江端です。 先週まるまる、茨城にある日立大甕工場で、現在開発中のネットワーク計測 装置の為に、Linuxカーネルの改造をやっていました。 カーネルという奴は、OSそのものなので、OSの上で動くアプリケーションや、 開発環境は全く使えません。 プログラムの中にログを吐き出すステートメントを書き込んでは、20分近く かけてカーネルのコンパイルをして、電源落して、ブートして、アプリケーショ ンを動かして、ログを読んで、「ここじゃなかったか・・・」と呟きながら、 別のステートメントを書き加えて、と、気の遠くなるような作業をしなければ なりませんでした。 実際のところ、こういう作業で疲れていたんだとは思うのですが。 ----- WindowsOS塔載のパソコンを使っている方のほとんどは、Windows塔載の標準 IMEを使っているか、あるいはATOKなどの商用IMEを使っているものと思います。 HP社での2年間、英語版WindowsNTで仕事をせざるを得ず、日本語変換のIME なんぞある訳もなく、第一、日本語を表示できるエディタすらありませんでし た。 とは言え、日本とのE-mailによる連絡は、当然日本語ですから、日本語表示 環境を自力でなんとか実現しなればなりませんでした。 唯一使えそうな、インターナショナルバージョンIMEというものはあったの ですが、このIMEが使えるアプリケーションの方が限定されていました。 大前提として、私は、 Gnu/Emacs(*1) なしでは生きていけない体になっていたのです。 (*1)あのRichard Stallman氏よって作成された、主にUNIXで広く利用されてい る、エディタソフトウェア しかし、「Emacs命」というような意図はなく、第一、私はエディタごとき で、宗教論争みたいなことする奴を、馬鹿だと思っていますし。 すでに、Emacsでメール環境を構築してしまっていたことは、あきらめよう と思っていたのですが、何としても回避できなかった問題がありました。 オムロンソフト社の翻訳魂クライアント HP社のエンジニアから送られてきた英文メールを、そのまま日本語に変換で きる環境は、その当時(今でも)Emacsしかなかったのです。 ところが、Windows対応のEmacsは、Wnn等のかな漢字変換システムが使えま せんでした。 要するに、あっちを立てれば、こっちが立たずで、真剣に困りました。 ようやく見つけた解が、SKKと言う日本語入力システムです。 IMEを使っている人には、絶対に信じられないと思いますが、SKKの特徴は、 変換アルゴリズムに「日本語文法の知識を全く用いない」ところにあります。 今時のIMEは、「わたしのなまえはたなかです」を、一発で「私の名前は田 中です」と変換するでしょうが、skkは、「わたし」の段階で変換をしないと 「私」という漢字になりません。「なまえ」「たなか」も同じ。 加えて、送り仮名もユーザが直接指示してやらないと、思い通りに表示され ません。 はっきり言って、無能日本語変換システムと言っても良いでしょう(低能で すらない)。 最初は、その使い勝手の悪さに、吐き気を堪えながら日本語の入力を続けま したが、なんたって、代替となるものがないのですから、仕方ありません。 ところが、しばらく使っているうちに、SKKが実は素晴しい日本語変換シス テムであると考え直し始めました。 私の執筆するエッセイから、誤字の発生が低下したことに気がついた時です。 SKKは、要するに「手書日本語変換システム」なのです。 漢字の変換を、一切コンピュータに任せることはできません。 全ての文字変換は、ユーザの責任で実施しなければなりません。 誤字を発生させるのは、変換アルゴリズムではなく、自分の無知。 しかし、慣れてくると、阿呆なコンピュータの誤変換を気にすることもなく、 快適に文章を作成できるようになりました。 そして、2年の月日が過ぎさりました。 ----- 今回の出張直前に、依頼元事業部からノートパソコンの返却を請求され、研 究所であらたに購入して貰ったパソコンは、研究発表会の機材として接収され てしまいました。 と言う訳で、私は愛用の Emacs + SKK のないWindowsパソコンで、出張報告 書を作成せざるを得なくなりました。 大甕工場システムソリューション部近くのトイレ、一番奥のコンパートメン トで、不快な嘔吐音声に怯えていた方々。 誠に申し訳ありません。 あれ、私です。 WindowsIMEの阿呆な漢字変換、"A"キーの横にないCrtlキーまでは堪えてい たのですが、アルファベットを全角出力された時に、胃の奥からこみ上げてく る不快な塊を押えることが出きませんでした。 その後、つわりの妊婦のように、口を押えてはトイレに飛び込み、一通り吐 いてから、またパソコンに向うという作業を5回繰り返したところで、報告書 の作成を断念してしまいました。 エディタやIMEで、宗教論争みたいなことする奴は、「あんなもん使うと、 吐いちゃうぜ」みたいなことを平気で言う程に馬鹿者なのですが、本当に吐い てしまう奴と言うのは、これ以上なのか以下なのかと、トイレの便器を覗き込 みながら、考え込んでしまいました。 その日、私はなす術もなく、荷物を纏めてホテルに撤収しました。