第6章 Virgin Road



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第6章 Virgin Road

古田さんの友人であり今日の披露宴に出席することになっているF嶋もまた、いきな り結婚を表明した友人の一人である。彼の結婚式ではスピーチを依頼された私である。

あまり考えたくないが、確かに私は人の世話ばっかりしている。

しかし、世の中にはどうしても思い通りにならないこともあるのだ。こればっかりは 、しょうがないのだ。運としか言いようがないし、縁もない。

地下の喫茶店でランチを食べた後、タキシードに着替えた新郎に出会った。『よう、 似合うね』と私が言う暇も与えず、彼は凄い勢いで私の横をすれ違って行った。通り 過ぎた後、小さく風が舞っていた。 この段階になると、新郎も何がなんだか訳がわ からなくなっているのであろう。

挙式の時間が近づいてきた。

ホテルの9階にあるチャペルのドアの前で、参列者がぞろぞろと集まってくる。鮮や かな白やピンクやブルーの服でドレスアップしている若い女性の集団は、新婦の友人 たちであろう。黒い礼服でちっともさえない男性軍に比べて、実に華やかである。う らやましい限りである。

チャペルのある9階のロビーは、神戸港を望む南向きに面して、床から天井まで壁一 面がガラス張りになっている。壁の向こうは大きなベランダが広がっていて、ガーデ ンパーティを催すことも可能なほどに広い。先ほどの朝食を食べたラウンジもそうで あったが、このホテルの設計者は、できるだけ陽光を取り込もうと言う設計思想を持っ ていたに違いない。

外を見ると先ほどまで空一面を覆っていた雲が、少しずつ無くなり青空が広がってき た。強い風が少し気になる。

ざわついた場が少しずつ静かになっていき、その雰囲気に気がついてまた誰かがしゃ べるのを止めると言う風に、波が引いて行くように場が静まる。全員の視線が一箇所に 集まる。

和服姿の介添えの人を伴って、ウエディングドレスの新婦が静かに歩いて来る。

新婦が近づいてくるのに気押された感じで、新婦の進む方向に立っている人達が後ず さって道を開けていく。

新郎と新婦、御両家の方々がチャペルに入場してから、会場準備の係りの人にチャペ ルのドアの前で2列に並ぶように言われた。チャペルに入る前に、進行プログラムと 賛美歌の歌詞が書かれている紙を手渡される。チャペルは小学校の教室を思わせる程 の大きさであり、正面に十字架が掲げられていた。プロテスタントキリスト教の大学 で学んだ者としては、プロテスタントの教会であることが分かり一安心。

新婦がパイプオルガンに合わせて、父上と腕を組んでバージンロードを一歩一歩調子 を合わせて一緒に歩いてくる。

式は形式通り滞り無く進み、最後に、新郎が新婦を引き連れて退場。カメラのフラッ シュが四方八方から二人を包む。私も拍手をして二人を送った。

その後、前述したベランダに長い赤い絨毯が引かれ、私たちはその絨毯の両側に立っ て、拍手で二人を送ことになる。ベランダの鐘が大きく鳴り渡り、新郎新婦の二人は、 先ほどに比べると幾分緊張も取れたような表情で、笑みを浮かべて歩いている。

風が時折、思いだしたように振り降りて来ては過ぎ去っていく。その度にドレスの 裾や、髪を押さえている若い女性たち。私たちも少しだけ風の勢いに顔をしかめてな がら風に向かって立ち、若いカップルを拍手で見送る。抜き打ちのように吹き抜ける 強風で、白いベランダの上に真っ直ぐにひかれている深紅の絨毯が、捲れ上がりそう になる。

私たち参列者はゆっくりと歩いている二人に、拍手やお祝いの言葉をかけながらも、 あたかも事前に打ち合わせをしていたかのような見事な連携プレーで、各々の両足の靴 で、絨毯の端をしっかりと踏みつけて、絨毯が捲れ上がりそうになるのを防いでいた。

こうして、新しいカップルを皆で守っていたのである。



Tomoichi Ebata
Sun Feb 4 19:11:56 JST 1996