江端さんのひとりごと 「『ブランド志向』の理解の仕方」 最近、「厳密時間計測」に関係する仕事をしています。 一億分の一秒の精度計測装置を使って、100万から1000万分の一秒の精度の 時刻をパソコンで作り出すという、結構ハードルの高い仕事だったりします。 パソコンの時計の精度は、結構いい加減でして、たった一秒間に数十マイク ロ秒もずれます。 今回の私の仕事では、このいい加減な時計を、通年1マイクロの精度で維持 することが期待されております。 パソコンのソフトで。 どっかの民営分割で騒がれている省庁の研究機関のように、どえらい値段す るセシウム原子時計なんぞは使えません。 GPSレシーバ利用のケースもあるけど、メインはNTP(Network Time Protocol)サーバ連携だし、インターネットを前提とするNTPの精度なんぞ、本 当に当てにできるものか判ったものではありません。 そんなこんなで、正確な時計を求めて、うなされる日々を過している今日こ の頃です。 ----- そんな折、偶然テレビで、腕時計コレクターの番組を見ました。 そこで、私は、何世紀も前に、アナログの超高精度時計を開発した天才的時 計師の話を聞き、その時計そのものを見る機会を得ました。 (イソザキ時計宝石店提供の、http://isozaki.727.net/backnumber2.htmから 引用させて頂いております) トゥールビヨン巻き上げヒゲゼンマイ、上下振り子式自動巻ムーブ、永久カ レンダー、レバー式シリンダー脱進機、ミニッツリピーターのゴングスプリン グ等、今日でさえ通用し利用されている仕組みを発明したブレゲは、1747年ス イスのニューシャテルで生誕しました。 フランスのルイ16世皇后マリーアントワネットから『最高の時計を』と言わ れ、19年もの歳月を経て、彼女が処刑された後に完成したと言う、その最高の 壊中時計は、自動巻ムーブ、永久カレンダー、均時差装置、温度計、クロノグ ラフ、細分引打ち(この辺りから、内容が分からないが)、チョウチンヒゲ、補 正天府、特別設計のレバー脱進機・ 中三針・ショックプルーフ等全てを搭載 していました。 アナログ機械仕掛の時計でありながら、重力場の影響までも考慮した、時刻 精度を実現していたとのこと。 そして、イギリスの天才的時計師、ジョン・ハリソンは、1735年(260年以上 も昔に)に第一号のマリンクロノメーターを完成しました。 それは、五ヶ月間の航海の間、65秒しか狂わなかったと言うことです。 平均日差にすると、なんと 0.43秒/日 ・・・おい。 パソコンの内蔵時計より、精度高いじゃないか! ----- テレビの画面では、コレクターの腕時計が写っていました。 スケルトン仕様で、規則正しく正確無比に、そして何より美しくリズミカル に動きつづける、歯車や振動部品達。 身震いする程研ぎすまされた、機能美のフォルム。 そして、何世紀もの昔に確かに存在した世界最高頭脳が作り上げ、「世界最 高」の名を冠し、水晶発振時計に匹敵する時刻精度を実現して、今なお動き続 ける超高性能精密機械。 『ブレゲの時計を所有するということは、世界最高の頭脳を持ち歩くということだ』 ・・・欲しい 欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、欲しい、到底買える値段ではな いけど、欲しい、欲しい、どーしても欲しい。 人に見せびらかしたい訳ではなりませんし、見られたいとも思いません。 高級品を見せびらかして自慢する奴なんぞ、馬鹿か低能か低俗のいずれかか、 あるいはその全てだと、私は信じています。 ただ、私は「世界最高の頭脳」を腕に装着してみたいのです。 世紀を越えて動き続ける、超高性能精密機械を身に付けて歩く。 それは、あたかも、フロアをぶちぬいて配置される超高速大型スーパーコン ピュータを、小さな世界に閉じ込めて独占するような、もったいないような、 それでいて、とても素晴しくて、誇らしい気持になれるような気がするのです。 ----- 「スポーツカー? 移動する手段以上のものではないくせに、居住性と燃費 と地球環境問題を著しく無視した、車輪のついた『鉄の箱』か?」 「ブランドのバック? ゴミのような原価コストに、ブランドの名前という 商品の値段が上乗せされた、自由価格システムの仕組を理解できない低能が買 う『物入れ』か?」 うむ。 確かに、その通りかもしれん。 ブランド志向は、愚者の狂宴かもしれない。 「は? 精密アナログ時計? メンテナンスは大変だし、修理のコストも馬鹿 にできん。第一、そんなもんより、極限環境での使用が可能で、耐久性が高く、 精度だって二桁も高くて、なにより安価な水晶発振の時計があるだろうが。 第一、時計なんぞ、所詮は『デバイス』だろう?」 いや、違う。 断じて違う。 超高性能精密アナログ時計とは、そんなものでは決してないのだ。 なぜ違うのかを論理的に説明できんが、違うのだ。 断じて違うのです。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおいて、 転載して頂いて構いません。)