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2013-10-22 私たちサラリーマンは占い師なのです

この話は何度も書いていて、本当にしつこいのですが ――

私は血液型や星座による性格判定やら占いやらを、絶対的な意味で信じない一人です。

これは統計的とか、科学的とか、あるいは生物学的とか、また、観念でも、信念でもなく、「絶対的にあてにならないこと」を知っているからです。

正確にいうと「私については、絶対的に信じない」というのが正しいのかもしれません。

■無口で一途な正確

■信念に従い、意志が固く、不言実行型

■成功するまでは、決してあきらめない根性の人

■理知的で、天才肌

一体、誰だ、それは?

上記の内容、私の血液型と誕生日から調べると、どれを見てもほぼ同じ。

そのようなフレーズを作成している著者に、「お前等には、創作力はないのか」と蔑んでしまいそうです。

以前にも書きましたが、「誰よりも分かっているはずの自分の性格を、他人に当てて貰って喜んでいる人」が、一体何に喜んでいるのか、私には全く分かりません。

しかし、占いコーナとか、今日の運勢とかの記載が、雑誌からなくなったという話は、ついぞ聞きたことがありません。

ということは、我々は、「デタラメでも、嘘でもいいから、誰かにアドバイスをしてもらいたい」生き物であると推認されます。

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では、「アドバイス」という観点から考えてみます。

私、学生時代に、進路で悩んだことがあり、人生で一度だけ、手相占いをして貰ったことがあるのです。

その時分かったことは、その占い師を称する人が、私の「手」ではなく、「顔」を見ていた、ということです。

最初、その占い師なる人は、私が望んでいることとと真逆のことを言っていたのですが、私の顔色を伺いながら、適当な会話を続けている内に、それを完全に「私の意に沿った」方向に転換することに成功したのです。

『人の顔色を見て、その結論を変える』

そんなことは、我々のようなサラリーマンであれば、誰もが持っているスキルです。

上司、顧客に対して、我々サラリーマンは、彼らにとって「心地よい答」をいつでも取り出せるようにしているように準備しているはずです。

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なんのことはない、私たちサラリーマンは占い師なのです。

ならば、何も占い師なんぞに3000円もの金(今でも、私は心底腹を立てている)を払う必要なないのです。自分に尋ねれば良いのです。

我々が占い師であるなら、「我々の考ていること自体が、その占いの結果となる」ということは、当然のことです。


2014-10-22 嫁さん:「普通の会社では、業務時間中に無駄話はしないの!」

最近、新しいプロジェクトの事務局を兼務することになって、帰宅時間が、さらに遅くなっています。

Recently, I have engaged in head office of a new project, and the return time becomes later.

ヘロヘロになって自宅に到着すると、嫁さんが心配そうに私を見ています。

When it becomes worn-out and arrives at the home, my wife looks at me anxiously.

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が、

However,

江端:「最近、忙しくて、無駄話もできないよ」

Ebata:"I am too busy to talk chat recently"

と愚痴を言ったら、

I complained the daily tasks,

嫁さん:「普通の会社では、業務時間中に無駄話はしないの!」

My wife:"In a common company, we never do such idle talks over the duties time"

と、叱られました。

She scolded me.

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金融業務に従事していた、私の嫁さんの職業倫理観は、

My wife, who had engaged in finance duties, has a concept of professional ethics that is

―― 私より、遥かに高い

"Much higher than mine"


2015-10-22 ―― 本心です。

本日は、コラムがリリースされた日なので、日記はお休みです。

Today, a new column is released, so I take a day off.

"Let's turn the world by "Number" Diet (19)

The Purpose of diet is diet itself?

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また、今回のコラムの中で記載された

In this column, my comment,

『この「無礼な後輩シリーズ」は、既にEE TImes Japan編集部においても、(また、一部の読者の間でも)評価されているようで、私は愉快ではありません』

"I am uncheerful that the series of "the junior coworker with rude manner" is valued by EE Times Japan (and a part of readers)"

という私のコメントは、

―― 本心です。

is true, from a bottom of my heart.

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あ、それと「アカデミックセミナー」の資料もアップしておきましたので、興味のある方はどうぞ。

In addition, I have already uploaded a material of the academic seminar. If you are interested in it, please try it.

"Examination of "We, human being are destined to fail diet" mathematically"


2016-10-22 「『誰かに頼むなら、自分でやった方が早い』という考え方は危険」

「『誰かに頼むなら、自分でやった方が早い』という考え方は危険」

"The thought of "If I ask for my work someonem, I will do it by myself because it is faster" is danger"

というフレーズ、かなり前から色々なところで語られていますが、正直、私、聞き飽きてきました、

That phrase has been told at various from long ago, however, honestly, I, we have tired of hearing,

もちろん、大量の仕事を抱え込むことは、長時間労働、過労、そして、「うつ」などのメンタル上の問題を引き起こすことになります。

Of course, overstretching large amount of work, will cause long working hours, overfatigue and mental problems of "depression".

これらの問題は、社会的にも公に認知されるようになり、長時間労働は「社会悪」という認識が広がるつつあります。

These problems also come to be publicly recognized social, and long working hours is becoming spread recognition as "social evil".

とても望ましいことだと思います。

I think it is very preferable.

それに、組織力を利用するために、会社という仕組みがあるのですから、「全て自分でやる」ということは、会社の存在意義を否定していることにもなります。

Companies exist in order to use the power of the organization, so "all do it myself" is to deny the existence of company.

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しかし、その一方、私に一つ言えることがあるとすれば、

However, on the other hand, what I can say is

―― 私は「頼まれること」が好きではない

"I do not like "to be asked."

ということです。

(続く)

(To be continued)