江端さんの闘争宣言



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江端さんの闘争宣言

まず最初に、日本における酒の近代史からお話を通じて、現在の日本の酒税法批判を 行いたいと思います。

わが国には、古くから米を醸した酒、すなわちどぶろくが各家庭で造られてきたとい う歴史がありますが、現在、製造免許を持たない者は、どぶろくを始め全ての飲料 用アルコールの製造することを『酒税法』によって固く禁じられています。

酒税法は、明治政府の富国強兵を方針とした、財源拠出と言う事情のもと、1899 年(明治32年)には日露戦争を背景に、ついに自家醸造は一切禁止と言う事態にな りました。当時は国家歳入の3分の1が酒税で賄われていたと言うのですから、密造 酒の摘発は苛酷を極めたそうです。当時の欽定憲法下において、国家の名の元に国民 の個人の自由が奪われてきた事は歴史の証明するところです。

ところが、現在の日本国は、公衆の利益との兼ね合いを考慮することを建て前としな がらも、個人の権利を最優先することを大義としている民主主義国家です。世界に冠た る民主憲法を有するわが国において、この理屈が通らないのは言うまでもありません。

私の酒税法に対する考え方を見事に言い表した一文があるので、ご紹介します。

『酒を造るということは、連綿たる歴史を持つ食文化のひとつである。文化である以上 、実践されてこそ継承の意義を持つ。そう考えれば、市販の酒を買って飲むのはよいが 、自分で造ってはいけないという理論は、卑近なたとえでだが、音楽家の演奏を聴くの は構わないが自分で演奏してはならないとか、また画家の書いた描いた絵を買って鑑賞 するのはよいが、自分で書くのはまかりならぬということと同じになってしまう。

こうした発想は、文明国家、民主主義国家ではかんがえられないことであり、戦後の 民主憲法の唱える理念ともなじまないものであることはいうまでもない。』

(『手造りビール事始』より引用 平手龍太郎、B・ブラザーズ、エドウィン・B・クレーン著 雄鶏社)

この考え方が私の基本的な立場なのですが、百歩譲って「酒税は、個人の基本的権利 を踏みにじってまでも必要なものか?」と言う方向から考えてみましょう。

『どぶろくをつくろう』(前田俊彦著 農文協)は、日本における酒税法批判のバイブ ルと言うべき非常に有名な本です。私がこの本に出会ったのは大学一年の時で、寮の先 輩の部屋から持ち出して読んでいました。

平成1年12月、自家醸造を禁止することは憲法違反として著者の前田氏がどぶろく をつくり続けたことに端を発する、いわゆる『どぶろく裁判』において、最高裁は「自 家醸造を禁じることは、税収確保の見地より行政の裁量内にある。」として、前田氏に 有罪の判決を下したことは記憶に新しいです。

では、現在の日本において酒税が税収のどれだけを占めていると思いますか?

わずか4%未満です。今や税収が国庫の30%を越える時代ではなくなっているの です。さらにもう百歩譲って、自家醸造を解禁したとして、この4%が0%になるで しょうか? 

どの世界においても所詮、素人はプロの技にかなわないものです。それ が本物のプロであるのならですが。自家醸造を解禁すると、誰がいちばん困るのでしょ う。

さらに百歩譲って、「酒税確保の為に国の監視下で酒をつくって、酒税を納めればい いんだろう?」と言うと、そう言うシステムもありません。酒税法とは、「とにかく造 るな!文句を言うな!」とヒステリックに怒鳴っているだけの見苦しい法律です。

もう譲るところがなくなってきましたが、それでももう百歩だけ譲ってみましょう。

「私が酒造免許を取り、国に申請して、開業して酒をつくれば、文句無かろう!」
 と思いきや、これもまた信じられないような規定があるのです。

最初私は、酒造免許なるものが、「危険物取扱い」や「ボイラー取扱い」のように技 術上の問題をクリアーさせるために存在するものだと思っていました。つまり、曲が りなりにもアルコールを造って飲むのだから、安全に造って貰わなくてはと言う配慮 であると。 

ところが、この酒税免許なるものは試験で取れるものではなく、設備に 対して認可されるのです。

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酒税法第2章より抜粋

第7条

2.酒類の製造免許は、1gifの製造場における免許を受 けた後1年間の酒類の製造見込数量が該当酒類につき左に揚げる数量に達しない場合は 受けることができない。

1.清酒      60,000リットル 
2.合成清酒    60,000リットル 
  ・         ・ 
  ・         ・
5.ビール    2000,000リットル

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これ、どういうことか解りますか? 

「ビール造ってもいいよ。でも一年間で、25メートルプール5000杯分のビールを営 利目的で造らないと認可しないよ。」と言っているのです。

念の為に言っておきますが、自家醸造が解禁されているイギリスでは、ビールのモル トが缶詰で売られていますが、これは高々20リットル程度、家庭用ポリバケツの半分 程度用のものです。勿論製造上の問題は全くありません。

街中に『手作りパンのお店』があっても、決して『手作りビールのお店』や『手作り ワインのお店』が無いのはこういう理由です。

でも、やはり変です。酒税は売上から徴収できます。衛生上の問題は他の飲食店とな んだ替わるところがありません。どうして、25メートルプール5000杯分のビールを造 らなければ、ビールを造って売ることができないのでしょう?これは、憲法で保証さ れている『職業選択の自由』を十分すぎるほど犯しています。

なんとなく、酒税法に潜む権力と大資本の影がちらほらしてきませんか?

以上の私の酒税法批判をまとめます。

と言う訳で、私はこんな訳の解らない法律のために、私の権利を犯されるのは嫌です 。私は私の望む酒を望む時に望む場所で造ります。それを妨げる全てのものに逆らう ことを、そしてこの酒税法の撤廃を目指してこれより闘争を開始することを、今ここ に高らかに宣言いたします。

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と、高らかに宣言したものの、法を破って法改正を目指す方法というのは、世間で のコンセンサス(同意)が得られているものかなあと心配になってきた小心者で ナイーブな私。早速某国立大学法学部出身の友人K嬢に電話して、色々と質問をして みました。

私が罰せられるのは望むところなのですが、これから「お祝い」とかに、手作りワイ ンを貴方に贈りたい私としては、一応、法をクリアしておきたかったのです。K嬢は 「う〜ん、解からん!」と言って、彼女の友人である知り合いの民法学者を紹介する、 と言ってくれたのですが、私は「そんな大層なことではないから。」と言って、彼女 の方から連絡を取ってくれるよう依頼しました。

数日後、留守番電話にK嬢からのメッセージが入っていました。

「酒税法の第45条にですね、『免許を受けない者の製造した酒類を所持し譲り渡し てはならない』てなことが書いてありまして、『45条の規定に違反したのものの場 合は、一年以下の懲役、または20万円以下の罰金に処する。』というのが、第56 条にありました。」

さらに数日後、出張から帰ってきた私は早速K嬢に電話しました。

と言う訳で、自己醸造に関して完璧な理論武装もできました。

しかし、よくよく考えてみると、違法無線や売春、ノミ行為、など数え切れないあり とあらゆる違法行為で充ち満ちているわが国において、合法や違法などと、あんまり 一生懸命考えても虚しいだけかなあと思ってしまいます。

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 先輩Nさんからのメールです。

ebata>これは酒類製造ではなく、『果物アルコール発酵による酢酸生成の途中
ebata>過程の物質が人体に与える影響』を調査する『知的興味に基ずく民間研
ebata>究』です。

nakaoka>ちょっと苦しいですね。大人しく『犯罪者』としての自覚を持った方
nakaoka>が良いでしょう。

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Tomoichi Ebata
Sun Feb 4 19:02:12 JST 1996