江端さんのひとりごと 「日本の全スキーヤーの総意の下に」 2002年12月30日 一人で日帰りでスキーに行ってきました。 東京から越後湯沢まで1時間20分の上越新幹線。 リフトの始動から終了まで全部滑って、なおかつ家で飯が喰える。 人類は、本当に恐しいものを作り出したものです。 ----- しかし、今日のスキーは散々でした。 スキー板が全く動かなかったのです。 ゲレンデのトップから一歩も動けず(本当)に、板の裏を見たら雪が3センチ 程、バームクーヘンのようにこびりついていましたが、こんな経験は今迄あり ませんでした。 実は私、コロラドにいた時、真面目にスキーワックスかけたことはありませ んでした。 何の問題もなかったからです。 雪はくっつくものではなく、さらさらと流れるもので、実際、雪ダルマを作 るのも難しかった覚えがあります。 ですから、ゲレンデから降りて、スキー板を外して、売店にワックスを買い に走った時は、情けなくて泣けそうでした。 今日は、一日中、水まじり雪で苦しめられました。 ほとんど「接着剤」状態で、スキーの滑走面だけでなく、ウェア、グローブ の全てに付着し、吹雪の中での全身びしょ濡れの冷水浴状態、寒さのあまり、 半分以上意識が朦朧としていました。 ----- これまで私は、スキーに関して色々執筆してきましたが、実のところ、それ ほどスキーの技術が高い訳ではありません。 今日も、腿まで埋まるような新雪の上級ゲレンデを、颯爽と降りていくスキー ヤーやスノーボーダーを横目で見ながら、指を加えている状態でした。 一度装着したら外れないスキー(ミニスキーにはビンディングがなく、金具 で直接ブーツを装着する)を気にしながら、思い切ったターンが切れず、そう かと思えが、どーってことない中級ゲレンデで、スキー板のヘッドを新雪に引っ かけて、そのまま顔からゲレンデに激突し、勢い余ってエビ反り状態になりま した。 こんな不様なスキーは、コロラドですら経験していません。 雨の中で凍える子犬の方が、まだましと思えるほど、みじめな気分になりま した。 自称アルペンスキーヤー(アルペンでの滑走経験有と言う根拠から)を、ここ まで冷笑する、日本のスキー場が嫌いになりそうです。 ----- 午後になって、コース見切る余裕が出てきて、そのスキー場で一番厳しい上 級コースだけを、終日くるくると回っていたのですが、その時ずーっと感じる 違和感が気になっており、釈然としないまま、斜面を降りていました。 それは、スキーをしている時に、頭の中がスパークするような恍惚感と言う か、滑走中の神がかった研ぎ醒まされた集中力と言うか、そういう、自分でな いものが自分に乗り移る「もの」を感じないのです。 何か変だなと思いつつ首を傾げながら、今日のスキーは終了したのですが、 帰りの新幹線の中で、はた、と気がつきました。 コロラドのスキー場にあって、日本のスキー場にないものが一つだけありま した。 それは、 死の恐怖 です。 - コースクローズの時間までに脱出可能とは思えないような、視界の 限りの限り続く急傾斜のコブ斜面コースに、たった一人になった時 - そこから飛び降りなければ下界に帰る手段がない、富士山より高い ところに位置する絶壁から下を見下した時 - 毎年例外なく数人を殺す、悪名高い殺人林間コースの中で、雪の中 に腰まで沈み、脱出できなくなった時 - すでに雪面の一部が雪崩で崩落しており、コース全面滑落は時間の 問題となっているバックカントリー用コースに迷い込んでしまった 時 思い返しますと、自分でも、己の技量を省みず、よくあんな無茶なコースに 突っこんでいったものだと、今青くなっています。 しかし、何故、私がそういうことをし続けたか。 それは、そこに行かないと 「負けたような気がするから」 でした。 スキー場に、 『ふーん、あ、そう。あんたは、たかだか滑り降りることすらできな いのね。あ、いやいや、無理することはないんだよ。相応のところ を滑って、今日は帰りなさい』 と言われているような気がして。 そう言われてしまったら、立ち向かわずにはいられないでしょう、日本男児 としては。 日本国民全員の名誉と、日本スキーヤの総意を背負っている、日本代表のこ の身としては、アメリカのスキー場ごときになめられる訳にはいかなかった訳 です。 しかし、そういうコースを封鎖せずに、平気で解放するアメリカのスキー場 も、日本的価値観から言うと滅茶苦茶です。 日本のスキー場は、その辺りの管理をしっかりしているから、スキーで事故 が起こり、誰かが死亡しようものなら、大騒ぎになります。 「死の恐怖」なんぞ、絶対あってはならないのです。 ----- と言う訳で、私は、研ぎ棲まされた魂の叫びや、爆発するエクスタシーと言 うようなスキーとは無縁になり、これからも無縁となっていき、そのうち忘れ てしまうことでしょう 誰かがコロラドに呼び寄せてくれない限りは。 少し寂しい気もしますが、それが安全で楽しいスキーと言うのであれば、やっ ぱり、それはそれで正しいのだと思うのです。 スキーごときで死んではなりません。 (本文章は、全文を掲載し、内容を一切変更せず、著者を明記する限りにおい て、自由に転載して頂いて構いません。)