江端さんのひとりごと 「怒りの大地」  先日、後輩のT君とこんな話をしていました。 江端:「東京のサラリーマンは、仕事が終わったら必ずワンショットバーに     行き、隣の席には必ず悩ましげな美女が座る、と思っていた。」 T君:「僕は、東京に住んでいる人は、みんな英語がしゃべれると思ってい     ましたよ。」 無論、両方とも幻想です。 サラリーマンは残業でくたびれ、ワンショットバーの扉を叩く時間があり ませんし、金もない。  第一、ワンショットバーに似合う美女がそんなごろごろいる訳ありません し、いたとしても曰く付きで、恐くて声などかけらない。 東京都民全員が英語がしゃべるなら、ほとんど全ての駅前に(はっきり 言ってて使えるようになるかどうかもわからんような)語学教室を腐るほど 設置する必要があるわけもないのです。 ----- 最近の私はあまり面白くありません。 エッセイを書けないほど忙しい毎日に面白くありません。  かれこれ3週間以上も連続で働いて、慢性不眠に陥り、体調ががたがたな のに働きつづける自分に腹を立てています。 これが、全世界的な『停滞』を呼びかけた、日本停滞党党首の振る舞いか と自嘲してしまいます。 「社畜」とは、まさに現在の私のこと。 どうか皆さん、笑ってやってください。 そして、なんで私は、デンバー空港なんぞで、4時間遅れのサンフランシ スコ行きの飛行機を待っているんだ、と思うと、これ以上もないくらい腹が 立ちます。 ----- 自分で手を挙げさえしなければ、酷い目に会わないのに。何をやっとるん だ、私は、と思います。 嫁さんは、「ただで海外旅行ができていいなあ」と言いますが、仕事で行 く場合と遊びで行く場合では、背景がぜんぜん違うんです。 仕事の場合、手ぶらで出かける訳にはいかんのです。  例えば、今回の仕事では、2つのミッションが要求されていました。 ・ある標準化グループのリーダーとコネをつけること。 ・日立のアライアンス(協力関係)の会社の開発者に、現在の我々のチーム  の仕事を説明すること。 日本人相手にだって、こんな面倒な仕事はしたくありません。況や、外人 をや、です。 この『江端さんのひとりごと』シリーズを通じて再三言っていますが、私 は「英語が扱うのに長けていない」のです。  そりゃ、人並みよりちょっと大目には努力はしているつもりです。  毎日の通勤時間は、英語のテープのヒヤリングに徹しています。 でもね、ホテルのフロントで言われた「つーどー、おしゃー」を"To drive or shattle (bus)"と解釈できるようになることと、私の懸命な英語の勉強 との間に一体どんな関連があるのか、果たして説明できる人がいるのでしょ うか。  今朝も空港行きのシャトルバスの中で、乗り込んできた運転手が、 "Warning!(警告)"一言と言ったのに対して、思わず緊張して身を固めてし まった私を、一体誰が責められますか?  そして、その運転手に対してバスの乗客が同じように"Warning!", "Warning"と 対応しているのを聞いて、ようやく自分の勘違いに気がついた 時の、自分に対する気まずさと失望感。  「おはよう」は、「モーニング」だ!ちくしょう!!「ワーニング」じゃ ないぞ!!などと、誰が誰に言えましょう。 まだまだ、言いたいことはあります。 主語を省略するな!主語を省略すると、命令形になるんだ、日本で教わっ た英語では!! 一つの文章の終了(ピリオドの位置)では、一度明確に台詞を切れ!3つ の文章を、一気にしゃべるんじゃない。 特に、UA(ユナイデッド・エアー)のパーサーの太ったおばさん!ただ でさえあんたのしゃべり方は早いは、なまっているはで聞き取れないのに、 マイクを口にべったりつけてしゃべるんじゃない。  ほとんど獣のうめき声にしか聞こえないじゃないか!  総じて私の言いたいことは、なぜアメリカ人は正しい英語をしゃべってく れないか、と言うことです。 しゃべり方が早いのは許してもいいと思います。個人差があるから。 定冠詞、助詞、時制の動詞の変形もかまわんとします。  私の人生で、そこまで聞き取れて解釈できる時期がくるだろうとも思えな いから。 だが、でたらめな文法や、適当な省略をするのは止めて欲しい。  プロトコルを正確に守ってくれんと困るだろうが。  私は、英語と言う言語を「文化」として見なすのは最初からあきらめてい るのです。「通信技術」と言う観点のみで捕らえている私にとって、プロト コル違反には再現のない再送要求、すなわち"Pardon?"を連呼するしかな く、その辛さを少しは思いやって欲しいのです。 -----  今回のミーティング会場となった、フォートコリンズは、デンバー空港か ら近い、と言ってもゆうに100Kmは離れています。空港からのシャトル バスの風景は、永遠に続く緑色の平原が広がっており、その所々で牛や馬が 放牧されている風景に出会えます。 ・・・などと書くと、江端はアメリカの広大さに感動したんだな、などと 勘違いされる方も多くいらっしゃいましょうが、実のところ、その広大な風 景を見ながら、私は腹を立てていたのです。  ところで、日本人の中には「地平線まで続く広大な大地を見て、自分が人 間的にスケールが大きくなったような気がする」などと、恥ずかしげもなく 自叙伝に書いたりエッセイにしたりする馬鹿者が多いようです。 そういえば、学生の頃、ゼミの後輩で、卒業旅行でJALパックでモンゴ ルに出かけ、「人間的に成長した」と公言していた救いがたい野郎がおりま した。  日本人仲間同士がぞろぞろとツアコンに引っ張られて、現地の言葉を一言 も喋らず、黙っていてもバスや飛行機に乗せてくれる旅行を通して人間的に 成長できたのであれば、そいつは人間としてどこか変だったのか、あるいは 生まれつきおかしな変な奴だったとしか思えません。 それはさておき。 そもそも、アメリカ合衆国と言う国は----- 母国語が、国際標準言語として採用され、 外国語の勉強なんぞは教養程 度のたしなみに過ぎず、概ね気候的にも安定した広大で肥沃な国土を有し、 その国土の下には、これまた十分な石油をはじめとして、膨大な燃料を十二 分に確保している。 全世界の電気消費量の半分以上を、世界のわずか25分の1以下の人口で 消費し、バケツのようなカップのアイスクリームを食べながら、それがロー ファット(低カロリー)であるかどうかを病的なまでに気にし、高カロリー の肉類、糖質を常食としながら、ダイエットだと言ってエクササイズルーム のランニングマシンで滝のような汗を流す。 こうして、ひたすら世界のエントロピーを増大させつづける、こんなふざ けた国民が、一体世界中のどこにいる! もちろん、他民族を受け入れ、ルールを制定し、開拓者精神を擁護し、個 人民主主義を確立し、正義の名のもとに世界の平和を守ろうとする、アメリ カ合衆国の不断の努力と高い理想主義は認めるし、賞賛してもいい。 だが、建国以来、一度足りとも、本土を空爆されたことはないくせに、頼 みもしないのに年がら年中、他の国に戦争を仕掛け、ほとんど内政干渉とも 言える露骨な国際外交を繰り返す。 ----- 戦後日本は、アメリカ合衆国によって、従順に、そして卑屈なまでに、そ の指導に従ってきました。 国際標準語としての英語も、義務教育にいれてまで頑張ってきました。 ここまで、他国の精神を尊重し遵守し、その語学教育に精を出している国 民に対して、アメリカ国民は一体何をしているでしょうか。 最低の礼儀として「NHKラジオ英語会話」に準ずるレベルの英語を喋るべ きではないでしょうか。 私にはどうも、アメリカ人の多くが「世界中の国民は、全員英語を喋れる べきである。」と言う尊大な考えをもっているのではないかと言う気がして しかたがありません。  よし、よかろう。  米・穀物輸入の自由化を、ある程度認めよう。  サブマリン特許(米国の特許システムは、公開が義務つけられていないた め、存在しているかどうかもわからんような特許が、いきなり日本の企業に 襲いかかり、莫大なパテント料を請求される事件が勃発している)にも我慢 してやろうではないか。  我々の要求する事項はただ一つ。  「NHKラジオ英語会話を、合衆国義務教育カリキュラムへ!」  仮にも国際標準語を標榜するのであれば、(少なくともノンネイティブに 対しては)国際標準プロトコルを、正確に守ることを確約しろ! -----  今回のミッションは、一緒に出かけた同僚のM氏のが、ミーティングが終 る直前に一応標準化グループのリーダーとコネをつけることを成功させまし た。  また、もう一つの、日立のアライアンス(協力関係)の会社の製品開発担 当者に、現在の我々のチームの仕事を説明する任務の方は、私が日本で作っ ていったプレゼンテーション用の英語の資料に、喋る内容を全部書き込ん で、なんとか形にすることができました。 まあ、喋るだけなら、暗記していけばいいんですから、なんとかなるもん です。  問題は「質問」です。聞き取れないと恥ずかしいです、実際のところ。 今回、私たちの説明を聞いてくれた、H社のMr.H氏は温和な方で、ゆっく りとした英語をしゃべってくれましたので、それなりの議論を行なうことが 出来た為、私はいい気分で仕事を終えることができました。 -----  前回のミネアポリスの出張の時のエピソード、「夜のミネアポリスを走り つづける日本人」(*1)のころから比べてば、確かに色々な英語の台詞が、い くらか素直に頭に入ってくるようになってはいます。  少しは苦しんだ甲斐があったのかもしれません。  でもやっぱり英語で生活することは苦しく、険しい道です。 (*1) 江端さんのひとりごと 「IETF惨敗記」  このままでは江端が仕事で使いものにならん、と言う理由で、半年近くア メリカのどこかに飛ばしてしまおう、と言う本人不在の陰謀が進んでいると 聞き及んでおります。 しかし、「やる気がある」と言うことと、「やるだけの能力をもってい る」と言うことは別なんです。 確かに私は、「このままでは英語に負けたような気がする」ので、挑まれ れば、消耗しつづけながら、そして醜態をさらしてでも、英語と闘いつづけ るでしょうが、結局最後には十分な戦力としてモノになると言う気はしませ ん。 日立の上司の皆さん。 無理にリサイクル何ぞ考えず、不用品はさっさと捨てるのも一つの良い選 択とも思います。日立には優れた部品・・・もとい人材が山のようにいるん ですから。 ----- そして、今。 帰路のデンバー空港行きのシャトルバスの中での、私の 『今夜はサンフ ランシスコで、寿司を食うぞ!!』と言う、この私の可愛らしい些細な夢 は、サンフランシスコ空港天候不良のためのデンバーでの4時間待ちで、完 全に跡形もなく粉砕しました。 今、こうしてノートパソコンを手にしながら、私は、デンバー空港43B の搭乗口から、飛行場の滑走路と、その向こうに広がる地平線が見ていま す。 永遠に続くまばゆいばかりの新緑の平原----- それは、エネルギーや人口問題で、永遠に問題から開放されている祝福さ れた大地。 そして、国際標準語として、これからも色々な技術分野でのリーダーシッ プを約束された国家。 UAのおばさんの訳のわからん英語をぼんやりと聞きながら、そして時差 ぼけで焦点の合わない目を地平線の向こうに漂わせつつ 、その表情には決 して表れないようにしながらも----- 私は青白い憎悪の炎を、ゆらゆらと揺らしつづけていたのです。 (本文章は、全文を掲載し内容を一切変更せず著者を明記する限りにおい て、 転載して頂いて構いません。) -- 〜〜〜〜   E-mail:See http://www.kobore.net/mailAddress.gif 〜〜〜〜〜  Now I'm Reading 「クーデター」楡周平 宝島社文庫 (If you would like to enjoy your life, send message "subscribe kobore" to request@iijnet.or.jp .)