江端さんのひとりごと             「ニラレバ炒めの作り方」  嫁さんが実家に帰ってしまいました。  別に喧嘩したわけではなく、私が研修の為1週間近く出張することになた ので、それに併せて「2」週間、実家の福岡に戻っていたのです。  10年近く一人暮らしをやってきた私にとって、一週間の一人暮らしをす ることなど、どうということもない、と、確かにその時は思っていたのです 。  嫁さんのいない江端家宅は、次の日から劇的に荒廃し始めました。  汚れた食器は、キッチンの洗い場の槽の深さを超えて積み重なり、生ゴミ を放り込んだままのビニール袋からは、微かな異臭が漂い始めていました。 風呂桶は垢で黒ずみはじめ、フローリングには白い綿埃が目立つようになっ てきました。  服やズボンはその辺に放置され、コンピュータ関係の書籍やパンフレット が床の半分以上を隠すようになり、勿論布団などを押入に上げるわけもあり ません。  2台のコンピュータから這い出るコンセントや電話線の多量のケーブルで 、机の回りは収集がつかなくなり、フロッピーディスクの中身が分からなく なり、コンピュータの周辺機器が床の上に無造作に放り出されています。  嫁さんがいなくなって10日目の深夜。  私が土砂降りの雨の中、全身をびしょびしょにしながら玄関を開いた時、 目の前に広がる惨状に、言葉なく立ちすくみました。髪の毛から滴る水滴の 向こうには、エントロピー極大の混沌が広がっていました。  『・・・ふっふっふ。わずか数日だ・・。ふふ・・テロリストだって、こ こまではできまい。』  仕事で疲れた頭の中では妙な高揚感が沸き上がり、私は自分の秩序崩壊の 能力の高さを誇らしく感じるまでになっていました。  あたかも仕事を終えた後のテロリストが、破壊したビルディングを目の前 にし、行き交う救急車、泣き叫ぶ被害者、遺体に取りすがる家族を冷酷な目 で眺めながらも、「くっくっくっくっく・・・」と、沸き上がる哄笑を押さ えきれない、と言った気持ちになっていました。  私は、体からぽたぽたと水滴を落とし、玄関のタイルを水浸しにしながら 、シニカルな笑顔のまま玄関に立ち続けていたのでありました。 ---------  嫁さんがいないことを良いことに『江端の家で飲み明かそう』と言い出し たのが、エルカンだったか私だったかは忘れました。  電子メールで仲間を集ったところ、牧さんだけが参加を表明して、私達3 人は、江端家宅のあるベルメゾン柿生に集まることになりました。    土曜日の夕方になって、エルカンが小田原から柿生までバイクでやってき ました。  嫁さんの前では、礼儀正しい小学生のようなエルカンが、嫁さんがいない と言うだけで、いきなり家にどかどかと上がり込み、いきなりズボンを脱ぎ パンツ一丁のままで、畳の上に転がりました。  私はエルカンを迎え入れてから、自分の分の飲み物を取り出して、飲んで いました。 エルカン:「江端、貴様。客が来たというのに、自分の分だけのカルピスを       作って飲むとはなにごとか!」  江端 :「冷蔵庫の一番上の段。氷は2段目。コップはその辺に落ちてい       るのを拾って自分で作って飲みなさい。」 エルカン:「江端、飯は?」  江端 :「ご飯、要ります?」 エルカン:「あたりまえだろう! 俺はおまえが作るというので何も喰わず       に来たのだぞ!!牧君にもそう言ってしまったぞ。」  (ちっ、面倒くさいな)と思いながら、私は本棚にある料理の本を取り出 して、エルカンに差し出しました。  江端 :「食べたいものを言って下さい。」 エルカン:「何が作れるんだ?」  江端 :「なんでも作れます。」  すると、エルカンは感心したとも、馬鹿にしたとも言うような口調で言い 返しました 。 エルカン:「ほーー、なんでも作れるのかね。語るねぇ、江端君。」  私は嘘はついていません。  私がどんな料理でも作れるのは、確かです。  しかし、食べれるものになるかどうかについては、この発言の範疇の外に あると認識しています。 ---------  ところで、江端家では、現在のところ夫婦ともに健康で、毎日楽しく食事 をしています。嫁さんの料理は、毎日いろいろ凝っていてとても美味しいの ですが、一つだけ問題となっていることがあります。  それは、嫁さんに好き嫌いがあるため、私がいくつかの食材の料理を食べ られない、と言うことです。  肉類は豚と牛と鶏以外は全滅、タンもレバーもダメ、馬刺など論外。魚類 も、はらわた近くは「苦い」と言って身をたくさん残すので、私が残骸の処 理をしています。嫁さんの分の焼き魚を、骨だけの状態にしていく過程で、 自分がどんどん『ハイエナ』になっているような気分になります。  メロンを食べるときも、嫁さんは最も甘い部分だけをたべて、多くの部分 を残してしまいます。一方私は、皮近くまでほじりまくり、甘味が完全にな くなるまで掘削作業を止めません。勿論、嫁さんのメロンの残りは、全て私 の胃の中に収まります。  最近では、私は自分のことを自嘲気味に『江端家人間ダスター(*1)』と称 しています。 (*1) ダスター:ごみ箱 -----  エルカンと料理の話をしていて、中華料理の本を開いていた時、「ニラレ バ炒め」のページが出てきました。  その瞬間、私は頭の中に雷鳴が轟いたかのように(レバーが食いたい!) と言う感情が広がり、それは収集がつかないほど強烈な想いになっていきま した。  ああ、レバー、レバー、レバーよ。  おまえの滴る血が喰いたい。  豊満に含まれるビタミンDを味わいたい。  ニラのむせ返るような青の香りと共に、おまえを口一杯にほおばりたい。  ああ、レバー、レバー、レバーよ。 江端智一著 「レバーに捧げる恋歌」より抜粋  思わず心の中でポエムを作ってしまうほどに、私のレバーに対する思いは 、激しく押さえの効かないものになってきてしまいました。  「ニラレバにしましょう!エルカン!!」と叫んだ私は、もはや誰がなん と言おうと、エルカンにニラレバ炒めを作って貰う、と言う確固たる意志が できていました。 -----  江端 :「じゃ、エルカン。駅前のスーパーで、レバーを300グラム、       ニラを2束買ってきて下さい。あ、それとビールも適当に。」 エルカン:「・・・江端、お前、俺に一人で買い物に行けと言うのか。」  江端 :「二人で出かけて行ったってしょうがないでしょ。私は、ここで       下準備をしていますし。」 エルカン:「・・・・。」  江端 :「何?」 エルカン:「・・・何買ってくるか、分からんぞ。何しろ俺の買ってくる食       料品と言えば、コンビニの弁当くらいだからな。」  私はエルカンに付いて、スーパーに出かけることにしました。  そうこうしている間に、牧さんが『ちーーす』と言いながら玄関に入って きました。  無駄と知りつつも、とりあえず牧さんに「買い物に行きますか?」と尋ね ましたが、勿論牧さんは「遠慮しとくっすよ。留守番していますから。」と 言いながら、すでに居間の畳に座り込んで、テレビを見始めていました。 -----  歩いて3分、柿生駅前のスーパー「マルエツ」の食料品売場で、エルカン が最初に目を付けたのは、枝が付いたままの状態の生の「枝豆」でした。 エルカン:「おい、江端。こういう生の枝豆はどうやって調理するんだ。」  江端 :「茹でりゃいいんじゃないですか。」 エルカン:「茹でるだけか!そんなに簡単に出来るのか!!それで、どのく       らい茹でるんだ。」  江端 :「さあ? 茹でている途中で一つ取り出して、食べて見れば良い       んじゃないですか。」  エルカンは、なるほどといった風に感心して、 「な、な、これ買ってもいいだろう?」と、あたかもそれは、まるでデパー トで奥さんにゴルフのパターをねだる旦那のように、私にせがむのでありま した。 エルカン:「江端、ニラがあるぞ。」  江端 :「あ、そこですか。取って下さい。」 エルカン:「二束だったな。」  江端 :「あ、そのニラなら一束でも良いです。大きいから。」 エルカン:「・・・・やっぱりなあ。な、言っただろう?やっぱり俺一人で       こなくても良かっただろう。」  江端 :「へ? 何で?」 エルカン:「俺だったら、絶対2束買ってきてしまっているぞ。」  江端 :「・・・・。」  確かに、たとえ電柱棒のごとく太く括られたニラの束でも、間違いなく2 束買ってくる ----- それがエルカンと言う人です。  エルカンは語ります。 「だいたいなぁ、あの『お塩、少々』とか言うのは、全く初心者を無視し  たふざけた語用だとは思わんか!   『少々』とは、一体何グラムなのだ!   何CCなのだ!   『スプーン大さじ一杯』にしてもそうだ!大さじとはどれのことだ!!  そう言う曖昧な概念を平気で使う事自体が、初心者をないがしろにしてい  る証拠ではないか!!   パソコンを全く知らない人間に対して、『では、マウスを持って下さい  』と平気で言うインストラクタのねーちゃんくらい、不親切ではないか! !」  確かに、ちょっと料理の本を見ますと、次のような記述が相当あります。 ・「強火」  発熱量は何カロリーを言うのか。使用するコンロによって、発熱量はかな り違うはずなのに、『強火』と言う用語で統一して良いのか。 ・「柔らかくなるまで」  大抵の食材は最初からやわらかい。これは、弾性係数やヤング率で過渡変 化まで示して貰わないと分からない。 ・「煮立つ前に」  加熱開始前の初期状態のままで良いのか? ・「火が通るまで」  ふざけるな! 火が通ったら大抵の食品は炭化して黒こげになるわい!!  料理の世界は、間違いなく技術の領域でありながら、エルカンや私のよう な技術者にとっては、あまりにも感性(あるいは客観と呼ばれているような 視点)に依存し過ぎているファジィな世界です。  私たちは、論理的なプロセスで製品を作ることを要求され、たった1ステ ップのプログラムの記述ミスで、とんでもない事態 ---- コンピュータのデ ータを全滅させたり、ミサイルを敵国に打ち込んだり、日本中の電話網をず たずたにしたりすること ----- から、そんなにも遠くないところで仕事を 強いられる技術者なのです。  そんな訳で、エルカンが「塩、少々」と「スプーン大さじ一杯」に、激し いまでのこだわりを持ったとしても、私にはとても、自然に感じられるので す。 ---------  スーパーで、エルカンと二人がかりで、レバーを探したのですが、結局見 つかりませんでした。 『スーパーマルエツ、使えん奴!!』と二人で憤っているところでエルカン が、突然自分のお尻や胸を触りだして、最後に呆然としたように言いました 。  「財布、忘れた・・・・・。」  二人で玄関を出るときに、「エルカン、財布持ったね。」と尋ねる私に、 「おう、持った持った。」と軽く応えたエルカン。  私たちは、一つづつ食材を元にあった場所に戻しつつ、スーパーマーケッ トを人波に逆らいながら歩き、最後に篭を元の位置に戻して、とぼとぼと帰 路の途についたのでありました。 ------------------  料理の前にご飯を炊いておくことにして、エルカンにお米を研いで貰おう と思ったのですが、案の定、エルカンはご飯を炊いたことすらありません。  江端 :「水を入れて手でかき回して、白く濁った水を捨てる。この操作       を5回繰り返すだけ!」 エルカン:「5回もやって良いのか。栄養分がなくなってしまうと言う話を       聞いたことがあるぞ。」  江端 :「この歳になって、いまさら栄養取ったところでどうしようもな       いでしょう。ご飯は旨い方がいいの。」  水を捨てる時には、米も流しそうになるし、研ぎ汁を釜の中をかき回す時 も、怖々とやるので 『ええい!もっとしゃきしゃきとダイナミックにやらんかい!!』 と言いそうになるところを、ぐっとこらえて、椅子に座りダイニングのテー ブルに這うようにエルカンを睨み付けていた私でした。  江端 :「で、米の芯が堅いままになるので、本当なら30分くらい水に       浸しておいた方がいいのだけど・・・」  と言いながら、私はキッチンの隅の方に置いてあった日本酒の一升瓶をむ んずと掴み、蓋をあけて日本酒を釜の中に入れました。  江端 :「こうすると、芯飯が無くなるんですよ。」  エルカンも牧さんも感心したように私を見ていますが、実のところ、この 「日本酒を釜に入れる」と言う方法は、誰がどこで言ったのか分からない、 非常に怪しげで信用度も極めて低いノウハウです。  しかし、エルカン、牧さんを相手になら何を言ってもOKです。  料理に関して、彼らは私より遥かに素人。  今日、この場においては、私がルールブックです。  私は、2回目の買い物で、ようやく購入できたレバーを指し示してエルカ ンに言いました。  江端 :「じゃ、始めるよ! エルカン、先ずレバーを全部袋からだして       、食べやすい大きさに切って。」 エルカン:「『食べやすい』とは、どの程度の大きさを言うのだ。」  (また始まったか。)と思いながら、  江端 :「・・・エルカンが好きな大きさでいいの!」 と少しいらいらしながら応えると、エルカンは エルカン:「じゃ、こんなもんで良いのか。」 と、切ったレバーの一片を私の方に差し出しました。  江端 :「ああ、良いです、良いです。立派なもんです。最高です。」 と適当にあしらっていたのですが、その後もエルカンは、 エルカン:「いや、まて。これでは小さいな。もう少しだけ大きくした方が       いいか。しかし、あまり大きいと火の通りが悪くなる、と言う       ことも見逃してはならない・・・。       うむ、これでいいかな・・・。おーい、江端!これでいいか       ぁ〜!!」  と、自問自答を繰り返し、ニラレバ炒めは遅々として完成に近づかないの でありました。  江端 :「次! そのレバーを片栗粉でまぶす。」 エルカン:「片栗粉は・・」  江端 :「エルカンの真後ろ、腰の位置の当たりにある6つの容器。上の       段の真ん中。」  私は、テーブルに付いて料理の本を開きながらも、決してエルカンを手伝 うことはしませんでした。  食材の切断、加熱処理等は勿論、箸、皿、フライパン、中華鍋、ボールの 取り出しに至るまで全てエルカンに任せました。 ------------------  思い返せば、私は幼少のころから料理が好きな少年でした。  小学校の頃からかぎっ子だったので、毎週給食の無い土曜日には、家に帰 ると、食器棚の隅に隠してあるお袋の財布を握り締めて市場に出かけたもの です。  揚げたてのコロッケ2つと塩鮭の切り身、乾麺と鶏の一番安いところを買 って来て、名古屋名物味噌煮込みうどんを作りました。  一人用の土鍋(これも母にねだって買って貰った)に、水とかつおぶしと 椎茸と鶏を入れて充分煮込んで出汁を取り、乾麺とネギと適当な野菜を放り 込み、最後に味噌をいれて味を調えます。  塩鮭は程好く焼いてからお茶漬けの具としてばらします。コロッケは醤油 をざぶざぶかけてから、一気にかぶりつくあの瞬間が大好きでした。昨夜の 残りの味噌汁に卵を2つ入れて煮立てて、ご飯をよそいました。  そして、井上靖の小説(*2)を読みながら、パンツとシャツだけの姿になっ て、だらだらと時間をかけて、自分の作った好みの料理を食べていました。  暑い夏の日の午後、風の流れない板の間で、だらだら汗を流しながら食べ る味噌煮込みうどんは本当に美味しく、私は幸せでした。  限られた金額で最高のメニューを求める私の料理への真摯な姿勢は、その 頃、確立しました。  九州からおばあちゃんがきた時にも、仕事に出かける母親から「このお金 で店屋物でも取りなさい。」と渡されたお金をもって、そのまま市場に出か け、おばあちゃんに『焼き飯』を作って上げました。  この一件は、親戚に広く知れ渡りました。 (*2) 「北の海」で、主人公がすき焼きを食べるシーンが大好きだった。 ---------  しかし、私の求める料理とは、一般の人が料理に求める姿---例えば、 「美味しさ」とか「見目の良さ」とは少し方向が違っていました。  それは、 『いかに救済が困難な食材を使って料理を完成させるか。』 『いかにに低コストで料理を実現させるか。』  と言う2点でした。  私の料理への挑戦とは、常に命の危機に晒されていたと言えます。  通常、「この食材が食べれるかどうか分からない。」と言う場合、大抵の 人はその食材を残飯として捨てます。  しかし、私の場合は『採用』を選択するのが常でした。  腐った野菜でもその部分を削除し、たとえ残りがわずか1割になろうとも 、使い切りました。  ねぎ     ----- 茶色のゲル状になった部分だけを削除。            青い部分をフライパンへ  じゃがいも  ----- 芽が出て来ても、摘み取ってそのまま調理  米、味噌、  醤油、ソース、  その他調味料 ------ 事実上無期限  私が学生の頃学習塾で講師をしていた時などは、乾物屋をしているお家の 教え子が「お母さんがね、『これを江端先生に』って」と、賞味期限の切れ たインスタントラーメンを、山ほど持ってきてくれたものです。  昔から私は、お金を貰うより、こういう形に見える善意の寄付が好きな人 間でした。  そして、割ってみて黒く腐敗していなければ、何ヶ月後の玉子も食べまし た。  最もこれは学生寮の先輩に『江端!玉子って奴はな、冷蔵庫に入っていれ ば一年だって持つんだ』と言う言葉を真に受けた為です。  私が、玉子の引き起こす恐ろしい病気(食中毒など)について知るのは、 それからずっと後の事になります。  今から思えば、食材の恐ろしさを十分に認識していない、恐るべき学生達 の「無知」と言えましょう。  3ヶ月間、冷蔵庫に放ったらかしにしていた生玉子、をすき焼きの「たれ 」にした時、招待した友人たちはついに玉子に手を触れませんでしたが、私 はばくばく食べていました。  こうして、私の強靭な生命力は大学時代に友人達の間で知れ渡り、大学4 年生の春に私がインドで倒れるまでの間、江端の『胃袋不敗神話』として君 臨し続けたのでありました。 ---------  下宿住まいのある日のこと、冷蔵庫の中をごそごそと捜してみたら、名古 屋の「赤出汁味噌」と「スパゲッティの乾麺」だけが出て来ました。早速私 は、名古屋名物味噌煮込みうどんに倣い、「味噌煮込みスパゲッティー」の 作成に取り掛かります。  数十分後、出来上がったものを勢いよくほおばった私は、『グッ』と言う うめき声を喉から発するとともに、この世の終わりがやってきたような嘔吐 感に襲われます。  天井を凝視しながら、スパゲッティを口にぶら下げ、体を固まらせ続けた 私でした。  この他、残りご飯が入ったままの炊飯器を半年間放置して、半年後に文字 どおり地獄の釜をかいま見たこともあります(*3)し、友人のマンションでハ ンバーグを作った時には、高級ステーキハウスで食べるよりも高くつき、酷 く落ち込んだこともあります。  社会人になってからは、手作りのビールやワインを作ったりもしていた(*4 )のですが、保存状態を見誤り、大量の「ぶどう酢」を作り出してしまった こともあります。  まさに、私の料理への挑戦とは、常に「食材との魂をかけた闘い」と言っ ても過言ではないでしょう。 (*3) 江端さんのひとりごと「危ない炊飯器」 (*4) 江端さんのひとりごと「やさしいお酒のつくりかた」 ---------  その一方で、『江端グルメ説』と言う、とんでもない誤解もはびこりまし た。  家庭教師をしていた時には、その度にお夕食をごちそうして貰っていたの ですが、「江端先生は、お口が肥えていらっしゃるから。」と大いに勘違い されたものです。  「はははは・・・」と否定も肯定もせず、ただひたすら笑っているだけの 私でした。  閑話休題。 ------------------  再び、ニラレバ炒めと格闘を続けるエルカン。  その後エルカンは、 「おお!」 「もうだめだ!!」 「それから、どうすればいいんだ!!」 「俺には才能が無い」 「やっぱり、俺は天才だ」 「フフン、料理なんてたいしたこと無いじゃないか。」  と、包丁を振り回し、鍋をゆすり、食材をこわごわとフライパンに投げ込 み、その度ごとに、言う全く筋の通らない台詞を繰り返しながらも何とか「 ニラレバ炒め」を完成させました。 エルカン:「どうだ!江端!!」 と、試食する私の顔を覗き込むエルカン。  江端 :「うーん・・・・ダメ!」 エルカン:「ダメか?!」  江端 :「レバーに十分火が入っていないですね。炒め直して下さい。」  レバーを十分に炒めない状態のまま、エルカンにニラの投入を命じたので 、私にも責任があります。  しかし、もう一度フライパンから出て来たニラレバ炒めは、レバーの周り に紙屑の用になったニラが引っ付いている状態になっていました。  たくましい「炎の中華料理」と言うよりは、人生を全うし今まさに天寿に 至ろうとしていると言うような、言わば「さよなら、ニラレバさん。」と声 をかけたくなるような悲しい一品になっておりました。  しかし、味はまあまあ。  オイスターソースの味も程好く、ご飯と一緒に美味しく食べられました。  見栄えはちょっと難ですが、エルカンが生まれて初めて作った料理にして は、最高の料理と言っても良いでしょう。  私がエルカンの料理をぱくぱくと食べていると、エルカンに「江端!おか ずが無くなる!そんなに喰うな!!」と注意されました。  その時、嫁さんが「私の食事用に」と、冷凍パックにつめていった筑前煮 を電子レンジで解凍して、3人で食べたのですが、 牧さん :「なんかなあ・・・。」 エルカン:「うむ・・・。」 牧さん :「結局、この凍っていた煮物が一番美味しいというのは・・。」 江端  :「なんとなく、悲しいですね・・・。」  所詮、江端家の台所のプロフェッショナルである嫁さんにはかなわない、 と言う深い虚無感を味わいながら、ご飯とニラレバ炒めと煮物からなる夕食 を食べつつ、私たち3人はてんで勝手にビール瓶を掴んでは、自分のコップ に注いでいたのでありました(*5)。 (*5) 我々が構築した文化の一つ。『自分の杯の面倒は自分でする』と言う    お約束で、「手酌同盟」と呼んでいる。 ------------------  これから数日後、エルカンは江端家夫婦を驚嘆させる、恐るべき大ブレイ ク(*6)を実施します。  天井にはクモの巣がはり、一年以上も掃除を放棄し、トイレの便器が変色 し、風呂の湯船に垢が付着し、床には埃が層をなす、考えうる混沌と無秩序 からなるエルカンの部屋(*7)。  エルカンは、あの部屋に「クーラー」を購入し、果ては大掃除を敢行する と言うのです。  最近は30キロのダイエットに成功し、昔は「となりのトトロ」とまで言 われた体型が、最近は映画「イージーライダー」の主人公マクガーレンのよ うにスレンダーになり、その眼光刃物の用に鋭く、そしてよりたくましく、 さらに怪しく感じられるようにな りました。  あの「何もやる気の無い間」に君臨する皇帝エルカンに一体何が起ったの か、それはまだ私たち夫婦にも全く分かっておりません。  先日、エルカンは私の指導(*8)の元、江端家宅近くの家電ショップで ・ガスコンロ ・IH機能付き炊飯器 ・電子オーブンレンジ  を購入しました。  さらに、地元小田原にて、フライパン、鍋、ざる、包丁、まな板、おたま 、皿、コップ、茶碗一式を追加購入し、完全な自炊体制を整えました。  とどめにエルカンは、私達夫婦に、次のような電子メールを送ってきまし た。 『吾輩の作る料理は、 ・一口ほおばっただけで長年寝たきりの老人が突如起き上がってフルマラソ  ンを完走してしまうほど滋養に富み、 ・その味は舌の上に夢幻の如く再現される桃源郷であり、 ・放たれる芳香は断食中の修行僧をことごとく挫折させ、 ・見た目に関しても、完璧な美というものがもしも存在するなら、『おお神  よ、まさにこれがそうです!』と天を仰ぎたくなる出来である。  それらが織り成す絶妙のハーモニーは、もはや地上のものとは思われず、 視覚・味覚・嗅覚および消化器官への甘美なテロリズムといってよい。』 (*6) ブレイク:変身、ここでは「自己革命」と言う意味。 (*7) 江端さんのひとりごと「サンクチュアリ オブ エルカン」 (*8) 入社後2年間、家電製品の人工知能の研究に従事 ---------  来る週末、エルカンは私たち夫婦に食事を作ってくれることになりました 。人生において、2回目の料理にいきなり私達夫婦に手料理を振る舞う、こ の熱い心意気を私は称えたいと思います。 -----------------  人にはさまざまなターニングポイントがあります。  失恋、恋愛、転職、転載、結婚、離婚、誕生、死別・・  それは人それぞれにあり、その形は無数に存在します。  「ニラレバ炒め」が、あのエルカンの人生のターニングポイントとなって いても何の不思議もありませんし、むしろ、このような日常の中から非日常 を見いだしたとすれば、それこそがエルカンに相応しいブレイクであると、 私は信じるのです。  いずれにしろ、それはエルカンのみぞ知ります。  ただ、私は私の食べたかった「ニラレバ炒め」によって、エルカンが新た な人生の指針を見つけたのであれば、それはそれで私にとってもとても嬉し いことだなあ、と思う今日この頃なのです。 (この「江端さんのひとりごと」は、コピーフリーです。全文を掲載し、内 容を一切変更せず、著者を明記する限りにおいて、自由に転載していただい て構いません。)