a second grader in junior high school, you should feel "funny" as an ordinary Japanese who participates in Buddhist events.

私は、以前より、

Before I have felt that.

―― 釈迦の教えと、私達が運用している仏教(大乗仏教)の教えの間に、巨大な溝がある

"there is a huge gap between the teachings of Buddha and the teachings of Mahayana Buddhism sect we are operating.

と感じていました。

(続く)

(To be continued)


2020-05-16 ―― 何やってんだろうなあ、桶狭間合戦場跡は

私の出身地は、あの「桶狭間」です。天下分け目の合戦のあったあの「桶狭間」です。

I'm from Okehazama, It is the "Okehazama" where the battle of the war the nation was fought.

先日、嫁さんとある旅番組を見ていました。

The other day, I was watching a travel show with my wife.

その番組では、歴史の教科書にも出てこないマイナーな合戦地だったにも係わらず、色々な歴史資料館やら、土産屋が立っていました。

In the program, there were various historical museums and souvenir shops, even though it was a minor battlefield that doesn't appear in history textbooks.

嫁さんが、

My wife muttered to me,

―― 何やってんだろうなあ、桶狭間合戦場跡は

"I wonder what they're doing at the site of the Battle of Okehazama"

と呟いていました。

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桶狭間合戦場跡は、名古屋市側と豊明市側に二つあります。

There are two battlefields, one on the Nagoya side and the other on the Toyoake side.

江端の実家は、その中間位置にありますので、この実家こそが、真の合戦場後なのだ ―― などと下らない主張をする気はありませんが ―― どちらの合戦場跡も、全然、商売っ気というものがありません。

"My parents' house is in the middle of two, therefore, this home is a true battlefield site". I don't mean to make such a trivial claim, but neither of the battlefield sites has any business atmosphere at all.

互いに遠慮しあっているのかもしれませんが、日本全国の地方自治体からすれば「なんという資源の無駄使い」と思われているかもしれません。

They may be shying away from each other. From the point of view of local governments across Japan, this may be considered a waste of resources.

まあ、こういう施設は、簡単に不良債権化するので、双方の施設は、なかなか賢明な判断をしているのかもしれません。

Well, since such facilities are easily turned into non-performing loans, both facilities may have made a very wise decision.

まあ、それに、私、その後の日本に「奇襲はかっこいい」という面倒なマインドを植えつけやがった、双極性障害が疑われる、あの武将が好きではありません。

Well, in addition, I don't like that warlord with suspected bipolar disorder who instilled a troublesome "surprise is cool" mindset in subsequent Japan.

それゆえ、今のままで一向に構いません。

Therefore, I don't mind at all as they are.