その447  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 現在、私たちの研究グループは、ネットワークの帯域を管理して数百 台ものビデオカメラやマイクなどを同時に制御するマルチメディアシス テムの研究をしてきたが、この度、半年の研究開発を経て、ようやくプ ロトタイプのシステムが少しずつ動き始めて来た。 ちょうどその頃、上司のK氏から、別の研究セクションが主催するデ モに参加し、そのプロトタイプシステムを出品することを命じられた。 このデモは、愛知県にある世界最大規模を誇る自動車会社の技術部隊 の人を(シ研)に招いて行うと言うことで、私はいやがおうにもプレッ シャーが高まらざると得なかった。 素人であれば、デモの説明で口八長手八長のでまかせを喋っても、何 とか丸め込むことができる自信があるが、技術者にはそういう誤魔化し は効かないからである。 そういう事情もあって、私たちはデモに耐え得るだけの品質に高める ため、毎日夜遅くまでコーディングを続け、とくにデモ一週間前あたり から、私は開発の指揮を取りながら不眠不休の日々を送っていた。 ----- 私たちのプロトタイプシステムは、最低でも9台のパソコンを同時に 動作させることを必要とする比較的大規模なもので、そのパソコンを会 場に搬入する為に、かなりの力仕事を行わざるを得なかった。 そして、荷物の発送と同時に会場へ向かった私たちが、会場でシステ ムの設営とセットアップを開始し、デモ用にシステムの調整を始めた頃、 それは始まったのであった。 ----- 私が作ったコンピュータの通信デーモンが、デモ設定の途中で原因不 明のシステムダウンを起こし、そのついでに上位のアプリケーションを 根こそぎぶっ壊して行くと言う最悪の事態が発生させてしまったのであ る。 パソコンのディスプレイを見ながら、私は自分の顔が真っ青になって 行くのを感じていた。 出品をエントリーした以上、『動きませんでした』などと言うことな んか出来るわけもないが、と言ってデモを強行した挙げ句、デモの途中、 お客さんの前でバタバタとシステムが落ちて行く様なんぞを見せた日に は、私の責任だけでは済まない。 デモ開始まであと48時間。 私は徹夜を覚悟して、誰もいなくなったデモ会場で一人デバッグを開 始した。 ----- そして、深夜午前3時。私は、ある一つの原因であろうプログラムの 箇所にたどり着き、そしてつぶやいたのであった。 『・・・もう、このOSのAPI(*1)には何も期待しない・・・。」 そこには、当然動くはずの私のプログラムを、きちんと実行せず、こ ともあろうにシステムをダウンさせるAPIが居すわっていたのであった。 ----- このシステムダウンの現象が現れて私が大騒動をしていた時、上司の K氏は私に対して『絶対にプログラムの全面書き換えを行ってはならな い』と強く命令していた。 K氏は、プログラムの全面書き換えによって、逆に別の新たな致命的 なバグを発生させてしまうことを恐れたのであった。 そこで、私はプログラムの書き換えを行わず、問題のAPIの障害を回 避する、いわゆる『場当たり』の対処を行った。 そして、システムダウンの発生率を、数パーセントまで落すところま で持って行った段階でタイムアップとなってしまったのであった。 ----- デモ開始30分前、今回のデモの総指揮を取っている担当者のK氏が 心配そうに私に尋ねた。 K氏 :「で、することは何が残っているんだ?」 私はK氏の方を振り向かず、9台のパソコンを見つめながら応えた。 江端:「祈ることだけです。」 (*1)APplication Interface