Auto Mail Delivery Service -------- "Hitachi kobore talks" ----------- (Warning!! Fowarding this mail is strictly prohibited by the author.) その61  ̄ ̄ ̄ ̄  日立システム開発研究所の研究員は、大多数が大卒または修卒生である。  これらの研究員全員に共通していることは、一口に「論文作成に苦しんだ 」と言うことである。  先日、ユニットの若手所員が集まって学位・修士論文についての雑談をし ていた時のことである。T大出身のTさんがこんな話をしてくれた。  T大のK校地の中には、S池と言う大きな池があります。  毎年、卒業論文や修士論文の提出直前の時期、連日連夜の実験やデータの 集計や論文の内容に行き詰まった学生たちが、頭を休めたり気分転換を図っ て深夜にS池の辺りを散歩するということでした。  木枯らしの吹き荒れる寒い日、論文提出を間近にひかえた深夜、一人のT 大生が何ページも書けていない自分の修士論文を持って、途方にくれながら 、やはりいつものようにS池の回りを歩いていました。  その時、突然突風が吹いて、彼が手に持っていた書きかけの論文は風の吹 かれるまま空に舞い上がり、そうして一枚残らず全て池の中に沈んでいって しまったのです。  気の毒なT大生は呆然として、その場に立ちすくんでいました。 「ああ、どうしよう。もう、ぼくは卒業する事ができなくなってしまった・ ・・。」  T大生は、ただでさえできていない論文を無くしてもうどうしようもあり ません。  その時です!。  S池の水面がいきなりまばゆいばかりの光で輝きだしたのです。厳冬のキ ャンパスに太陽が現れたかのようです。T大生はびっくりして腰を抜かして しまいました。そうしてあたふたと地面を這いながら何とか池から逃げて行 こうとする彼に、池の方から呼ぶ声がしました。 (お待ちなさい。) やさしい女性の声です。  彼は一瞬、後ろ向きのままたじろぎました。なぜなら彼は、修士生になっ てから女性と口をきく暇もなく研究に明け暮れ、たまの土曜日曜もバイトざ んまいであったので、女性に声をかけてもらうなんてことが、ここ2年ほど なかったからです。 (お待ちなさい)  再び、声がしました。  彼は、理論的な考察こそできないですが、目に見えるものだけを受け入れ ることのできる工学系の学生でした。いつもの彼なら、この様な超常現象は 見えないふりをして、一目散に逃げていたはずです。しかし彼は、担当教授 のよく分からない突っ込みや、出来の悪い学部生のアドバイスで疲れはて、 いつもの振る舞いができなくなっていました。 (お待ちなさい) 三たび、声がしました。  どっちにしても、論文が文字どおり水泡に帰した彼に一体何を恐れるもの がありましょう。そうさ、来年も学校推薦は取れるだろう。また、今年も企 業の接待を受けることもできるんだ。彼は開き直っていました。  そして彼は、恐る恐る振り返りました。  そこには、光のオーラに包まれた本当に美しい女性が池の水面の上に立っ ていました。  しばらくは、その光輝く美しい女性を眩しそうに見ていた彼でした。  (私は、このS池の池の精です。)  光に目が馴れてくると、その女性、すなわち池の精は3冊のファイルを持 っているようでした。  (どうして、毎晩遅くにこの池の回りを歩いているのですか)  彼は、こわごわと答えました。 「実は、私はかくかくしかじかで、毎日論文の作業に追われているのですが 一向に進んでいないのです」 (それは、お気の毒に。さぞたいへんでしょう) -----  『そんな研究じゃ、卒業できへんぞ。2年も前から分かっとったことだろ う』とか言う教授や、  某企業の第一線の研究員の人に  『C言語なら、僕が教えてあげますよ!!』とか言うバカな後輩のフォロ ーに疲れていた彼は、感涙の涙に咽んでしまいました。  慈悲の目で見つめながら、S池の精は言いました。 (ところで、あなたがこの池に落としてしまった論文と言うのは、  このまだ数ページしかできていない論文ですか、  それともこちらの書き上がっている論文ですか、  それともこちらの題目が書かれて、すでに製本の終わっている論文ですか 。)  彼は大声で叫びました。  「その、製本の終わっている論文!、その論文です!!」  しばらくの間の後、  S池の精は悲しそうな顔をしてぽつりと一言言いました。  (残念です。)  そうして、S池の精は、持っていた3つの全ての論文を全部復元不可能な ほど徹底的にびりびりに破って、論文もろとも池の中に沈んで行きました。                      (一部著者による創作あり) -----  Tさんがこの話しを終えたとき、そこにいた若手研究員はみんな笑いすぎ て、腹を抱えたまま声も出せず、椅子や床の上にうずくまってしまった。