江端さんのひとりごと 日帰りスキー in コロラド 第2弾 「カッパーマウンテン」 ブライアンは、HP社のPolicyXpert(PX)開発部隊の中で、最も「スポーツマ ン」と言う言葉の似合う人です。 全身筋肉の歩く岩盤のような体に、冬の間もTシャツ一枚で過す姿は、全く 自然で、似つかわしく、すがすがしいほどです。 夏の頃は、週に3日のウォータースキーの練習に余念がなく、冬になれば休 日をスキー場で過すということです。 彼は、見せかけでない、本当のスポーツマンのようです。 時折日本でも、このような姿で過ごす若者を見ることがありますが、どうも 日本人の体躯では、無理と言うか、どちらかと言うと勘違いの感が否めません。 あえて偏見を踏まえて言わせて貰えば、なんとなく『頭悪そう』。 彼は、そのような典型的なアメリカ人スポーツマンであると同時に、PX部隊 の技術的キーパーソンでもあります。 前回のプロジェクトでは、彼の作成したDiffServ(*1)のコードの仕様の美し さや、その完成度の高さに驚嘆しました。 何しろ、バグが見つからない。 おかげで、私はデバッグに見積もっていた時間を費すことなく、2週間も早 くコードを完了することが出来ました。 (*1)http://www.ietf.org/html.charters/diffserv-charter.html ----- さて、今回は、そのブライアンが気に入っているという、カッパーマウンテ ンスキー場に行ってきました。 4月中頃まで、嫁さんと娘が休暇帰国しているので、当面は一人で出かける ことになります。 独身の頃は、一人でスキーをかついで、どこにでも出かけていたものですが、 結婚以降では、初めてになります。 あらためて、びっくりしたのは、準備がもの凄く簡単だったことです。 板とストックを車の屋根に載せ、スキーウェアの他に、バナナ、リンゴ、 ミルク、ジュース、サブウェイで前日に買っておいたサンドイッチ、日本の 一時帰国の際に買ってきた、古今亭志ん生の落語CDと、文庫本(プラハの春)な んぞを、適当に車の中に投げ込み、そのまま出発することが出来ました。 布団から出て、車のエンジンをスタートするまでの時間は、車の中で食べる つもりのトーストサンドイッチを作る時間を含め、わずか20分。 あっけない位でした。 フォートコリンズを出発する時点から、すでに雪が降り出しており、ちょっ と出発を躊躇したのですが、昔は吹雪の中でも平気で滑っていたことを思いだ し、気力をふりしぼって、エンジンに火を入れました。 カッパーマウンテンスキー場は、インターステーツ70号線(I-70)に集まるコ ロラドのスキー場の一つです。(すぐ近くに、ベイル、キーストーン、ラブラ ンドなど多数) 雪の影響か、珍しく行き(往路)のI-70で渋滞に合ったのですが、志ん生の人 情話(しじみ売り)を聞きながら、一人車の中で、『ちくしょうめい、泣かせる じゃねえか。べらんめい!』などと呟きつつ、予定より1時間弱遅れの9時20分 に、カッパーマウンテンスキー場に到着。 スキー板を担いで、無料駐車場からのシャトルに乗り、スキー券を購入する ころになると、年間晴天率300日のコロラドの青空が広がり、気分を盛りあげ てくれました。 East Villageから、リフトで一気に山頂付近まで上り、最初は、上級者、中 級者コースを混じえながら、再度そのリフト乗り場まで降りて来たのですが、 まあ、確かにそれなりに楽しいコースではあるのですが、特にこれと言った特 徴もなく、加えて半月ぶりの運動で、足の筋肉が悲鳴を上げていることもあり、 正直なところ、ちょっと失望感がありました。 ブライアンは、スキーに関しては、あまりエキスパートではないのかもしれ ない。それだったら、今度一緒にスキーに行ってもいいかも、などと考え始め ていました。 それが、私のとんでもない思い違いであることが判ったのは、同じリフトに のったアイダホから来たと言う男と、テキサスから来たと言う男が、横浜から 来たと言う男を狭んで会話をしていた時のことです。 このゲレンデの裏側にもスキー場がある。 アイダホ男の話しによれば、ここから見えるコンベアーリフト(Tバーリフト) に載って行けば、山頂に出て、そこからその裏に降りて行くことができる。 そこでは、本当に美しい風景を見ることができる、との事でした。 私はそのリフトを降りると、すぐにコンベアーリフトに並び、順番を待ちま した。 上手くバーを股に挟むことが出来ずに、バーから振り落されているスノーボー ダを内心ほくそ笑みながら順番を待っていたのですが、私の順番になった時、 私自身もバーに振り切られ、乗り場の坂を、コロコロと滑落して行きました。 そして、2度目のコンベアリフトにしがみつき、山頂に出た時、私は言葉を 失ないました。 (これは、・・・本当に、凄い) 雪原の果てがどこにあるのか分からない位までに広がる見渡す限りの広大な 雪原と、そしてコバルトブルーの青空を突然切り裂いたかのように伸びる、カッ パーマウンテンの稜線。 これまでも、カナダやコロラドのスキー場に行きましたが、ここはそのどれ とも違い、人の手が介在している何かを全く感じさせない場所でした。 美しい、と言うよりは、有無を言わせぬ畏怖を感じました。 実際、どこにコースがあるのか分からないし、山頂から見えるリフトは、遥 か遠くにかすかに見えるのみ。 私の視力を持ってしても、スキーヤーを認識できないほど広く、万一、リフ トの乗り場を逃し、誤って下に降りてしまえば、確実に遭難。 しかも、多分生きて帰還することは不能だろうと直観するのに十分な畏怖で した。 そして、本当に度肝を抜かれたのが、Union Peakの稜線から始まるゲレンデ でした。 そこは、ナイフのように切り立つ3000メートル級の山脈の斜面を、何の整備 もすることなくゲレンデとして公開しているだけと言うとんでもない場所でし た。 ここに、リフトを設置した人は、命がけだったろうと思います。 ゲレンデの斜度は、自然が作った最上級のエキスパートクラス。 勿論、ゲレンデ整備をしようにも、圧雪車が入りこめるような場所ではあり ませんから、雪は常に新雪状態のままで放置されています。 私を驚愕させたのは、岩が、----- それも、ちょっとした雑居ビルよりはで かい巨岩が、切り立った斜面から不気味な漆黒の色を見せつけながら、雪に隠 れることもできなく剥き出しになっていたことです。 かすかな点のように見えるスキーヤー達が、その周りを苦労しながら降りて きている様子が伺えました。 そして、なにより、恐しかったのは、スキーヤー達は、山の稜線、すなわち、 カッパーマウンテンの表と裏の両方のゲレンデが一望できる切り立ったナイフ の刃の上から、ゲレンデへの突入を試みなければならないことです。 稜線からゲレンデに落ちていく最初の突入角度は、----- 信じられないかも しれませんが ----- 90度、直角です。 加えて、この稜線の高度は、実に3753メートル。 富士山山頂から、頭から飛び込むようなもんです。 勿論『止めよう』と思いました。 命あってのものだねですから。 でも、一旦、稜線に出てしまったら、稜線の幅は非常に狭く、加えて傾斜も ありましたので、戻ろうにも戻れなかったのです。 スキー場での、ゲレンデの滑落は、それ自身はそんなに恐ろしいものではあ りませんが、今回の場合、百数十メートルの滑落の果てには、巨大な岩石が私 を真二つにする為に待ち構えているのです。 ゲレンデの恐しさは、下から見上げるのと、上から見下げるのでは、100倍 以上も違うものですが、今回は、無限大をいくつで割っても無限大、と言うく らいの違いがありました。 よくスキーの番組で、岩肌から飛びおりる華麗な技を披露するスキーヤーを 見ます。 私は、そのようなスキーヤを憧れこそすれ、一度だって『やってみたい』な どと思い上ったことは一度もなかったはずなのに、何故、こんな目にあってい るのだろうと、酸欠の頭でぼんやりと考えていました。 しかし、ここでぼーっと立ちすくんでいても仕方がありません。 私は意を決しました。 しゃーない。行くか。 一度でもブライアンのスキーの技量を侮った自分に後悔しながら、私は稜線 に、ストックを突き立てました。 ----- 裏側のスキーエリアから、ほうほうの体で脱出した後、最近の運動不足と体 重の増加もあり、足の筋肉がきりきりと音をたてるかのように痛み出したこと もあり、カフェテリアで、ハンバーガとカプチーノの昼食を取りつつ、30分弱 の休憩を取りました。 その後は、中級者コースを軽く流していたのですが、一人で遊ぶにはやはり 退屈で、表側のゲレンデで面白い場所はないかなと地図を見ながら探し、山頂 付近の上級者コースに向いました。 (しかし・・・、一体、これのどこが上級者コースだ) 人っこ一人いない、視界の限り延々と続く、斜度35度のコブ斜面の真中で、 私は呆然とていました。 エキスパートと言われる人だって、こんなところ来たくないだろう、と思い ました。 栂池の馬の背コース、あるいは赤倉のチャンピオンコースに行かれたことの ある方もいると思いますが、例えば、コブ斜面を満足に滑り降りる力量のない 人間が、あのような斜面が延々3km続く(加えて幅は2km以上で、視界の限り誰 もいない)中に取り残されたとしたらどうでしょうか。 私が誰もいないゲレンデの中で立ちすくんでいると、どこからともなく、 「クックック・・・」と言う笑い声が聞こえてきました。 それは、結婚してから久しく聞かなくなった声です。 確か ----- バイク旅行中に、雪の山道に阻まれた上に、日没が近づき脱出が困難になり、 このままでは凍死は免れないと思った時や、インドで一人旅の途中に食中毒に なり、衰弱していく自分の体を見ているしかない、と言う状況になった時にも 聞いた声です。 正常な判断力や理性が弾け飛んだ極限状態の私は、時折こんな笑い方をして いるようです。 そして、そんな自分に気がつき、自分で驚いたりします。 しかし、その一方で、 まだだ。 まだ、コースクローズまでは30分あるはずだ。 それまでに、リフトにたどり着くのだ。 日本人スキーヤーの名誉のためにも、スキーパトロールに救助されるなどと 言う、スキーヤー人生に汚点を残すようなことを、断じてやってはならない。 立て! 立つんだ!! 江端!! と、静かなそして不気味な笑い声を発して飛んでいる自分とは違う、別の 自分が叫んでいるの声を、さらに別の自分が聞いている、と言う大変不思議な 体験をするに至りました。 ----- I-70の恐怖のホワイトアウトから、一秒でも早く安全に脱出する為に、4時 前にスキーを切りあげ、4時15分には車を出発させました。 巡行速度時速70マイルで飛ばし、一回の休憩を入れて、自宅に到着したのが 6時50分。 片道2時間35分は、最高新記録でした。 その後、アパートの隣りにあるスポーツセンタでサウナに入り、その後、倒 れ込むように床につきました。 非日常的体験も、これだけテンコ盛りだと、感慨にふける暇もないのだろう と考えたのを最後に、眠りに吸いこまれて行き、今日のスキーのことなど、一 つも思い出すことも出来ず、その日を終えてしまいました。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません。)