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2021|01|02|03|04|

2012-04-21 愛すべき「個性」

私は「自分が嫌い」と思ったことがありません。

だから、色々な歌の中で登場するこの手のフレーズの意味が、よく分からないのです。

失敗をして激しく落ち込みますが、それでも自分が「駄目な奴だなぁ」とは思いますが、決して「嫌い」ではありません。

頭が悪く、要領もよくなく、空気も読めず、浅学、卑怯、狭量でも、「うんうん、お前は『いい奴』だ」と思っています。

# 友人に「お前みたいに幸せな奴は見たことがない」と言われたことがありますが、何を言われたのか、今も良く分かりません。

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だから、自分を構成する属性だって大好きです。

それが、悪すぎる目付きや、重すぎる体重や、故障を繰り返す腕や脚、そして、

異様に値の高い、AST(GOT)、γ-GTP(肝機能障害の指標)

すらも、それは私の愛すべき大切な「個性」なのだと信じています。


2013-04-21 タブレットコンピュータやスマホのコマーシャルにムカムカしています

私はITに関わっている人間ではありますが、ITに関するコマーシャルが嫌いです。

特に、最近では、タブレットコンピュータ(iPadとかNexus7等)、スマホのコマーシャルも、見ていてムカムカします。

タブレットコンピュータで、簡単に絵を描いて、それを別の人が脚色をして、音楽を付けて、世界中の人がそれを鑑賞する。

それを飛び跳ねて、踊りながら、とか。

―― 笑わせるな

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そもそも、これらのコマーシャルは、「創作」をいう行為を舐めている。特にITが絡 む創作の鬱陶しさを、全く理解していない。

第一に、絵を書くドローツールが面倒くさくて、使いこなせん。

写真の表現変換する為のオプションが、どれだけあるのか分かっているとも思えない。

音楽作成のツールなんぞ、挫折せずに使いこなせる素人は、100人挑戦して、せいぜい1人残ればいいところ。

そして、これらのコマーシャルが決定的にダメなところは、全てそれぞれの分野での創作力(作画、作曲、その他)を持っている人間が、絶対的少数であるという事実を無視しているとこにあります。

法律的にも問題があります。

等は、人の著作物に勝手に手を入れて、他人にばら撒いているようだが、原著作者の許諾を得てから、そういう創作活動やっているとは思えない。

明かに、著作権法21、27、28条、加えて肖像権も含め、違法行為の奨励コマーシャルである。

機能面から言えば、嘘八百とはまさにこのこと。

大抵、無線LANやキャリアの設定で、半日はかかるし、ツールが使い熟せるようになるころには、その端末は古くさくて、遅くて、ようするに時代遅れになっている。

IT関係の機器(以下、デバイスという)とは、畢竟、そういうものなのです。

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全くもって、パソコンの創成期から、今に至るまで、実に30年も経過しているにも関わらず、よくもまあ飽きもせず、あのような、あのSFのような、現実感のない、荒唐無稽な、馬鹿げたコマーシャルを作り続けているものだ。

広告業界の人間には、創作力がないのか?

あるいは、スポンサーは、いまだに、あのような幻想コマーシャルが消費者に受けると、本気で信じているのだろうか?

そして、(考えたくもないが)消費者は、まだ、デバイスに「魔法の箱」の幻想を持っているのだろうか。

-----

「iPad、iPhone、iPodが使いやすい」といっていあなたは、たまたまデジタルデバイドピラミッドの頂上近くにいただけの話です。

iPadが真に使いやすいのであれば、少くとも、経済大国である我が国の国民全員が購入しているハズである、と考えられないでしょうか。

我々人類は、確かに創作に喜びを見い出せる生物学的にはちょっと気持ちの悪い生物ではありますが、「面倒が嫌い」という点では共通しているのです。

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少くとも、私は、いつでも「もうすぐ・・、もうすぐ・・、きっと楽になる」と呟きながら、デバイスを使い続けてきたのです。

―― いい加減に目を覚ませ、消費者たち。

―― 30年間も騙され続ければ十分ではないか。

デバイスが使いやすかった時代は、未だかつてなく、そして将来もない。

一切ない。

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では、デバイスない時代に戻れば、幸せになれるかといえば、そういう訳でもないのです。デバイスの便利さと、不便利さは、結局相殺しあっているからです。

相殺しあっているということは、デバイスを使えないことは、一方的に不利になっていくことでもあります。

デバイスの有無は、プラス側には働かないが、マイナス側には確実に働く。

こういうものを、一般的には「素晴しいもの」とはいいません。

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タブレットコンピュータ、スマホのコマーシャルも、見ていてムカムカするのは、そこに、素晴しい未来があるような幻想を見せるから、ではありません。

いや、コマーシャルなのだから、「素晴しい未来があるような幻想」を見せるのは、それが目的であることは、分っているのです。

私が腹を立てているのは、その「素晴しい未来」のビジョンが、ここ30年間、1ミリメートルも動いていないという、コマーシャル提供者側の懈怠、怠慢にあります。

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私なら、

■Cookpadのレシピを表示しているタブレットコンピュータを、ガムテープで壁に張って、料理を作っているところ(私のことだ)

■ジブロックにタブレットコンピュータを入れて、風呂で本や映画を見ているところ(私のことだ)

■子供の勉強を見ているフリをしながら、子供からは見えなく角度で、タブレットコンピュータで、水着の若いネーチャンを見えているところ(私のことではない)

という画を使って、コマーシャルを作る。

これこそが、タブレットコンピュータやスマホの革命的パラダイムなのであるからです。

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踊りながら、写真を取って、絵をかいて、転送して、音楽を付ける、だぁ。

笑わせるな。

アップルでも、マイクロソフトでも、グーグルでもいい。

たった一人でいいから、その人物を、私に紹介してみせろってんだ。


2014-04-21 ―― 動けばいいんですよ、動けば。

私は古いものを安く購入し、できるだけ長い期間使うということに、喜びを感じる人間です。

I feel happy to get goods of the old type and keep using them for a long time, for example private car and PC.

自動車も、パソコンも、そして、我が家のビデオカメラは、私が2世代落ちの店頭品を安価で手に入れたものです。

I got the video camera two generation ago, which had been displayed in a shop.

SDカードで記録する、軽くて小さい優れものです。

It is nice one, that is light and small and its storage device is only SD card,

が、問題が起こりました。

But a problem has happened.

バッテリーの寿命がきてしまい、しかも同じ型番の在庫が残っていないのです。

The Battery dies in its bed, and there is not same type good at all.

これはかなり本気で困りました。

I am really annoyed with this accident.

外部から給電する乾電池のパックを自作したのですが、嫁さんから「不便だし、重いし、持ち歩くの恥しい」と言われるし、「それも、もっともだろう」、とも思えました。

However I made a cell battery pack by myself, my wife said "inconvenience, heavy and shamed". I also think that it is natural.

まあ、駄目だろうと思いながら、バッテリーの型番をAmazonに入れると、

All my efforts are in vain. When I entered type number of battery in search site

―― 出てくるもんですね、古いバッテリーのレプリカが

I could find the battery of clone.

どこで、どのように作られているのかは知りませんが、そしてその品質についても全然信用できないし、真性品の1/5以下の値段というのも実に怪しいのですが、

I don't know how to make it, where to make it, how the quality is. Moreover it is suspicious price.

―― 動けばいいんですよ、動けば。

It is just good to work.

仮に、その製品が特許侵害品であろうが、業として再販や使用でもしない限り、罪には問われませんしね。

Even if the good is infringed up, I am not guilty for the resell and use as business.

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最近、こういう製品が、私の回りにたくさんあります。

Recently there are a lot of good like that around me.

少なくとも、江端家にある3台のプリンタのインクで、純正品のものは一つとして、ありません。

At least there is no brand printer inks for three printer in my house.


2015-04-21 『お願いです! 記事を差し止めて下さい!!』

昨日、ちょっとした、しかし、私にとっては真っ青になるほどのポカをやらかしました。

Though I am writing my diary about "nationalism" now, I had a little (but very serious for me) mistake yesterday.

この記憶が鮮明なうちにに、それを日記に残しておかなければ、と思いました

I think I have to leave this my mistake in my diary before I forget it.

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昨日、担当者さんより

「新しいコラムをリリースした」とのメールを頂きました。

Yesterday, I gave a message "your new columns has been released just now" from editor company.

私の仕事が一段落して、メールを見たのは、そのメールの受信時刻から3時間後のことでした。

Settling a matter of my work, I read the mail after three hours.

タイトルの修正をお願いした後、(ドラフトの段階から最終校正まで30回は読み直した)そのコラムを再度読み直していた時のことです。

After I asked them to modify a part of the title, and I read the column again even I had already done more than 30 times.

計算式の指数をチェックしていたところで、妙な違和感を感じました。

When I checked the exponent numbers of a formula, I had doubts about the propriety of the formula.

同じケタ数と思っていた、日本のエネルギー消費量と、原爆の爆発エネルギーの指数が違っていることに気がつきました。

And I noticed that the exponent numbers between the Japanese energy consumption and the atomic bomb energy were different, though I though it is same.

―― 2ケタも。

"Double digits"

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私は、真っ青になりながら、パソコンのディスプレイにしがみつき、これまで散々お世話になった、経済産業省のエネルギー白書と、Wikipediaを調べ始めました。

I was be in white terror, clung my PC display, and started to check "Energy white paper of Ministry of Economy, Trade and Industry" and Wikipedia

手元のノートに、その数値を殴り書きして、再度割り算を試み、結論づけました。

In a notebook at hand, I scribbled the numerical value and tried division again. Finally I concluded it.

―― 計算ミス、ついに、やっちまった ーーーー!

"I made a mistaken calculation at last !!"

私は、担当者さんが帰宅していないことに一縷の望をかけ、自分の電話番号を記載したメールを担当者さんに送付し、コールバックを祈るように待ちました。

I bet the wish that the person in charge didn't leave the office, and send my phone number by email, and I waited to pray for a callback.

そしてかかってきた電話に、挨拶もそこそこに、いきなり申し上げました。

As soon as I got the call, I expressed my intention immediately after greetings.

『お願いです! 記事を差し止めて下さい!!』

"Please stop showing my column immediately!"

(続く)

(To be continued)


2016-04-21 ―― こんな記事(の作成)に、一体、誰がお金を払っているんだろう?

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

それはさておき。

By the way,

他人の文章の中でも、「こんな原稿を書く人は誰だろう?」というような文章があります。

I often find a type of articles of others, and I wonder who writes such articles as follows.

■昨夜のバラエティ番組の内容や、

- a talk-show program last night,

■SNSでの炎上

- a flames of SNS

などを纏めて、1ページ程度で纏められているコラムです。

The article shows the summary of the above.

これらのコラムは、一定のPV(ペ^ージビュー)も稼いでいるようです。

The articles seems to be get page views constantly.

しかし、このような記事は、特別な調査も、考察も、論理展開も、何もいりません。

But I think that making these articles doesn't need difficult researches, thoughts, and logical thinking.

ただ、観察した結果を記載するだけで良く、一言で言えば「簡単」。

It is only to describe the results of the observation, in a nutshell, "simple".

―― こんな記事(の作成)に、一体、誰がお金を払っているんだろう?

"Who can pay for making these articles?"

と、ずっと不思議だったのです。

It is wonder for me.

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で、「クラウドファンディング」のページを見て、ようやく理解できました。

I could understand the lines at the Web site of the crowd-funding of Yahoo.

そこには、そういう記事を書く人の募集が、山のようにありました。

There were a lot of job ads of writers who were expected like above.

しかも、安価で ―― 「モヤシ炒めと納豆の定食」というくらいの値段 ―― くらいで。

In addition, the costs were cheap, like the price of set meal of "bean sprouts stir-fried and natto".

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こういう人達がコラムを量産し、それ以外の人達がそのコラムを読んで時間を消費している訳です。

Such people are making mass production of the column, and other people are consuming their time with reading the columns.

てなことを、考えながら、ふと気がつきました。

However, while thinking, I suddenly noticed.

―― あ。両方とも、私のことだ

"It is me as both sides."


2017-04-21 ある番組で、隣の席と完全な仕切りが設けられたカウンターのラーメン屋が紹介されていました。

ある番組で、隣の席と完全な仕切りが設けられたカウンターのラーメン屋が紹介されていました。

A TV program introduced a ramen-shop, whose counter has partition boards for each customer.

嫁さんは「まるで、飼育場のようだ」と言っていましたが、私は、良いコンセプトだと思いました。

My wife said "it is like a breeding farm", however, I think this is good way.

私のような「一人飯読書」のような人間にとって、カウンターに本を広げるというのは、心理的な抵抗があります。

I like "eating alone with reading" and I open a book on the counter. Therefore I feel sorry for neighbours.

いわゆるカウンターの「領域問題」―― 隣りの人の邪魔になっていないか ―― が気掛かりで、自分の食事を楽しめなくなってしまうからです。

That means "border issue" on a shop-counter, I feel uneasy not to cause an obstruction, and I don't enjoy eating ramen.

(そういう意味では、スマホは、優れた「一人飯読書」のツールであると言えます)

(I think that smart-phone is a good tool for "eating alone with reading" )

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そもそも、ラーメンという食べ物は、

To begin with, for ramen, we have to

■液体(スープ)の中に放り込まれている固形物を拾い上げ、

pick a solid object up from a liquid mass,

■その拾い上げる対象は、一口では処理できない固形物(麺)であり、

which is difficult to eat the solid at a mouthful,

■それを、空中で切断(歯で噛み切る)し、

gnaw off the solid on the air, and

■切断された残留物を、液体に再度落下させる

drop the fragment solid down to the liquid mass.

を繰り返すという、他の料理には生じない、プロセスを必要とする料理です。

Ramen needs special steps, which the other dishes don't need.

普通のスープやシチューなどとは異なり、固形物を「空中で処理」して「液体に再落下」させるという点において、決定的に異なります。

Ramen is different from soup and stew, because ramen needs some process of "gnawing" and "dropping".

加えて、その液体は、動物性タンパクや脂質をふんだんに含んでいます。

In addition, the liquid mass includes animal protein and fat.

衣服に付着すると、取り除くのは難しい、という性質をもっています。

If the liquid mass attach to clothes, it is difficult to scrub it.

それでも自分の衣服であれば、単なる自己責任で済む話ですが、隣の席の人にまでに被害が及ぶのであれば、当然に問題となります。

Even so, if the clothes are ours, no problem happens. However if the damage spread other people out, this will be serious problem naturally.

このような素晴しい料理が、このような問題で貶められるとしたら、本当に残念なことです。

If such troubles make a wonderful dish "Ramen" diminish, I feel very sorry.

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結論として、

In conclusion,

「隣の席と完全な仕切りが設けられたカウンターのラーメン屋」というのは、

"ramen-shop, whose counter has partition boards for each customer" is,

素晴しいシステムであり、コンセプトだと思います。

wonderful system and concept, I believe.


2018-04-21 私の『シュタインズゲート視聴則』―― に従う必要があることを思い出したからです。

昨夜、デモ用動画のレートダウン + メディア変換 ―― まあ、要するに、『面倒なこと』です ―― が上手く動かすことができず、遅くまでパソコンを闘って、フラフラになって帰宅しました。

Last night, I was trying rate down of demo video + media conversion - well, in short, "troublesome thing", however I could not be moved well, went home in exhaustion.

帰宅した時には、午前0時を過ぎていたのですが、「シュタインズゲート・ゼロ」の第2話が録画されていることに気がつきました。

When I came home at midnight, I noticed that the second episode of "Steins Gate Zero" was recorded.

早速、視聴しようとしたのですが ―― すんでのところで、思い止まりました。

I tried to watch it immediately - but I stopped thinking very much.

なぜなら、「シュタインズゲート」シリーズを、視聴する時には、

Because, I think when viewing the "Steins Gate" series,

●まず、風呂に入って、体のヨゴレを落し、

- First of all, take a bath, drop the body dirty,

●その後、冷水で体を引きしめた後、

- pulling the body with cold water,

●塩水で口をすすぎ、

- Rinsing mouth with salt water,

●白襦袢で身を被い、

- covering myself with white jelly,

●テレビの前で正座して、

- seating in front of the TV,

●雑念を払い、一心に集中する

- paying attention and focusing on one thing

という ―― 私の『シュタインズゲート視聴則』―― に従う必要があることを思い出したからです。

I remembered that I have to comply with my "Steins Gate viewing rule".

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話は変わりますが、そろそろ、「AIシリーズ」の連載も、そろそろ終盤に向かっています。

By the way, it is almost time for the series of "AI series" to head to the final stage.

次に連載を頂く為の営業ネタを考えているのですが、チラっと、

I am thinking about sales stuff for the next series,

―― 「シュタインズゲート論」

"Steins Gate Theory"

というのをご提案させて頂こうかなと、思いました。

I thought I would suggest it.

しかし、その次の瞬間、

However, at the next moment, I could watch

●『江端さん? マジですか?』と応える、編集長のTさんと編集担当者のMさんの、ひきつった笑顔、

the smile faces of Mr. T, editor-in - chief, and Mr. M 's editor in charge with saying "Mr. Ebata? Are you serious ?

と、

and

●その後ろに立ち上る「憤怒のオーラ」

"aura of anger" rising behind it

が見えましたので、

この日記は、『β世界線のできごと』として、『なかったこと』とさせて頂きます。

You will forget the existence of this diary, because it is event of other worlds.


2019-04-21 私の場合、本からの知識を取得する場合、原書に一切拘ず、解説本やマンガがあれば、それを何冊でもバカスカ読み倒します。

(昨日の続きです)

(Continuation from yesterday)

昨日、アニメ「PSYCHO-PASS」は、社会に関する興味への、良いリンク集になっている、というお話をしました。

Yesterday, I talked that the anime "PSYCHO-PASS" is a good link to social interests.

ただ、その原本(もちろん翻訳本ですが)は、基本的に、難解で、退屈です。

However, the original (of course, it is a translated book) is basically difficult and boring.

私の場合、本からの知識を取得する場合、原書に一切拘ず、解説本やマンガがあれば、それを何冊でもバカスカ読み倒します。

In my case, when I try to acquire knowledge from books, I don't insist on trying the original and I will read down any number of commentary books and manga.

これは、私のこれまでの「プログラミング言語の履修」で、私が至った経験則です。

This is the rule of thumb that I have reached in my previous study of programming languages.

プログラミング言語は、20行以内のプログラムを、50個くらい自分で打ち込めば、大体のことは理解できる ―― これは、80:20の法則(パレートの法則)と同じ話です。

In order to know the a programming language, I try to copy 50 programs within 20 lines. This is the same story as the 80:20 law (Pareto's law).

「プログラミング言語の2割を理解すれば、そのプログラムでやりたいことの8割は実装可能となる」

"If I can understand 20% of the programming language, then 80% of what I want to do with that program can be implemented."

また、「コラムの執筆」についても同じことが言えます。

The same is true for "column writing".

毎月やってくるコラムの締切で、文献引用するのに、原書を全部読んでいる時間はありません。

At the deadline of the column every month, I do not have time to read the whole original book to cite the literature.

どうせ私のポンコツの頭では、著者の意図を100%理解することは期待できませんし、少くとも、「原書に固執して挫折するよりはずっといい」と割り切っています。

After all, I can not expect to understand 100% of the author's intention with my poor head. At the very least, I can say, "it's much better than sticking with the original book and get frustrated."

それはさておき

That aside

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「PSYCHO-PASS」で登場する文献の中でも、「社会」に関するものを調べてみました。

I searched for books related to "society", in "PSYCHO-PASS",

■ジョージ・オーウェル:『1984年』

- George Orwell: "1984"

->これは完璧に読んだ。何度も読んだ。ビデオ監視システムの研究をしている時の精神的支柱となった作品(「なんで、そうなる!」というツッコミは却下の方向で)

→ I read this completely many times. This is a work as my mental support when researching a video surveillance system (I reject any objection.)

■ジャック・ルソー:『人間不平等起源論』

- Jacques Rousseau: "The theory of human inequality"

→高校の倫理社会の時に教科書を読んだ程度

-> I read textbooks in the high school ethics society

■フィリップ・K・ディック:『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

- Philip K. Dick: "Does Android have a dream of electric sheep? "

→"ブレードランナー"という映画で見た程度

-> I watched it in the movie "Blade Runner"

■オルテガ『大衆の反逆』

- Ortega "Republic of the Mass"

→今、注文中

-> Now ordering

■ジョナサン・スウィフト:『ガリヴァー旅行記』

- Jonathan Swift: "Gulliver's Travels"

→ 小学生のころ、原本を何度も繰り返し読んだ。この時、「不死」という恐怖が擦り込まれたような気がする

-> When I was in elementary school, I read the originals over and over again. At this time, I felt that I could know the fear of "immortality".

■著者不明:『新約聖書』

- Unknown author: "New Testament"

→ 真面目に全部を読んだことはないが、かなり頻繁に、読んだと思う。少くとも、映画「ダビンチコード」を楽しめる程度には、知っている。

-> I have not read it all seriously, but I think that I read it quite often. At least I know the contents to enjoy the movie "Da Vinci Code".

■マルセル・プルースト:『失われた時を求めて』

- Marcel Proust: "In Search of Lost Time"

→長すぎる。多分、これからも読まない。

-> Too long. Maybe I will not read in the future.

■マックス・ウェーバー:『権力と支配』

- Max Weber: "Power and Control"

→現在のところ、手軽な解説書がないので、読む予定なし。

-> At present, there is no handy manual, so I have no plan to read it.

■ミシェル・フーコー:『監獄の誕生』

- Michel Foucault: "The Birth of a Prison"

→現在のところ、手軽な解説書がないので、読む予定なし。

-> At present, there is no handy manual, so I have no plan to read it.

■スタンダール:『赤と黒』

- Stendhal:"Red and Black"

→最後まで読んだが、意味が分からず、感想以前の問題だった(この主人公、アホじゃねーの、という思い出だけが残っている)

-> I read it to the end, but I did not understand the meaning, so I didn't have the impression.

あと直接引用されている訳ではないけど、全体に流れるトーンが、この本のような感じなんですよね。

It is not a direct quote, but the tone that flows throughout is like this book.

■フランクル:『夜と霧』

- Frankl: "Night and Fog"

→読んだなぁ。読み倒したといってもいいくらい読んだ。

-> I read and read it again and again.

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昨日、何冊かAmazonや図書館にオーダ出しておきました。

Today, I ordered some books from Amazon and the city-library.


2020-04-21 ―― 私は、しゃべりすぎる

この年になって気がつくのも、間抜けな話ですが、

It's a stupid thing to notice at this age,

―― 私は、しゃべりすぎる

"I talk too much"

と、改めて思うようになりました。

I come to think that again.

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「できそう」なことを「できそう」と言って、

Saying that "I can do it" about what I might be able to do it

「できそう」なことを、やり遂げると、

If I did what I can do it,

それを前提として別のことをやらされる、

Another thing will come by the result.

と、いうことを、繰り返してきました。

I've been repeating that.

それを繰り返して、ついに「お酒の飲めない体」になってしまいました。

Repeating that, I finally made my body that I couldn't drink.

点滴と、栄養剤と、安定剤と、睡眠薬で、生きているような日々もありました。

There were days when I had a drip, a nutritional supplement, a stabilizer, and a sleeping pill.

これって、やっぱり変です。

This is strange.

体を壊さずに、安定剤や、睡眠薬を握らずに生きている人が、私の回りには、沢山いるのですから。

There are a lot of people around me who live without breaking my body and holding stabilizers and sleeping pills.

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「できそうなこと」は、「できない」という。

I will say "I cannot do it" about what I might be able to do it

「できること」も、自分からは「できる」とは言わない。

I will not say "I can do it" from myself, even if it is not.

これからは、これを厳守して生きなければならないと思っています。

I think from now on, keeping strictly the above rules, I have to live my life.

もし、それで不遇な目にあうことになったとしても、

So even if I meet unfortunate things,

死んでしまうよりはマシです。

It's better than dying.