江端さんのワイナリー紀行



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江端さんのワイナリー紀行

毎年のことですが、私が気が付かない内に、いつの間にやら会社が夏休みに突入して しまます。で、毎年のことですが、何の計画も立てていないので、『ああ、何かしなけ れば〜!!』と思っている間に折角の休みが終わってしまいます。

今年は、山岳部のMさんから何度も登山に誘われていたのですが、最後に3000メート ル級の山に登ったのが3年前でしたし、なによりパーティの面子が男だけ3人。しかも みんな屈強の山男ばかり。私は、自分より体力がなくて、私より先に「ばてる」人がい ないと気力を維持できないと言う大変屈折した人間ですので、今回は参加を遠慮させて 頂くことにしました。

とは言え折角の4連休です。何処にも行かないのはあまりにもったいない。連休初日 、部屋のベッドの上でひっくり返って、旅館ガイドをぱらぱらとめくっていました。そ して、ぱっと開いたページの左上の記事に引きつけられました。  
『ワイン党なら一度は行きたいこだわり民宿 - ワイン民宿 鈴木園』

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中央高速道路府中インターから、約1時間半。『うぉ〜!ジェットストリーム〜〜! !』と叫びながら、私は、愛機TDR250と共に時速100kmの空気の壁を全身に受け ていました。途中、時速100kmの雨粒がヘルメットのフェイスに直撃すると言う、少々 辛い目にも合いましたが、何とか目的地の勝沼に到着しました。

山梨県勝沼市は、日本一のワイン生産量を誇り30以上のワイナリーgifを持つ、文字どおりの「ワイン王国」です。もちろんそれはぶどうの生産 量が日本一であるためであることは言うまでもありません。

実際勝沼市に入って気が付くことは、ぶどう園の多さです。観光客用に、「入場無料 」と書かれたぶどう園がどこまで走っても次から次へと現れて来ます。しかし、まだ本 格的なシーズンではないためか、観光客はもちろん店番の人の姿が見えないこともあり ます。

国道20号線から勝沼市街へ入って、交差点のところに立っていた観光案内の地図を 見上げて、最初に訪問するワイナリーを決めました。

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さて、それはさておき。

私はかつて、エッセイ集「江端さんのひとりごと」の中で『おいしいお酒の作り方』 と言う短編を書きました。内容は、酒税法批判、ワインの作り方、ビールの作り方、私 たちの酒類生成の権利などで、恐らく私の作品の中で最も反響があった一つのようで、 多くの方からお問い合わせを頂きました。

その中で、「お酒造るのって、難しそう。」と言う御意見が多く、私としては少々意 外な感じがしていました。しかし、最近私も非常に非常に簡単にワインを作る方法を見 つけたので、御紹介しておきます。

Step.1
100
Step.2
よく洗い、熱湯を通した洗面器にジュースを入れる。スプーンも熱湯 を通す。
Step.3
ジュースにグラニュー糖300gを入れて、溶けるまでスプーンでかき混 ぜる。
Step.4
パンイーストをおおさじ一杯程度、ぱらぱらと撒く。かき混ぜなくて 良い。
Step.5
洗面器に蓋をして1週間から2週間ほっておく。蓋は頻繁に開けない ように。

これで出来上がっています。よほどの努力がないと失敗しないでしょう。

色々試した結果、ジュースには「Tropicana」のぶどうジュースが最高でした。言う までもなく、本物のぶどうから絞ったジュースが一番良いに決まっています。

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さて、私が最初に訪れたワイナリーは、メルシャン勝沼ワイナリーです。

受付で見学の申し込みをすると、最初にワインの製造方法を紹介する映画を見せても らいました。夏休みの最中と言うこともあって、小さい子供を連れた家族が3組ほどい ました。ワイン製造方法に関して精通している江端さんですが、特に退屈と言うことも なく、入り口で貰ったグラスワインを飲みながら、約10分程度の映画を楽しんで見て いました。

その後、小柄な眼鏡をかけたガイドのお姉さんに見学コースを案内して貰いました。 先ず、ぶどうからジュースを取るための破砕器、圧縮器を見せて貰ってから、薄暗くて 涼しい樽貯蔵庫へ向かいました。発酵によってワインに変身したぶどうは、直径が私の 身長の2倍もあろうかと言うオーク材の樽の中で熟成されます。ワインの匂いが、オー クの匂いと解け合って、微かな上品な香りとなって薄暗い樽貯蔵庫に満ちていました。

次に、瓶詰めやラベル張りのラインに案内されましたが、夏休みのためラインが止ま っているとのこと、残念でした。

最後に瓶に詰められたワインを保存する瓶貯蔵庫に案内されました。これは地下石室 と言った感じで、通路に点々とついている電球がちょっとしたお化け屋敷を連想しそう なところでした。人工の温度調節は一切行っていない、と言う話を聞いてかなり驚きま した。なんでも勝沼の地下水脈のおかげだとか。

最後に、お客様コーナ(売店)に案内されて見学を終了しました。ここではワインの 試飲をさせてくれるし、こういう見学の後なので、ワインは飛ぶように売れているよう でした。しかし、私はワインなどには目もくれずに、さっきの案内のお姉さんを捕まえ て質問をしようとしたところ、「私ではちょっと分かりませんので、こちらの者が・・ ・」

出てきた方は、目元の涼しいほっそりしたお姉さん。私が「技術的なことを2、3御 質問してもよろしいでしょうか。」と言うと、にっこり笑って応対して下さいました。  

うむ、やるな、お主。なかなか良く分かっている。と感心してから、さらに2、3の 軽い質問の後、恐らく最も解答が難しい最後の難問を、笑顔のお姉さんにぶつけたので ありました。

エステル化?確か高校の時に習ったはずだが、芳香属の一種だったか?なんで還元が 起こるの?

 

何か釈然としなかったが、私が分からないことが出てきた以上、これは私の負けであ る。「大変参考になりました。ありがとうございました。」と丁寧に御礼をして、その 場を立ち去りました。

その後、試飲コーナのお姉さんと、食用のぶどうとワイン用のぶどうがどの様にちが うのか、とか、味はどんな感じだろうかと言う議論をしてから、カベルネ・ソービニョ ンというぶどうから作られたワインを勧められて、グラスに注いで貰いました。

と、試飲コーナーのお姉さんは、出来の悪い弟を誉められたような、嬉しそうな顔を していました。

次にメルシャンワインのワイン資料館に向かいました。ここは、日本最古のワイン醸 造所であり、現在も当時の施設が残っています。また日本ワイン造り創世期から現在に 至る110年余の醸造器具、古文所、歴史コーナーがあり、私はその一つ一つを丹念に 見て回りました。気が付いたら資料館には私一人しかいなくなり、受付のお姉さんは何 やらテキストを読みながら熱心に勉強をしているようです。

冷房も入っていない少し薄暗い木造の資料館の中は、それでも十分に涼しく、外では 蝉が鳴いているのだけが微かに聞こえます。真夏の昼過ぎ、静かな時間が過ぎていく感 じがとても気持ちを落ちつかせ、受付のお姉さんの勉強の邪魔をしてはいけないと言う 思いも重なって、私は足音をたてることなく、静かに木製のワイン樽や桶を眺めて、昔 ここで働いていた人たちのことを考えていました。

資料館を出るとき、勉強中のお姉さんに勝沼のワインの名所を教えて貰い地図をかい て貰いました。なお、お姉さんが勉強していたのは、実用英語検定のテキストブックで した。

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メルシャン勝沼ワイナリーより東南に向かうこと、約数キロ。マンズワイン勝沼ワイ ナリーに到着、最後の見学スケジュールに間に合って、やはり今度も子供連れの家族が 多かったです。案内をしてくれたのは、いかにも管理職という感じのおじさんでした。 概ね先ほどのメルシャンワインの見学したときと、同じ内容の説明をされていたようで した。

見学が終わった後も、醸造器具を熱心に見ていたら売店のお姉さんが、「よろしかっ たら、こちらでビデオをご覧になられますか?」と声をかけてきてくれました。ワイン 製造のビデオを見せて貰い、試飲コーナで数種のワインを吟味して十分に堪能しました 。

しかし、やはり一本のワインも買わずに、ワイナリーを立ち去る私でありました。

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そろそろ、宿を見つけないとなあ、と勝沼市内をバイクでうろうろしていた私でした が、どうやら道を間違えてしまったようで小高い岡に登ってしまいました。バイクを止 めてヘルメットを取ると、そこには赤みを帯びたの夕日の光に照らされて、視界に一杯 に広がるぶどう畑がありました。民家以外は全てぶどう畑で埋め尽くされていました。 驚きを通り越して、感動の風景でした。

途中、シャトー勝沼ワイナリーというところに立ち寄り、白ワインを一杯試飲させて 貰いました。

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ワイン民宿鈴木園は、民宿と言うよりペンション風のしゃれた建物で、蔵風の客室の 他アンティーク調の食堂と、ワインやぶどうに関する小道具をコレクションしたプチギ ャラリーがありました。さらに驚いたことには、食堂下にはワインカーブgifまであり、1500本のワインが貯蔵されているとか。鈴木園 のオリジナルワインの他、勝沼ワインが常時数十種類用意されているそうです。

食事も見事で、レアの牛肉のスライス、海老とあさりとタイ米のバターいため御飯に、 もちろん鈴木園特製の白のグラスワイン。もちろん、ここにワインを楽しみにやって きた私は、オーナーの奥さんにお願いして、お勧めのワインを一本ワインカーブから 出して貰いました。ラベルに「限定2714本」と中途半端な本数がかかれた、勝沼 産の限定白ワインでした。

最初の一杯を飲んで呆然。「見事!!」の一言に尽きます。アロマがどうの、ブーケ がどうのと言う以前に、熟成されたばかりの荒々しいワインが、3年間の眠りで静かに 落ちついてここに至りました、と言う雰囲気。昔、おてんばだった女の子が、数年後に 同窓会に会ったときに、知的に落ちついて目の前に現れた時の感動に似ています。それ で変にすれているわけでなく、真っ直ぐにこちらを向いているような・・・そんな感じ でしょうか。

私の作るワインは、作ってすぐ飲むので、義兄に言わしめて曰く「暴力的なワイン」 となってしまうようです。

食事の時に飲みきれなかったので、部屋に持ち帰り、文庫本を片手に一人で静かに飲 んでいました。優雅な一夜でした。

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次の日、私は勝沼市で最も高い丘の上にある『ぶどうの丘』に向かいます。ここには、 レストラン、ワインカーブやホールなど、ワインと食に関する様々な施設が集まって います。今回私が本当にびっくりしたのは、ワインカーブです。薄暗い涼しい地下に ずらりと集められた数千本のワインが棚に整然と並べられ、その棚の間にはワイン樽

が置かれています。そして、その樽の上には全ての種類のワインが試飲用に置いてあ るのです。すなわち、このワインカーブにある全部のワインが試飲できるのです。た だし、受付で1100円を払いタートバンgifを受 け取る必要がありますが、とにかく、それだけでワインが飲み放題です。私はここで 泥酔する訳にはいきませんでしたので、ワインのコルクを開けては、その香りを楽し むだけに止めましたが、今度来るときには必ず誰かに運転手をさせて、この地下のカー ブで飲んだくれてやるぞと、堅く誓ったのでありました。

私がワインを買って帰らなかったのは、バイクで来たからです。ワインが生き物であ ることは、ワインを製造したことのある私には良く分かります。灼熱の炎天下、振動が 直撃するバイクに乗せたワインの末路は悲劇です。と言う訳で、今度は絶対に誰かに運 転手をして貰って、クーラを携え、私は再びこの丘に参上することでしょう。

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バイクの旅の楽しさは、山道を攻めることにもあります。そのため私はわざわざ市街 地を避けて、遠回りでもひなびた集落を走ることがあります。今回もそのようにしたの ですが、途中もの凄い夕立に会い、悲惨な目に会いました。あれは夕立などと言う生や さしいものではなく、空から振り注ぐ絨毯爆撃と言っていいほどすさまじいものでした 。

『頼む!どっか、小屋が現れてくれ!!』と民家の全く無い山道を、祈るように走っ ていると、遠くに廃屋が見えてきました。『おお、天の助け!』と、ようやくその廃屋 に近づくと、その小屋の前に看板が立っていました。

「伝染病の危険がありますので、近寄らないで下さい。」

 
一体、この村では何があったのか? 良く分からないが、雨に打たれるのも辛いが、 伝染病はさらに辛いだろうと、恨めしそうな目でその小屋の前を通過した私でありまし た。

その後、トラクター用の倉庫を見つけて飛び込みました。蜂が飛び出してきて、逃げ 回ったりしていましたが、蜂が出ていってくれたので、私はそこで服を脱いで、コンベ アーの金具のところにぶら下げてました。トラクターのタイヤの上に座り、トタン板に 雨のぶつかる音を聞きながら、一時間ほど雨の止むのを待ちつつ、ジーパンのポケット から取りだした文庫本を読んでいました。

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最後の見学地、サントリー山梨ワイナリーに到着したのは、午後3時。ここでも最後 の見学団体にぎりぎりで入ることができて一安心。さすが巨大企業サントリー、見学の 為の施設、人材、共に一級でした。案内のお姉さんは綺麗な方で、その話し方も、芝居 がかっていて大変好感が持てました。

驚いたことに、サントリーは日本では絶対に不可能と言われた貴腐ぶどうの栽培に1 975年成功していたのです。世界で4ヶ国目の大快挙なのですが、それ以後成功し ていないようです。案内のお姉さんは、貴腐ぶどうに関する様々な苦心談を、皇室報 道をする時のキャスターのように、必要以上の情感をこめて説明してくれたのであり ました。

見学の最後に、このお姉さんに
「樽の大きさはどの様に決めているの。」
「コルク栓は何のため。」
「貴腐ぶどうは、腐っているだけ?」
と言う質問をしたのですが、
「大きすぎると、樽の中の方と外の方が不均一になる。」
「酸化防止と、ワイン特有の酸に強いから。」
「ボトリティス・シネレア菌による腐敗で、ぶどうの糖度が上昇する効果がある。しか し、他の腐敗があると台無しになる。」
と、見事な応対。

と、にっこり微笑まれる自信に満ちた笑顔は圧巻でした。

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この後、サントリーワイン博物館に立ち寄り、150ヘクタールにも及ぶサントリー の自家ぶどう園を横切って、夕日に照らされたぶどう畑を後しました。

バイクの後部座席にくくりつけた、お土産のデラウェイgif2kgを、どう言うワインにしようかな、と考えながら、中央高速甲府昭和インターに向かい、帰路の途についた私でした。



Tomoichi Ebata
Sun Feb 4 19:06:42 JST 1996